第3話 おかえりまでは美しく 中編
もはや数えることにも飽きたコーラの
フラスコ・シティ郊外のプルンブム住宅地にあるこの
屋上駐車場から非常階段で2階下り、改造された非常扉の前に立った。俺はベートーヴェン交響曲第5番、冒頭の4音のリズムで扉を叩いた。
『要件をどうぞ』
男とも女ともとれぬ合成音声が問いかけた。
「
改造された非常扉から小型のセンサーアームが飛び出し、各種センサーで全身の
『いらっしゃい、
合成音声が答えると非常扉が開いた。非常扉の先には赤絨毯の引かれた廊下が広がっていた。間接照明のみで薄暗い廊下を進むと、突き当りに一枚の扉があった。ガチャリガチャリと金属音が聞こえると、戦車砲でも防げそうな異様に厚い扉が開いた。また、防備を増やしたらしい。
部屋の中に入ると、巨大なアクリル板越しに
『実際会うのは久しぶりかな?友よ』
「そうだな。まさかお前が直々に手を貸してくれるとは」
『哀れな
44の企業から同時に指名手配を受けたことで高名な
『真剣な話、君には借りがある』
「毎度言うが、仕事をしただけだ。結局、お前の同胞は見つけられなかったしな」
『諦めがついただけでありがたいんだよ。君が思ってるよりも私は君に感謝してる』
「今回は好意に甘えさせてもらうが……例の写真はこれだ。画像はさっき送ったと思うが」
俺は内ポケットから写真を取り出した。
『この写真の解析を頼みたいって話だったな?……それが』
「何か問題でも?」
『もう済んでる』
「えらく早いな」
『私の情報並列処理速度は人間の比ではない』
触腕が眉間の下あたりをさすった。鼻の下をさするジェスチャーだろう。
「それで?どうだった」
『まず、背景の荒野の稜線から、写真が撮られた場所がかつて存在したホーライ宇宙センターだということがわかった。男が着ているつなぎもこの宇宙センターのものだ。』
「俺の仕事がなくなりそうだな……時期もわかるか?」
『わかる。2105年から2110年の間だ』
「100年も昔に撮られたってことか?」
『そうだ。しかし、奇妙な話じゃないか。100年も昔の男を探してるなんて。この写真に写ってる当時で20代後半ってところだ。とっくの昔に死んでるだろ。しかもそのライラとか言う依頼人、旧友を探してくれって言ってたそうじゃないか』
やはりこの依頼はただの人探しでは済みそうにない。
『まあ、私がわかるのはここまでだ。だがなんと!ホーライ宇宙センターについて詳しく知ってそうな奴を私は知っている』
「本当か?」
『最近この
電子の海にも存在しない情報も確かに存在する。そもそも、俺自身がそういった情報――主に臭いだが――を収集して、人を探す専門家だ。つまりどれほどインターネットの光があまねく世界を照らしても、ハッカーの手の届かないニッチには需要が存在する訳だ。
「変わった奴だな」
『それは良いが……何やらトラブルを抱えてるようで毎日騒がしいんだ。情報収集のついでに話を付けてくれるとありがたいんだが』
「なるほど。それが俺をわざわざ呼んだ理由か」
『ご明察!頼むよ。私が信用できる人間は少ない。人を雇うのもリスクだ』
「保証はできんが、努力はする」
『十分だ。ありがとう。
「では、失礼」
俺は軽く頭を下げ部屋を去った。
この
その人物の前に立ち、話しかけてみることにした。
「その部屋の住人に用があるんだ。どいてくれないか?」
「ご主人様は留守です」
メイド服を着た人物――おそらく女性型アンドロイドであろう――はそっけなく答えた。その顔には街角でよく見かける量産型の接客用アンドロイドのものであったが、手足はセラミック装甲が取り付けられた戦闘用アンドロイドのものであった。おそらくジャンクをかき集めてつくられた違法改造品だろう。それにこの超低摩擦グリースの臭い……それは、この目の前のアンドロイドが高速戦闘用にチューニングされていることを示していた。
「今は在宅だと聞いている」
「ご主人様は留守です」
「……話がしたいだけなんだが――」
そういってわずかに距離を縮めた瞬間、アンドロイドの右手首が引っ込んで刃が飛び出した。
「ご主人様は留守です」
俺は思わず飛びのき、腰のホルスターに手を伸ばした。
「おちつけ――」
アンドロイドが重心を落とした。攻撃態勢だ。やらなければ、やられる。
ホルスターから
硬芯徹甲弾がアンドロイドの頭を吹き飛ばす事を確信したその時、アンドロイドは超音速で迫りくる弾丸を右手の刃で一閃し、真っ二つにした。両断された弾丸がアンドロイドの顔の横を掠めていった。
「なんだと」
予想以上の性能だ。違法改造品としては驚嘆すべき運動性能と反射回路だ。だが――
連射した2発目、3発目の弾丸も軽々と両断し、アンドロイドが距離を詰めてくる。俺は素早く防弾トレンチコートの袖に忍ばせておいたピンポン玉ほどの球体を、左手で投げつけた。アンドロイドは放物線を描いて飛来する球体を右手の刃で一閃し、真っ二つにした。封入されていた液体が発泡し、両断された球体から勢いよく噴出した。その泡は急激に膨張してアンドロイドを包み込んだ。
「簡易発泡バリケードだ。しばらくは動けまい」
アンドロイドは固化したクリーム色の簡易発泡バリケードに全身を絡め取られ、身動きが取れなくなっていた。唯一露出している顔だけが恨めしそうにこちらをにらんだ。
弾丸も両断できる相手がそれよりも遅い投てき物と対峙した時、わざわざ躱すことはしない。確実に投てき物も両断しようとする。弾丸も両断できるような相手と戦闘になったのは初めてではない、経験の勝利だった。
アンドロイドの頭に
「すまんな」
「やめてくれ!」
今まさに引き金を引こうとした瞬間に大声が響いた。声の元に目を向けると、ひげ面の男が105号室の扉を内側から開けているのが見えた。
「話は聞く。クドリャフカを破壊しないでくれ」
「わかった」
引き金から指を離し、ホルスターに
「入ってくれ」
俺はひげ面の男の促すままに、105号室に入って行った。
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