第50話

 やいのやいの言い合っているルシエルくんとイリヤちゃんはさておき。


「でも先生、本を買ってるってことはそろそろ帰るってことですか?」

「うーん、あと10日くらい居たら帰るかな」


 スージーとレーナちゃんにも会いたいし、と続けるとイリヤちゃんがあれ、と声を上げる。


「どうした?」

「あ、その、セレナ様からラルシュ様はすごく頭が良いって聞いていたものですから。てっきり宮廷学者か大学教授かと思ってました」

「100年ぶりの首席入学に首席卒業。天才やら神童やら言われてたんですよね」


 俊杰チンチエに振り向かれてうん、と曖昧に頷く。


「えー、でも大賢者様を欲しい大学は多いと思いますよ。名誉教授にならないか、みたいな誘いも多いでしょう?」

「ん、まあ…」


 イリヤちゃんの言葉にはは、と頭をかく。

 そう、実は色んな大学から名誉教授の座に誘われたりしていたのだ。

 人に何か教えるのは好きだけど、医学を勉強したいのがあって全部断っていた。


「先生は北欧の大学院に行きたいんですよね」

「うん。でも無理だけどね」

「イリヤ、何とかならねえのか?」

「ガルシアと違ってセルゲイ皇国の場合、皇族は力を持たないんですよ。あ、でも…」

「?」

「外国人受け入れ枠があります。割と知られてないんですけど、試験で一定の点数を取ればビザが降りるんです」

「そうなんだ!」


 知らなかったな。外国人受け入れ枠か、いいかもしれない。

 イリヤちゃんから詳しい大学名や費用を聞く。久しぶりにワクワクしてきた。


 大学院の医学部にも外国人受け入れ枠があって、来春にも試験があるという。


「受験する」

「決断早くね⁈」

「ルシエルも男ならズパッとやりたいことは我慢せずにやるべきですよ。僕もそうやって成り上がってきましたから」

「やりたいこと、ですか…なら私はもう一回武器屋に行きたいです!」

「また⁈」


 ははは、と軽い笑い声が自然に起こる。ルシエルくんも楽しそうに笑っていた。


「うん、武器屋は後にしようね。皆んなで甘味でも食べに行く?僕がおごるよ」

「先生に出させるわけないでしょう!僕がおごりますよ」

「いや、俺がおごる」

「えー、ルシエルが奢ってくれるんですか?ごちそうさまです!」

「イリヤは自分で払え」

「酷くないですか?」


 なんやかんや言いながら近くのカフェに入ってボックス席に座り、メニュー表を奪い合う。


 パフェやらパンケーキやらを頼みながら、楽しそうに笑っているルシエルくんを見て、不意に涙が出そうになった。


 あの独りで何も見えなかったルシエルくんが、こんなに楽しそうに笑っているのだ。


 涙腺が緩みやすくなるのは春だからだ、と無理やり自分を納得させた。

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