第8話 銀龍飯店
『銀龍飯店』はフラスコ・シティ
そんな銀龍飯店に、俺は
銀龍飯店の嬉しいのは、ランチをやっていて、昼時も開店しているところだ。おまけに、夜に行くよりも同じ料理が少し安い。そのかわり、選べるメニューが制限されるが。
「好きなもん好きなだけ頼んでいいぞ」
俺は
「マジ?あんまん百個頼んでいい?」
「全部食えるならな」
俺がそういうと、
「あー、いいや。
「いいのか?本当に。好きに頼めば良いんだぞ」
「うん、いいよ。なんか気が乗らないから」
俺は
「ご注文の『鶏肉のカシューナッツ炒め』です。どうぞ、ごゆっくり」
電子音声がドラム缶下方に付いたスピーカーから響いた。取り皿を配膳し終えると、配膳ロボットはマニピュレーターの先端で頭を下げるような仕草をしてから、去っていった。
よくいる接客用アンドロイドと比べれば淡泊な接客ではあるが、それでも十分だし、こういう所でコスト・カットをしているのだろう。
「おっ、きたきた」
「へえ、これがカシューナッツか」
「おいそれ……まあいいか」
俺は
幼年期から『ウサギ穴』の戦闘員として使われて来た彼女は、戦闘ぐらいしかやってこれなかった為、やや世間知らずな所がある。しかも、それを深く恥じているらしく、他人に無知や無教養を知られるのをかなり嫌がる。それが、共同生活を送ってやっとわかってきた。
彼女の自尊心をいたずらに傷つけることもあるまい。まあ、箸の使い方やらマナーやら細かいことは後に置いておこう。今日は彼女の初仕事成功の祝いでもあるのだ。
俺はテーブルの端に置いてあるカテナリーケースから箸を一膳取り出し、鶏肉のカシューナッツ炒めを自分の皿に取り分けた。ひと口大に大きさを揃えられた鶏肉とタマネギ、カシューナッツに、赤と黄色のパプリカも入っており、彩りも良い。
ひと口、口に運ぶ。丁寧に油通しされた肉と野菜の歯触りが最高だ。シンプルな塩味にカシューナッツの香ばしさ。いつもと変わらず、いくらでも食べられそうに思ってしまう逸品だった。
「あんたのこと調べたよ」
鶏肉のカシューナッツ炒めを食べながら、
「ほう?」
「いろいろウワサがあったよ。元々、市軍の特殊部隊に居たとか、
「……俺は探偵になる前、市警の組織犯罪対策部に居た」
まあ、これくらいは隠すことでもないだろう。過去が全くわからない相手は信用ならないのは確かだし、この機会に
「へえ、
「その頃はこの
「ふーん、あんたの
「トラブルがあってな……俺は警察である資格を失ったんだ」
俺は思わず左手の親指で、薬指を触ってしまった。もう、あるはずのない結婚指輪を探って。リサが惨殺された復讐の為に、ヨハンと俺がやったことは、おいそれと人に話せることではない。それが、例え今の相棒であってもだ。
「ほーう。悪い事したんだ。汚職?ヤク?」
「そういうことじゃないが……まあ、とにかく俺は警察を辞めて、その退職金でこの
「金玉も?」
「そうだ、はした金だったけどな」
生体培養技術が発達したこの時代にあっては、人間の臓器など大した金にはならない。不健康な臓器より、完全に健康な人造臓器の方が高値が付く位だ。
しかし、そのころは身体を取っておいて、
「それ、そんなに良い
「ロングケイプ重工業の最高級品だ。ブラックドッグ1116型、フルカスタム品だから同じ
「火器管制装置は外してるって……あんた散々射撃とかしてるじゃん」
「自前でできるなら自分でした方が効率良いからな。純粋に予算オーバーで付けられなかったってのもあるが」
「ふーん、なるほどね」
「そういや、あんたのその
なぜそんなことを知っているのかと思ったが、そう言えば
「ああ、俺の
「
「味覚も含めて人工消化器官を後付けした。この
俺は肩をすくめた。味覚を恋しがるのは俺だけの話ではない。味覚や消化器官をオミットした
俺の場合、リサの仇を討った後は、後悔する残り余生もないだろうと思っていたのだが、それは間違いだった。
「あんたの様子を見てると、そうして正解だったね」
「ああ、全くだ。食の喜びは他には代えられん」
俺は箸で最後の鶏肉をつまんで、口に運んだ
「あー、食い過ぎたかも」
「中華は口に合ったか。またいこう」
「おごりならいいよ」
フロントガラスの向こうを見れば、車列が高度別に層状に重なった空中道路に沿って空中で列を成し、高層ビル群の谷間で太陽光を反射させて輝くのが見える。
俺たちを乗せた
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます