第16話

 レーナちゃんは以来、とても東洋の学問に興味を持ったらしい。


 俊杰チンチエが遊びに来るのが1週間後と決まったその日に、レーナちゃんは僕に深々と土下座をした。


「先生、折り入ってお願いがあるです!」


 折り入って…だいぶレーナちゃんも語彙力が増えたなあ。先生は嬉しい。


「どうしたの?」

「私、東の大陸にすごく興味があるです。留学したいです。けど…旅費もないし、学校へ行くお金もないです」

「お金と、東洋の学校へのコネが欲しいって事かあ…うーん…」


 気は向かないけど、学生時代の東洋人の友達に連絡とってみるかなあ。

 それか俊杰の師匠の王さん…は、もう歳も歳だし病気がちだって仰ってたよね。


「とりあえず、連絡は取ってみるよ。でもまず、山を出て街を見てみなさい。

 社会というものを知らないと、異国へ行ったところで成功しないよ」


 それにまだレーナちゃんは10歳。もうすぐ11になるばかりの少女なのだ。


 俊杰みたいに信用できる人に預けるならまだしも、1人で異国に行かせるわけにはいかないのだ。


 厳しいことを言うようだけれど、森の中で暮らし、社会を知らないレーナちゃんが今留学して何を得るのだろうか。


「…先生、私に協力してくれるんじゃないですか?」

「だから、それにはまず社会をしらないと。同年代と話したことが一回でもあるの?」


 いつになく真剣な顔をするとレーナちゃんは口を結んで黙ってしまう。


「知識はあるんだから、まず世間を知らないと。買い物もしたことない、同年代と話したこともない。

 山から出たこともない今のレーナちゃんをおいそれと旅立たせられないよ」

「もういい、先生のバカっ!」


 涙目になったレーナちゃんがバタバタと音を立てて出て行ってしまう。


「…マスター、レーナ殿はまだ幼いのですよ」

「…」

「確かにレーナ殿は世間知らずです。街を見たこともないし、山を出たこともない。

 そんな彼女が、初めて海の外の世界を見て、憧れるなと言うのが無理な話です」

「スージー、あの…」

「確かにマスターは正しいです。レーナ殿の方が無茶なことを言っています。

 学費だってタダじゃないし、今のままだと人間関係でトラブルを起こすのは確実でしょう」


 ですが、と続けてスージーはレーナちゃんが飛び出していったドアの方向を見た。


「それを教えてあげるのが教師の役目ではないのですか。正論を教えるのは誰にでもできることです。

 それを理解させるのが、教師なのではないのですか⁈」


 スージーが真っ直ぐに僕を見つめてくる。意気地なしの僕は、何も言い返せずに黙り込んだ。

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