第195話 喪失

「き……きゃああああ!!」


 パレードの喧騒の中、ユフィの悲鳴が木霊する。

 衝撃の光景に、腰が抜けた状態でユフィは地面に倒れ込む。


「はあ……はあ……はぁあ……!! くっそこんなの……何が……!」


「まだこっからだぞ、オースティン。へばるのは早いぞ」


 ユフィは解放された。後はこいつを片付けるだけだ。


「くっ……そガぁキがああああ……!!!」


 オースティンを中心に、黒い霧が急速に広がる。

 闇に紛れ、黒い霧に紛れ、完全に視界から姿を消す。


「に、逃げる気だぞ!!」


「逃がさねえよ」


 魔力探知――いや、何だこの感覚……。

 魔力探知をしていないのにも関わらず、オースティンの姿が


 初めての感覚だ……目が熱い……前もどこかでこの感覚……。

 というか、俺冷静だな……を思い出す。


 冷静に、沈着に、ただ目の前の敵を殺すためだけに動ける。

 身体が軽い。


 俺は一瞬体に力を入れる。


 バコン!! っと激しい音が立ち、俺の身体は一気に黒い霧の中へと飛び込んでいく。


「な、なんだ今の勢いは……!? 少年!?」


 俺は霧の中でオースティンの首根っこを掴むと、霧の外へと投げ飛ばす。


「ぐおっ……なっ…………ガハッ!!」


 オースティンの胸倉をつかみ地面に叩きつける。


 ドクドクと止めどなく溢れる腕の血が、地面を更に黒く染める。


「こんなところで……!! 私は……私はあああああ!!」


 オースティンの左手に魔法陣が現れ、左の手のひらから漆黒の魔法剣が姿を現す。


 焦燥した顔で俺を睨みつけ、オースティンの魔法剣が俺の前でブンブンと振り回される。


「うおおおおあああ!!」


「邪魔だな、その剣」


 俺はその剣に軽く触れると、"ブレイク"で一瞬で破壊する。


 パリンと音を立て、黒い魔法剣は、霧と同化するように霧散する。


「なっ……に……何だそのは……! な……お前は一体……」


「何の話だ? そっちの腕も邪魔だな……お前に魔術はもう使わせない」


「お、おい……ちょ、ちょっと待て……!! いいのか!? わ、私はオースティン・メイアン……!! 誰もが尊敬する魔術師だぞ!?」


 左手を前に出し必死の形相で声を張り上げる。


「俺の幼馴染に傷をつけておいて……あんなセコイ真似しておいて都合が良すぎるぞ? 腕の一本で見逃されると思ってるのか?」


「わ、わかった! 何が望みだ!? 金か、名誉か!? だ、だったら、私のコネを使ってお前を魔術院に推薦してもいいんだぞ!?」


「…………」


「は……ははは! だろう、お前もこのチャンスは逃したくないだろ!? よ、良かったよ、君が話の分かる男で。あ、あっちの馬鹿だとこうはいかないからな。と、とりあえず手を貸してくれないか……右手がないとバランスがとりずらくてね」


 そう言ってオースティンは左手を俺の方に差し出す。


 こいつは、こうやって生きてきてのか……自分がしていることの邪悪さも分からず……。


 俺はオースティンの左手を掴む。

 オースティンの顔に笑みが浮かぶ。


 そして、俺も同じく、オースティンに微笑み返す。


 俺の左手に、魔術の反応が走る。


「なっ――よせ、やめ――」


「――"ブレイク"」


「ぐおおああああああああ!!!!!!」


 オースティンの悲鳴と、肉が崩壊していく感触。

 俺の左手から零れ落ちていくオースティンの左腕だったものが、弾ける魔術反応と共に空気中へと同化していく。


 後ろで悲痛な叫びをあげるユフィと、息をのむリンデさんの吐息が聞こえる。


 目の前で叫び声を上げるオースティンの悲鳴が、どこか遠くから聞こえてくるような……水の中から音を聞いているような、そんな感覚に襲われる。


 オースティンは一しきり叫び、白目をむく。

 既に意識はなく、このまま何もしなければ死を待つのみだろう。


「こりゃひでえ…………もうその辺にしておけ」


 リンデさんが恐る恐る後ろから俺の肩に手を乗せ、そう声を掛ける。


「リンデさん……」


「ユフィちゃんも衝撃シーンの連続で放心状態だぜ? このアホの応急処置は俺に任せておけ。こう見えても、少し回復魔術を齧っててな。お前は幼馴染の方を見てやるべきだ」


「ユフィ……」


 後ろでは、ユフィが放心状態でへたり込んでいる。


「……そうですね。すいません。ユフィの安全が一番大事でしたね」


「おいおい、確かに多少はやりすぎだったが、お前の気持ちもわからんでも――」


 俺はリンデさんの方を振り返る。


 すると、俺の顔を見たリンデさんが険しい表情を浮かべる。


「お前……どうしたその目……?」


「えっ……?」


「目が赤く……いや、錯覚か……? ――いや。悪い、気のせいだったみたいだ。行ってやれよ」


「あぁ」


 俺は座り込むユフィの近づくと、横に座る。


「ユフィ……大丈夫だったか?」


「お願い……そんな私の為に、人を殺さないで……お願い……」


「……ユフィ……でもこいつは……」


「だけど……私のためにギルがあんな怖い顔になるのやだよ。……私ももっと強くなるからさ……いつも通りのギルでいてよ」


「悪い。ユフィは幼馴染で大切な友達だからさ……許せなかったみたいだ」


「それは嬉しいけどね」


 そう言ってユフィは強張る顔で何とか笑みを浮かべる。


 危なかった……もしリンデさんがその辺にしておけと止めてくれなかったら、俺は行くところまで行っていた。こんなんじゃ駄目だな。力の使い方を間違っちゃいけない。今はもう平和な時代なんだ。


 遠くで聞こえるパレードの音が、静かに鳴り響いていた。

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