第191話 幼体

「ったく、お前は昔から甘いのはそういう所だって言うんだよ!!」


 リンデさんが、左腕の包帯を取る。

 

 緑色に光るその異形の腕が、激しい魔力を放つ。


 その光景に、マーリン学校長もオースティンも驚きの表情を浮かべる。


「ほう……"魔術の対価サクリファイス"か……壮絶な経験を積んだみたいじゃのう」


「ぐぬ……在学中にはそんなもの持っていなかっただろう……!」


「お前と違ってまっとうに生きてりゃあいろいろあるんだよお!! さっさと倒してオースティンの馬鹿を抑えるぞ少年!」


「わかってますよ!!」


 俺は向かってくる右側の男……カイネに向き直る。


 その姿勢、重心の掛け方からしてローブの下に隠し武器があるな。


 近づいて魔術ではなく武器で殺傷するタイプの魔術師。


 なら、俺の得意分野だ。


 俺はつっこんでくるカイネに敢えてこちらからも突っ込む。


「む……愚策だぞ小僧」


 カイネは更に速度を上げ、ローブを脱ぎ捨て俺に向けて投げる。


 視界が遮られ、相手の行方が分からない。


「くっ見失った!」


 ――と普通の魔術師なら狼狽えるだろうな。


 微かに下方から魔術反応を感じ取る。


 下の死角から飛び出してきたカイネが、ククリ刀をアッパーの要領で俺の顎目掛けて振りぬく。


「子供を殺すのは少々気がひけた……が……――な?」


 刹那、そのククリ刀は粉々に砕け散り、欠片が地面に散らばる。


「どうした、魔術師。俺は一歩も動いてないぜ?」


「な、何を――」


 俺はその一瞬の隙をつき、相手の後頭部を抱え、そのまま鳩尾に思い切り膝蹴りを食らわせる。


「がはっ……!」


 カイネはお腹を抑えながらよろよろと後退し、膝を床につくと前のめりに倒れこむ。 


「はっ、俺に魔術で向かってくるということは、その位置は確実に知れ渡ってると思った方がいいぜ。今までの相手ならその程度の微かな魔術反応じゃあ気付かれなかったかもしれないが――ってもう気絶してるか」


 カイネはぴくりとも動かない。


 さて、リンデさんの加勢にでも――


「おー終わったか少年。さすがだな」


「ぐおお……!!」


 もう一人の男は、床から生えた蔦のような物で完全に拘束され、身動きが取れなくなっていた。


 既に無力化していたか。


 そしてその蔦がゆっくりと男の首を絞め、しばらくしてその男はがくんと気を失う。


「お前達…………うちの精鋭二人だぞ!?」


「あれで精鋭ねえ、見た感じ暗殺向きの魔術師だったけど、人選間違えたんじゃないの、オースティン・メイアン」


「はは、小僧に言われるとは恥ずかしい奴め。何が私は変わっただ、何も変わってなくて安心したぞ」


 オースティンの顔がどんどん険しくなる。


「ゴミ共の分際で……!!」


「何の目的かは知らねえけど、そんなんじゃアビスもあんたのことなんか気にしないぜ」


「ただのガキが知った風なことを!!」


 大分狼狽えてるな……。


 皆の評判からしたらかなり落ち着いた雰囲気の紳士で実力も申し分ない……って感じだったけどこれは……。


 リンデさんの方を見ると、な? いったろ? と言った感じでウィンクしてくる。


「……ち、まあいい。このまま始める。もう時間もない」


 時間? パレードの時間か。

 終われば一気に駆け付けるだろうからな。


 オースティンはマーリン学校長の方を向く。


「知ってるぞマーリン学校長」


「ふむ、何をかの?」


「あんたの中に眠っているものを」


 中に眠っている……?


 と、その言葉を聞いたマーリン学校長の顔が険しくなる。


「それは怖いのう。ワシの身体に何かが眠っておると?」


「"幼体"……ですよね?」


「…………ふむ」


 マーリン学校長は自分の髭を撫でながら、ジロリとオースティンを睨みつける。


「なんだおい、急に話が見えなくなってきちまったぞ」


「……仕方ない。逃げるが勝ちじゃな。手の内を見せる必要もあるまいて。リンデ君、ギルフォード君、後は任せたぞ。お主らならやれるじゃろ」


「なっ――」


「逃がさないですよ、学校長! 遮断結界、"賢者の檻"」


 賢者の檻!

 特定人物を逃がさない特殊結界の魔術か!


 それがこいつの特異魔術……結界魔術という訳か!


「ほっほっほ、甘い甘い。ワシは常にその身を狙われる側におる魔術師じゃ。その程度の結界じゃあ閉じ込められんな」


 そう言って、マーリン学校長は杖をカツンと地面に叩きつける。


 瞬間、身体が烏に変化し、窓の外へと飛び出していく。


「何!? 結界外へこうも容易く……くそ、後を追うしか……!!」


 だが、俺とリンデさんは外へと続く唯一の入口に立ち札がる。


「正直なんの話か全く見えてきませんけど、あんたをここから出すにはいかないみたいだな」


「その通りだギルフォード君。このバカに自分が何をしたかを理解させてやらないとな」


「凡人どもが……ヴァラスとカイネを倒した程度で調子に乗ったか。お前らはマーリン学校長の足元にも及ばん。分かっているのか?」


「そりゃあ、"魔術元帥"と呼ばれたあのおっさんに並べるなんて思っちゃいねえけどよお、お前くらいなら止められるぜ!」


 オースティンは静かに構えを取る。


「そうか。学校長には後れを取ったが、貴様ら如きではそんなことは敵わないと教えてやるのも私の責務かもな」


「はっ、是非ご教授願いたいぜ、あんたの魔術授業をな! 御託はいいからかかって来いよ、あの本を読んで興味を持ってたんだ、期待を裏切らないでくれよ?」


「ファンが相手とは心苦しいが……お前達を殺してさっさと学校長を追うとしよう」




 

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