映画サバ外伝 「毎度の路地裏」

@oshiuti

第1話 ポップコーンのつくりかた

街外れは貧困層の溜まり場のように見えるが、街に入れば灯りは割と多い。何寸とも測れない羽虫は人よりもそちらに執着している。

年中、祭りでもやってるかのように賑やかな石畳の坂道を下っていくと、銃声が聞こえてほんの一瞬だけ静寂が訪れた。すぐに、怒鳴り声と聞き覚えのない言語の罵声と、悲鳴が聞こえた。


銃声のあった飲み屋からは傷だらけの男と手を引っ張られた女が飛び出して、急ぐように坂を登って行った。追うように飛び出した黒服の男が、逃げる二人を追って行った。その後どうなったかはわからない。


こんな街で生まれ育って来たからか、この程度のことは大して気にならない。小競り合いは街に入る豚の数より多いし、必ず一人は脳漿を地面にぶちまける。それは蝶が花を追うように自然な話だ。


さてこの下り坂にはこの街から祝福を受けた店がある。その最大の理由は"勢力"に恩があって、"暴力"には縁がないからだ。特徴といえば挨拶がわりに出してくる豚が美味い。


「お前さん流石に遅いよ。客が来なきゃ今日はもう閉めるとこだった」

と、軟弱そうな店主が紙タバコを消して言った。店の繁盛の割には夜が更けていたから、「たまには良いだろ」と返した。

カウンター、一番奥から三番目の席に座る。

「"一派"から仕事は貰えたかい」

と言いながら、店主は頼んでもないチキンを小汚い皿に乗せて出した。


「今日はなんとかやらせて貰えた。"師団"の下っ端から遠回しに妨害くらったけどな」

「それは結構。均衡破りは一つで十分だ」

その"勢力"とは、それぞれ人間も色も場所の取り方も金の入り方も違う、"三つの勢力"のことを指す。同じなのは金の入る場所にやたらうるさく、均衡破りというギリギリの競り合いを仕掛けてくるという点だけだ。

この街で商売をするにも生活をするにも、この勢力の庇護にあるか、もしくはどことも関わっていないことが条件と言える。

おれは、店主の妙な言葉選びに気がついた。

「近郊破りは一つで十分って、他にあったのか」

「待ちなよ。"詮索は死"。それ、うちのルール。けどまぁ、"一派"のお前さんは知っといた方がいいかね」

あまり良い予感などしない。

「師団の勢力絡みかよ」

「今はまだ、ってところだね。多分」

店主が否定しない時点で答えは出ているものだ。間違いなくどこかの勢力が出張っている問題だ。恐らくだが、金の問題だと思う。


師団だとしたら、連中は金策に大きな問題を抱えている、というのも彼らの最近の動きからして予測できることだ。銃器類と薬学品にやたら金をかけているのは他より足りない兵力を傭兵と技術で補うためで、資源よりも全ての元となる金を注視している。

下ってきた石畳の坂の上から、やたら乾いた銃声が小さく聞こえた。もう随分前から、泣き叫ぶ声はなくなっていた。その代わりに聞こえてきたのは乱雑で下品なディーゼル音で、会話をへし折るように店のすぐ近くを走る。

音が過ぎ去った後に、店主は頼んでもない青色の飲み物を差し出してきた。


「……この間の話。国が多額の賞金をつけて手配してた大ボケが捕まったろう」

噂では聞いたことがある。四人だかなんだか、政府関係者の身内を殺して、顔の利くこの街に逃げ込んできたやつだ。

「その大ボケが、狭い店のバーでチキンを頼んでる間に、女を買う金欲しさに誰だかが捕まえたわけよ。捕まえたやつも大ボケで、その賞金の額も受け取るルートも考えなかった」

「たまにいるよな。焼かれる前のポップコーンのくせに自ら火に突っ込むようなやつ」

「問題はそっからだよ。賞金の受け取りルートは口座でも無理。現金でも無理となって、仕方なく金塊として運ばれてくるんだとか」

「そりゃまたイレギュラーだな。密かにやってりゃ誰彼に目をつけられることもないら」

それを聞いて店主は口元を緩めた。

「どこからかその情報が"師団"に渡って、どうしてか"一派にも渡ってる"それを知ってるなら、次の銃声の意味が」

店主が言いかけた瞬間、外でポップコーンが弾けるような音がして、何か質のある大きなものが落ちる音がした。


怒声になった。

「これじゃねぇ!」

1番前にいた誰かがもう事切れている人だったものを蹴飛ばして、複数人がトラックの積荷を物色している。複数の機関銃の音がしたから、これは誰がやったかすぐわかる。

店主は震えながら笑っていた。

「あぁ、いるだろ。自分がポップコーンになってるのに気付かねぇやつ。ポップコーンができるのは明日の昼間までだ」

言葉の意味を考える間もなかった。酔なんて忘れるほどゾッとしたと思えば、すぐ外の通りは楽器と花火だらけの戦場になっていた。


【???】

酒場に来ると聞いた男を始末するのが俺の仕事だった。大きな金が入るというから気に入った女を侍らせて好きなだけ飲み食いさせにくるやつがいるって話で、写真も一応貰っている。

始末する相手はあんまり頭がいいやつじゃない。ちょっと冷えてきたからと、毒が入っているスープも平気で飲み干すほど物事をよく考えないやつらしい。だから、条件が良さそうなら危険な場所で取引もするし、入ってきた金を見せびらかしたくもなる。


まぁ、そんなに難しい仕事じゃないだろう。そう思いながら頭の中で死体の処理を考えている。あまり店を汚すなと主人と雇い主の間で話していた。

言われてきた時間から少し遅れて店に入ると、主人が店の中でも目立たない場所に俺を誘導する。そんなに時間が無いらしく、フェイクの酒も料理も何も出さなかった。


5分程経って、主人は無言で相槌を打った。もう来るらしい。思ったよりも早いなと時計を見ていると、先に女が入ってきて、次に標的の男が入ってきた。

「なぁ。一緒に国に帰らないか。これから金塊が届くんだぞ」

現金をチラつかせるでもなく、目に見えない金塊の話で口説いているらしい。

女が笑って誤魔化していると、女か頼んだ料理が次々と出てきた。酒には詳しくないが、とても百貨店には置いてなさそうなボトルも開けている。

「笑い事じゃねぇ。もうすぐまとまった金が入るんだ。お前らも今に引っ繰り返る」

あまり大金とは縁がなかったのだろう。随分舞い上がっているし、女の様子もそれに謙るようで乗っかるつもりだ。頼りにしているのだろう。


半時ほど経つと随分と調子が良くなるもので、男の話を楽しげに聞く主人と女、隅で飲む俺に気付いても意に介さずに店は盛り上がった。他に客は来ないが、これは手筈通りだった。

しばらくすると女が手洗いに出ようとする。このタイミングはわからなかったが、半時待ったトリガーでもある。

女が座席を立って、深呼吸してから男に狙いを定める。この1人になった時が狙い目で、一撃だけかまして何事もなかったかのように去る。店の主人は大袈裟に腰を抜かして無関係を装う。これでおしまい。

俺はゆっくりと内ポケットに隠した9ミリで、男を狙った。その間はほんの一瞬だったが、予想外のことが起きる。手洗いに通じる廊下から女が戻ってきて、どうしてか俺に気付いた。

動揺がなかったと言えば嘘になるが、弾は肩に当たる。男の急所を外してしまった。男は腰を抜かすが、痛みがないのか反応早く椅子をこちらに投げつけた。これが俺に直撃だったのがいけない。2発目を撃てず、次には女を盾にして店から飛び出した。

女を引っ張って行った男だったが、肩を負傷しているのは間違いない。店から飛び出して、坂道の上り坂に逃げる男を追った。


坂を登りきると、男は血塗れの左肩で力の抜けた女を抑えて、無傷の右手で拳銃を握っている。狂ったように叫び続けているが殆ど聞き取れない。

「諦めろ。みっともねぇ」

とため息混じりに声をかけたが、俺の言葉は届かないらしい。銃口はこちらに向いているし、明らかに撃つつもりでいる。女も泣きながら助けを求めいるが、声はすっかり掠れている。

しかし怒鳴る男は、必ずしも敵意だけを向けているわけではなかった。

「金塊はお前らにくれてやる。だから見逃せ」

そう言っていた。どうやら俺が何者かわからないもので、多言語で伝えようとしたらしい。

「ら、ってなんだ。俺は個人だ」

「今日の夜から朝までに、この坂の下に積荷が来る!積荷を運ぶ運転手が持っているもの、それがお目当てのものだ!」

と、頼んでもないのにいかにも重要そうなことを喋り出した。

緊迫していても、俺はまだ優しい方だから現実を伝えておくことにする。

「んなもんとっくに伝わってるから用済みって思われてんだろ。少しは考えろバカ」


銃声は2つになった。俺は残念ながらヒーローではないから、人質だけ助けるなんて器用なマネは都合よくできたりしないもので、男を始末するのに"3発目"を要してしまった。2人して脳漿をぶちまける即死だったから苦しまなかった方と思う。


死体がひとつ余分にできたのは、雇い主に謝らなきゃならないことだった。つい仕事が目立ってしまったのも俺のミスだ。

すぐに場所を連絡してコレの後処理をして、ようやく金になる。そう思って店に戻ろうとした時、一台のトラックか坂の下を通った。

この時俺はまだ、自分の身に千載一遇のチャンスが訪れていて、答えを知っていて、どこの味方にもつけるという事実に気付いていなかった。

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