ロマン溢れる国家列伝②『ソビエト連邦』〜消えた超大国〜
爆撃project
ソ連史走り書き
ソビエト連邦という国、名前を知らない人はいないのではないでしょうか。
かつて存在した史上最大の共産主義(社会主義)国家であり、当時はアメリカ以外で唯一『超大国』と呼ばれていた国です。現在のロシアを中心に、バルト三国、ベラルーシ、ウクライナからコーカサス(ジョージア他)、そして〇〇スタンと呼ばれる国々の中でパキスタンを除く領域を支配していました。首都は現在のロシア連邦と同じモスクワです。
存在した当初こそ脅威でしたが、今ではロマン溢れる古き大国。その歴史を振り返って参りましょう!
ソビエト連邦の始まりを語るには、まず共産主義の歴史を知らなくてはなりません。共産主義とは、マルクスによって書かれた『資本論』の理論をもとにした政治思想のことを言います。社会主義と同一の意味で扱う場合も多いですが、厳密には違う……とする説が多いです。共産主義とは簡単に言えば『みんな平等!』『革命万歳!』という思想のことです。その思想の一部は現在の社会保障制度へと繋がり、私たちの生活を守っていますが、共産主義を国策とする国は独裁体制へと行き着き(全ての資本をみんなに平等に分け与える係という名目)、毛沢東やスターリン、ポルポトに代表される大虐殺の温床となったりもします。
余談ですが、ナチスドイツのファシズムも国家『社会主義』と呼ばれる政治思想なので、社会主義や共産主義は虐殺に行き着きやすいのかもしれませんね。この理由については機会があれば、他で書きます。
ともかくこの共産主義、という思想。当然なことに裕福な人や特権階級には歓迎されませんでした。しかし下流市民、プロレタリアの間では広がりを見せます。
当時のロシア帝国においても同様でした。そしてこの共産主義思想の拡大が、後のプロレタリア革命を成功させる下積みとなっていきます。
共産主義の広がりにより社会不安が高まる中、ロシア帝国は日露戦争に惜敗するなど国内の安定にマイナスとなる出来事が続いていました。これが革命の機運が高まる原因となります。そしてそれら社会不安の最たるものが、『第一次世界大戦』です。
ドイツ、オーストリア=ハンガリー、オスマン帝国を中心とする中央同盟国に対して、ロシアはフランスとの同盟を理由にフランス、イギリスと共に宣戦を布告。初戦のタンネンベルクの戦いで惨敗を喫するなど、厳しい戦局が続き、社会不安は際限のない上昇を見せました。
こうしてロシアで革命の機運は最高潮になりました。デモやスライキに対して皇帝が出兵を命じれば、兵士がデモ側に寝返る始末です。やがては大規模な政府への反乱につながり、皇帝は実権を奪われました。ここに社会主義右派のメンシェビキによって会議、『ソヴィエト』の結成が呼びかけられます。これを『二月革命(三月革命)』と呼びました。
しかし革命はこれで終わりませんでした。
今回の革命はメンシェビキ、結局ブルジョワジー(中流階級)による革命であってプロレタリア革命ではない! としてより急進的な左派であるポリシェヴィキが立ち上がり、権力の奪取をねらって『十月革命』を起こします。この時の指導者が、一度は聞いたことがあるでしょう、かのウラジーミル=レーニンでした。
こうしてロシア帝国は倒れ、世界初の共産主義国家ソヴィエトは誕生したのです。この千九百十七年に起こった一連の革命を総じて、ロシア革命と呼びます。
ソ連は今までロシア帝国と戦争状態にあったドイツとブレスト=リトフスク条約を締結。ソ連はフィンランド、バルト三国、ポーランド、ウクライナ、カフカスの一部を失いますが、ドイツとの戦争を終結させることに成功します。
こうして安泰を……とはいきませんでした。革命によって混乱しているのを見て取ったシベリアの軍隊が反乱を起こし始め、アメリカや日本がこれに積極的支援(シベリア出兵というやつですね)を行います。その他列強や諸外国も共産主義の拡大を恐れこの反乱を支援します。この反乱軍は白軍と呼ばれました。
こうして『ロシア内戦』が始まります。ソ連は軍事人民委員長となっていたトロツキーの主導のもと赤軍を創設し、この内戦を戦います。当初は白軍も善戦していましたが、最終的には赤軍が勝利を収め、ここにソ連は盤石の体制を築くこととなりました。
ここにソビエト社会主義共和国国連邦が建国され、超大国の歴史が始まります。この最中でソ連の独裁体制は着々と作り上げられてきましたが、それについてやると長くなるので割愛します。簡単にお伝えすれば、選挙に負けたら議会を潰し、共産党以外の政党を禁止したりしたのでした。
レーニンが死没すると、後継はヨシフ=ジュガシヴィリ、あの有名なヨシフ=スターリンになります。レーニンの後継者争いの際、スターリンはトロツキーというライバルを追放(この後更に暗殺する)したため、必然的に後継の椅子が回ってきました。
そしてス人類史に名を残す一大殺戮劇が始まりました。反対派を殺処分やシベリア送りにして最後には結局殺してしまう。いわゆる『大粛清』の始まりです。恐怖政治の代名詞と呼ばれ、本人も『愛とか友情はすぐ壊れるが、恐怖は長続きする』と語っています。ヒットラーほどのカリスマがなかったスターリンは恐怖によって独裁体制を維持したのです。
世界恐慌も独自の経済システムによって切り抜け、工業力の成長により経済大国へ押し上がります……といえば聞こえは良いですが、農民から作物を取り上げて外国売りさばいた結果、大量の餓死者が出たりしました。
やがてナチスドイツが台頭し、第二次世界大戦が始まると、ソ連は史上最大の危機に見舞われます。(冬戦争の話は別の機会に)
ナチスドイツが独ソ不可侵条約を一方的に破棄し、ソ連へ侵攻してきたのです。(ソ連も後で日ソ中立条約を破棄して日本へ攻めてきたりしたのを見ると、中立とか不可侵とかいうのは都合が良ければいくらでも破るものなのでしょう)
ともかくこうして人類史最大の陸戦、独ソ戦が始まります。第二次世界大戦中最も激しい戦いであり、死者も桁違いでした。ソ連の人口ピラミッドではちょうどこの時期の男子だけがバッコリと減っています。犠牲者は二千四百万人になるとか。
なんとかこの戦争に勝利したソ連は、実質的に世界の半分を支配する東側陣営の盟主としての地位を占めることになります。アメリカ合衆国を中心とする西側との間の長い『冷戦』が始まりました。
アメリカの組織する北大西洋条約機構、通称NATOに対抗してワルシャワ条約機構を打ち立てると、アフガニスタンへの侵攻や北朝鮮による朝鮮戦争開戦の許可など、壮大な世界戦略を指向します。
アメリカの核兵器開発情報をスパイを通じて手に入れたソ連は、すぐに核兵器を開発。通常兵器においてもしばらくの間は東側有利と呼ばれるほどの軍事力を誇示します。
しかしスターリンが死に、後にスターリン批判が行われるなどして、ソビエトの各国に対する求心力が低下します。また共産主義体制の綻びが見え始め、諸外国の資本主義による経済発展に追いつけなくなってきます。
この後多くの改革が行われますが、どれも成功せず。抜本的に政治腐敗を正す必要があると考えたゴルバチョフによってペレストロイカ(政治改革)が行われます。上から政治の腐敗を一掃しようとしたのです。しかし共産党内での内部抗争激化に伴い改革は停滞。
凄まじいインフレに国内から不満が噴出する中で、マルタ会談によって米ソ冷戦の終結が宣言されます。これで世界に平和が訪れる、と思った方も多いのではないでしょうか。
しかし結局ソ連ではクーデターが勃発するなどして体制維持の限界が露見します。ゴルバチョフはソ連の存続を諦めて、共産党と連邦を解体、『ソ連崩壊』と相成るわけです。
今、面積にして三割、人口にして五割を失いながらもロシアは大国として君臨しています。しかしプーチンによって二十世紀最大の地政学的惨事、と称されるように、ソ連崩壊はロシアの影響力、国力、軍事力を大幅に削ぐことになりました。プーチンによって強いロシアが再建されつつある今、ソ連の歴史を学ぶことは、ニュースを楽しく見る(不謹慎?)ことにも繋がります。
なお、超大国ソ連は崩壊しましたが、ソ連が無くなったわけではありません。
加盟国がゼロになっただけであって、我らが同志の国は健在なのです。ソ連万歳!
Ураааааааа!!!! (ロシア語で万歳、日本では応援合戦で使われるフレー、フレーと似た感じの意味です。読み方はやぱー、ではなくウラーです)。
ロマン溢れる国家列伝②『ソビエト連邦』〜消えた超大国〜 爆撃project @haisen
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