第52話

「えー、ただいまこの船は麗孝帝国への直行便として出発いたしました。どうぞ、船の旅をお楽しみください」


 本当に出発してしまった。

 船の甲板からザザーン、ザザーンと波打つ海を見ながら目を細める。


 しかも超豪華客船。乗客は裕福そうな東洋人や西洋人ばかりだ。


「ウェルカムドリンクです」

「ありがとう」


 白い船服を着たボーイにシャンパンを差し出されて受け取る。

 俊杰チンチエがにこやかに近づいてきた。


「先生の部屋を一等客室に変更しておきました」

「俊杰って何者なの?」

「ただの商人ですよ?」


 キョトン顔で言い返される。…うん、まあ、俊杰がそういうならそうなんだろう。商人って凄いなあ。


「それより、僕は東洋語は喋れるから通訳はいらないんだけど…」

「いえ、必要です。今から行くところは麗孝帝国でも南にある、世界の金融都市、香港シャンカンなので」

「あ、そうか、言葉が違うんだ」


 東洋語には大きく分けて2つある。1つは北京ベイジンなどの“普通の”主要都市で使われている北京語。

 もう片方は、香港などの特殊な都市で使われることが多い広東カントン語の方だ。


 僕に限らず、多くの人は東洋語といったら北京語を覚える。


「同じ国なのにそんなに言葉って違うもの?」

「はい。例えば、有名な“你好”。これ、読み方違うんです。

 北京語だと你好ニーハオですが、広東語だと你好ネイホウになります」


 へえ、興味深いな。同じ国の中に二つの言葉があるのか。


「香港はいろんな意味でとても面白い都市ですよ。

 普通の都市とはひと味違います。数十年前までガルシア王国の領地でしたから、今でも公用語は東洋語と西洋語なんです。

 公立の学校でも2つの言語を教えるので、住民はみんなバイリンガルなんですよ」


 賑やかでごちゃごちゃしてて、先生が絶対気にいる都市だと思います、と言われてワクワクしてきた。


 僕は意外かもしれないけど、賑やかで活気のあるのは好きなのだ。


 香港といえば有名な多民族都市だし、世界の金融都市というだけあって商売も盛ん。


 まだ見ぬ都市に向けて気分は弾む。それから俊杰と色々なことについて話した。


 特に俊杰の語る麗孝帝国の話は面白かった。

 まさに商人ならではの視点で色々語ってくれるのだ。


 僕はどうやったって学者目線で見てしまうので、いろんな意味で刺激になる。


 そんなことを話しているうちに夕方になり、久しぶりに2人で中華料理を食べることになった。


「あと、先生って辛いもの平気ですか?」

「まあまあかな」

「あっちの本格的な料理は辛いものが多いので、唐辛子には慣れておいてくださいね」

「?うん」


 そしてその後、僕はふわーんと頷いた自分を死ぬほど後悔することになった。


 船の中華料理は、めちゃめちゃ、めちゃめちゃ辛かったです。


 本場はもっと辛いらしい。麗孝人ってすごいなと思いました(作文?)。

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