第38話

「そうなんだ。お名前は?」

「…ルシエル」


 ルシエルくんは僕の方を向いて立ったまま、手を引いた。


「なに?」

「…血の匂いがする。アンタ、指切っただろ」


 ああ、さっき破片を拾った時か。


「手当てしてやる」

「ありがとう」


 ぶっきらぼうなだけで、実は優しいのかもしれない。


「でも出来るの?」


 目が見えないみたいだけど、と続けると頷かれる。


「こんな深夜にはメイドもいねえし、俺は目は見えねえけどその分、嗅覚と聴覚には自信があるんだ」


 やっぱり深夜だったか。いくら王宮でも、深夜には皆んな休んでるよね。


「門には一応警備兵はいるけど、王宮内にはほとんど誰もいない。警備員が見回りには来るけどな。アンタ、俺が見つけて運が良かったぜ」

「そうなの?」

「ここは広いからな。下手すりゃ朝まで迷子だ」


 クックッ、と笑うルシエルくん。


「そうだったんだ、ありがとう」

「…アンタ、変わってんな。俺の噂、知らねえのか?」


 盲目王子。流石に今日の式で、王族席にひとつ空席があれば、嫌でも噂を聞く。


 曰く、第一王子は事故で10歳の時に失明したらしい。

 曰く、盲目がゆえに公の場には10年ほど姿を現していないらしい。


 プランツを8歳の時に迎えにきたのも、第一王子が失明して使にならなくなったからだという話だ。


 それまでは、国王陛下が娼婦に産ませただったプランツは、王后陛下の策略で行方不明になったんだっけ…


 それを聞いた時には随分心が痛んだものだ。プランツは感じ悪い兄貴と言っていた。

 でも、いきなり失明して、公の場にも出れない生活はどれくらい辛いんだろう。


 ルシエルくんの部屋らしいドアを開けて、僕は思わず目を疑った。


 沢山の使い込まれたサンドバッグやダンベルと言った筋トレ道具。


「笑っちゃうだろ?俺、体を動かすのが好きなんだよ。目が見えなくてもトレーニングだけはしてるんだ」


 馬鹿馬鹿しいだろ、と笑うルシエルくんに首を振る。

 使い込まれた道具を見れば、彼が努力をしていたのなんて一目瞭然だ。


「凄いよ、ルシエルくん。今は夜だからアレだけど、今度詳しく聞かせてよ!」


 絆創膏を貼られながらそう言うと、ルシエルくんは吹き出した。


「変わってんな、アンタ。プランツから俺のこと聞いてねえの?最低な兄貴だって言ってたろ」

「そんな…」

「俺は魔法も使えねえし、目が見えねえから文字も読めねえ。

 プランツが羨ましくてしょうがなくて、嫌がらせばっかりしてたんだよ」


 でもしょうがないと思う。10歳で失明して辛いのは当たり前だし、矛先がプランツに向けられるのも当たり前といえば当たり前だ。


 プランツの気持ちも分かるし、ルシエルくんの気持ちも分かる僕は黙りこくってしまう。


「…?どうしたんだ?」

「ううん、また来てもいい?」


 そうルシエルくんに聞くと、再び笑いながら「来たけりゃ来いよ」と許可を出される。


「ありがとう!じゃあまた明日ね!」


 そう言って歩き出す。「…変なやつ」という呟きが僕の耳に届いた。

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