第2話 おかえりまでは美しく 前編
俺は
俺がイネス宇宙港を訪れたのは他でもない。依頼主に会うためだ。旧友を探して欲しいという依頼メールが届いた時は良い仕事が舞い込んできたと小躍りして喜んだが、それは最初だけの事であった。
依頼主はライラと名乗った。しかし、自分の素性についてはそれ以上話さず、依頼内容については「一度会って話したい」の一点張りであった。経験上、
依頼を断ろうとも考えたが……万年金欠の私立探偵に贅沢を言う余裕はない。とりあえず依頼人のライラと会う約束を取り付けた。その待ち合わせ場所がイネス宇宙港の第二展望台だった。
36回目のコーラの
アストラエア・フロンティア社が経営するイネス宇宙港はこのフラスコ・シティ唯一の宇宙港である。人類の関心が完全に
発射された貨物船を目で追いかけると、西日を受けて輝く貨物船が
街の最縁部にあるこのイネス宇宙港からは、街をすっぽりと包み込むように貼られたほぼ透明な
空を眺めるのをやめ、駐車場から第二展望台へ続く階段を昇って行く途中、俺は腰のホルスターの重さを意識せざるを得なかった。依頼主がどんな人間かわからないからだ。
階段を登り切り、第二展望台に着くや否や一人の少女に声をかけられた。
「あなた、随分遅いじゃないの」
少女は細い眉を歪ませ腕を組んでいた。明らかに不機嫌である。
腕時計の時間を確認すると約束の時刻の10分前であった。
「17時ちょうどにイネス宇宙港の第二展望台で待ち合わせ……ではありませんでしたか?」
「時間に間に合えばいいって訳じゃないの。レディを待たせるなんて!」
「それは失礼いたしました」
俺は思わず自分の
「ところであなたが人探しを犬面探偵事務所に依頼した……ライラさんで間違いありませんね?」
「その通り。あなたが
ライラは胸をはり、ふんと鼻を鳴らした。
俺は悟られぬようライラを観察した。身長は154 cm位、金髪、碧眼、痩せ形、服装はクリーム色のワンピースにクロッシェ、1920年代のリバイバル・スタイル。見た目は十代後半か。だが……ライラの所作に違和感を覚え、
ヒュドラルギュルム社の新作香水の中に混ざっているこの臭い。衰えた新陳代謝の臭いは、ライラが見た目通りの年齢ではないことを示していた。ライラの整った童顔、花も恥じらう乙女としての外見は
「でしたら早速依頼内容についての確認をしてもよろしいですか?メールだと旧友の捜索という話でしたが」
「そう、この人を探して欲しいの」
ライラはそういうと一枚の写真を差し出した。このご時世に写真を
ライラから写真を受け取って見ると、黒髪で筋肉質の男が一人、こちらに微笑んでいるのが写真に映っていた。男はつなぎを着ており、カラフルなパラソルの下に置かれた椅子に座って、足元に寄り添うゴールデンレトリバーの耳の後ろを撫でている。男の後ろには滑走路があり、その背景には荒涼とした荒野が広がっていた。
「この写真を撮ったのはいつごろかわかりますか?」
「いいえ、わからない」
「この方の名前は?」
「知らない」
「……旧友のはずでは?」
「あの人私には偽名を使ってたの。だからあなたに依頼してるわけ。わかる?」
嘘だ。臭いを嗅がずとも目線と仕草で分かる。やはり何かしら秘密にしておきたい事があるのだろう。しかし、とりあえずこれ以上の追及はやめにしておくのが吉だ。言いたくないことまで聞き出すことはない。
「捜索に使える資料はこの写真だけ、ということですね?」
「その通り。まさか断ったりしないでしょうね?腕利きの探偵さん」
ライラはまた腕を組んだ。
わずかな発汗、心拍数の上昇。ライラは表面上強がっているが不安を感じているようだ。どんな秘密を抱えているかはわからないが、この写真の人物の捜索が切実なものであることは確からしい。
「……分かりました。お受けします。後ほど送信する契約書の内容をよく確認して署名を。あと、この写真をお借りしてもよろしいですか?」
「ええ、だけど必ず返してよね。大切なものだから」
「はい、もちろんです」
写真は防弾トレンチコートの内ポケットに入れた。ここが比較的安全だろう。
「じゃあよろしくね。探偵さん」
ライラははじけるような笑顔を見せた。今までとは人が変わったようだった。最初の高圧的な態度も不安からくるものだったのだろうか。
「それでは失礼」
頭のハンチング帽を右手で取り胸へと当てて軽く会釈をし、第二展望台を後にした。階段を降りて駐車場に戻ると、いつもの愛車ではなく
「全く恰好がつかないな」
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