第11話 獲物は平民に見られてる


 休日が明けて月曜日。


「アイリス様、おはようございます!」


「ご機嫌ようアイリス様!」


「拙僧は貴女様のご来光を……」


「おっはーアイリス様ぁ!」


 人気者の王女は、行き交う生徒たちに挨拶されていた。


(なんか変なのいた気がするけど、気のせいね)


 アイリスは自然と口を綻ばせる。


「おはよう、皆さん」


 王女は少年に一秒でも早く会うため、足取りを早めた。


(ん〜……今日は挨拶してこないわね)


 席に座ったアイリスは、ネオのほうをチラッと見た。

 しかし向こうからの挨拶がない。


(まったくしょうがないわね)


 いつも通り本を読んでいる少年に、王女は挨拶する。


「おはよう平民。良い休日は過ごせたかしら? 私は今日に備えて料理をしたわ。オムライスは家族に絶賛だったのよ」


 自分の休日の過ごし方を、好きな人に知ってほしい。

 そして興味を持ってほしいし、共感してほしい。

 そんな想いを込めて、王女は少し上から発言をする。

 それを聞いたネオ以外の者--特に貴族の令嬢は……


(アイリス様も今日に備えてお料理を……。あぁでも、私は絶賛をされず。それどころか指を切って……)


 料理を習うために家庭科を選択した。しかし、まったくできないでは恥をかいてしまう。

 料理をしたことがない多くの令嬢たちは今日、指に数枚の絆創膏を貼っていた。


「オ、オムライス……」


(--えっ⁈ ネオがオムライスに興味を示した⁈ そんな、どういうこと?)


 アイリスは狼狽えた。

 それは予想していた反応と違ったからだ。

 いつもならキョドったあと、歯切れの悪い挨拶をしてくるはず……。

 それがまさか……。


(第一声がオムライス……。おかしい、絶対におかしいわ。……でも、今度作ってあげようかしら!)


 いつも通り、お花畑な思考へと向かった。


(いやいや私、そこは大事なところじゃないでしょ! オムライスっていう食べ物じゃなくて、私が料理したってところに食いついてほしいんだから!)


 王女再びのトライ。


「下町の民はどんな風に休日を過ごすの?」


「--はっ! す、すみません。とっても良い……休日……でした……」


 少年の表情は徐々に暗くなっていき、声すらも空気に消えそうだった。

 それを見た王女は--


(これ! 絶対良い休日じゃなかったわ! ねぇネオ教えて! 貴方に何があったの⁉︎)


 だが、これ以上くとなれば、王女としての一線を超え、周りにはアイリスが平民に興味を持っていると見解される。

 それだけはあってはならない。

 卒業までは周りにバレずに過ごさなければ……。


 結局、その時はそれ以上の深追いはしなかった。

 時間は進み--モーニングティータイムの時間を、少年はいつも通り一個十wrウォルの駄菓子を食している。


(特に変わったところはないわね。朝のアレはなんだったのかしら?)


「アイリス様、このお菓子美味しいんです。是非お勧めしたくて、いかがでしょうか?」


「いただくわ」


 少年を気にかけながらも、王女はいつも通り交流する。


 そして、ネオの変化が明確に表れたのは、昼前の家庭科の授業だった。



「家庭科担当のイオナです。皆さんよろしく」


 エプロンを付けた優しそうな女教師が、調理室で挨拶をする。


「さっそくですが、皆さんに朗報があります! なんと今年から、食用鶏を扱うことになりました。先生の時は数の調整が理由で、時期が合わなかったのでやっていないんです。実施したいと懇願したら、国王様学園長から許可がおりたのでやりますね」


 家庭科を選択した者たちに、ヒナが一羽ずつ配られた。


(パパの失態が、都合よく塗り替えられている)


 とても苦い表情をするアイリスをよそに、生徒たちはヒナを受け取っていく。


 調理室のテーブルは、料理をするため大きい。なので授業も数人のグループに分かれて実施する。

 運の良いことに、少年と王女は同じグループだった。アイリスはすぐさま不自然にならないよう少年の隣を陣取った。


「各自時間のある時に、鶏舎に行って世話をしてくださいね」


 一通りの説明が終わり、今回は一旦ヒナを返却。次に調理室に来るときは、実際に料理をする時だろう。


 順番が来るまで、ヒナを指で触り可愛がるアイリス。

 そんな時だった。ふと、隣で何やら透明な液体が机に落ちるのを、アイリスは見てしまった。


(ネオ……そうよね。ネオは優しいから、生き物を殺せないわよね)


 そんなことはない!

 少年は村出身で兎や豚などを絞め、ありがたく頂戴していたりする。

 ではその液体は……?


(あんなに涎を垂らして……ネオ、貴方)


 アイリスは同情で涙を流しそうに--


(--ん? よだれ?)


 なったところで我に返った。

 少年の顔を見ると、たしかに口の端から涎を垂らしている。

 アイリスには、机の上のヒナが怯え、震えているように見えた。


(ネオ、貴方……)


 もちろん、このテーブルにはアイリス以外もいる。

 全員がネオの見ているヒナに同情した。

 それよりも……


(どれだけお腹空かせてるの? ちょっと怖いわよその真顔。お願いだからまだヒナを食料として見ないでぇ!)


 少年は惜しそうな表情でヒナを返却する。

 これから丸々と太らせるために、毎日のように鶏舎へ顔を出すことになる。

 その時とある事件が起きるのだが、それはまた別の話。



「今日は簡単に卵焼きを作ります。では調理を開始してください」


(おかしい……やっぱり今日のネオはおかしいわ……)


 卵焼きを作りながらも、王女の頭の隅には少年のことが浮かんでいた。

 卵を手で割り、素早く溶く姿は手慣れたものだ。


「アイリス様お上手ですね! さすがです!」


「私の卵焼きと交換しませんか?」


「あっ、ずるいです。それは私も言おうと……」


「みんなで食べましょう。その方が美味しいわ」


 家庭科はお昼前の授業。なのでこのまま昼食という人は多い。

 ネオもおかずが一品増えたこの状況で、持って来ていた弁当箱を開ける。

 弁当のおかずは草の炒め物だ。


(……ネオのお弁当。野菜の炒め物よね?)


 隣でネオが開けた弁当の中身に、すかさず鑑定をしたアイリス。


(あっ、違うわ。ただの草の炒め物よ)


「卵焼きおいし〜……」


 砂糖を入れた甘い卵焼きは、少年のお腹も心も満たしていった。


(はぁ〜。この状況じゃネオと交換なんてできないわね。そんなことよりも、やっぱり今日のネオはおかしいわ。これは調査しなきゃ)




「はぁ〜スズキ商会の給料が入るまで、また日雇いのバイトをしないと……」


 少年はため息を吐きながら商業ギルドに向かっていた。

 今日の部活はルティアもアイリスも、さらにはリサもいなく、ネオは部長の九十九火鎚に絡まれながら作業をしていた。


(あの人、悪い人じゃないんだけど、叩かれすぎて背中が痛い……)


 ギルドに着いた少年は、とぼとぼと疲れた様子で中に入り、バイト者募集の掲示板に向かった。


「ネオ君……」


 何か時給の良い仕事ないかなぁ……。

 と眺める少年に、元王女が声をかけた。


「あれ? ルティアさん。もしかして、ルティアさんも日雇いのアルバイトですか?」


「う〜ん、少し違うかな……。私はもうやったところ……」


 そうなんですね。

 と笑顔を見せる少年に、元王女はとある受付カウンターを指差した。


「ネオ君もよく働いてるから、たまにはあそこのカウンターに行った方がいいよ。雇い側に不正があった場合、お金が受け取れるから」


「えっ⁈ そうなんですか? 知らなかったです。行ってみます」


 --えーーーっ⁉︎ そんなにあるんですかっ⁈


 元王女ルティアは、少年の驚く声を聞き、商業ギルドを出て行った。


(ふふっ……。よかったね、ネオ君……)


 この日、一つの会社が王族による制裁を受け失業した。

 そこの社長は、従業員にも難癖をつけて減給していたらしく、処罰もかなり重くなったらしい。


 今まで上手く隠していたようだが、恋する王女には隠し通すことは不可能だったようだ。

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お姫様に見られてます きりうえほう @cfgo6467

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