第190話 緑と青の二人

 一瞬のうちに、俺達の身体は別のフロアへと飛ばされる。


 さっきまでの景色が一変し、扉が並ぶ廊下が目の前に真っすぐ伸びている。


 外の音は完全に隔絶され、シーンと静まり返った空間。


「おぉ……懐かしいな、先生たちの部屋がある階か。いつきても無音で気味が悪いな。こんなところで本当に研究なんてできるのかねえ」


「来たことあるんですか?」


「まあな。何度ここに呼び出されて説教されたことか……くそ、思い出すだけで嫌気が指すな」


 そう言ってリンデさんは軽く体を震わせる。


「カタリーナ先生はまだいるのか? あの赤毛を思い出すだけで嫌な記憶が蘇る……!」


「カタリーナ先生ですか、聞いたことないですね」


「そうか。あーでも魔術院に移ったんだったか? 記憶があいまいだな……まあそんなことは良い! さっさとあのバカの所にいくぞ、少年!」


 俺たちは注意しながら、廊下を渡っていく。


 廊下には誰もいない。

 おそらく先生たちも皆外に出払っているのだろう。


 しばらく進むと、ひと際大きな扉が現れる。


 両開きの木製の扉に、金のドアノブ。


 俺とリンデさんは顔を見合わせる。


「ここ……」


「学校長の部屋、だな」


 この先にオースティン・メイアンが……。


 リンデさんからはまだ具体的な話は聞けていないが、ここまできたらもう直接本人に聞けばいい。


 魔神信仰……冗談で済むような話じゃない。

 何が目的かはわからないが、ろくなことじゃないことだけはわかっている。


「準備はいいですか?」


「誰に聞いてる。俺が準備できてなくてどうすんだ! さっさと行くぞ!」


 俺は扉に手をかけ、リンデさんに視線を送ると、リンデさんは頷く。


 そっと力を入れ、扉を開ける。


 ギギギっと重厚な音が鳴り、扉が開く。


 瞬間、二つの視線が突き刺さる。


「お前は――」


「オースティン……!!」


 隣に立つリンデさんが、勢いよく部屋に入り込む。


 その言葉には、強い怒気が込められている。


「お前何やってんだ!」


 すると、丁度何かの魔術を発動しようとしていたオースティンは手を降ろし、顔を手で覆う。


「おいおいおいおい、おいおいおいおいおいおいおいおい……」


 指の隙間から、ギロリとこちらを鋭く睨む目線。


 昼間にみた印象とは大分違うな。


「場違いにもほどがあるだろう。何しに来たって言うんだい? 大人しくパレードにでも興じていればいいものを」


 奥に立つマーリンも俺たちを見て口を開く。


「リンデ君……君かね。それに、いやはやよくこういう場面であうのう、ギルフォード君」


「マーリン学校長……」


「久しぶりだな、爺さん」


「リンデ君、君は変わらんのう。相変わらずフラフラしておるようじゃし」


「そうなんですよ――って、そんなことより!! 何ですかこの状況は!!」


「オースティン・メイアン……。あんたが魔神信仰の信徒を使って何かをしようとしているのはわかってる」


 俺は侮蔑を込めた目でオースティンを見据える。


 オースティンは、ほうっと声を上げる。


「それで来たか。はは、リンデ、お前の知り合いかその小僧は。そういや昼のショーの時にもいたな。こんなところにまで連れてくるとは、お前も酷い奴だな」


「なめんなよ、オースティン! てめえの学生時代の数倍は小僧の方が上だっつうの! 今だってどうか知れねえ!」


「君はそればかりだな。もう過去の話だ。私の本は読んでくれたかな? もう以前の私じゃないのだ」


 リンデさんは鼻で笑う。


「はっ、どうだかな。お前のことだ、どうせ巧妙なマッチポンプだろうが。学生の頃から変わらねえぜ」


 瞬間、オースティンの雰囲気が変わる。


「……相変わらず口うるさいのは変わらないな、リンデ。君はもっと早くに消しておくべきだったと痛感したよ」


「ははっ、お前如きにやられるほど耄碌してねえよ」


「お互いそこそこ歳をとったからな。……さて、リンデ。君は歳をとって何か変わったかな?」


「あぁ?」


 リンデさんは顔を歪める。


「――変わって無さそうだな。相変わらず傲慢で自意識が高い、魔術師の見本みたいなやつだ」


 いや、そうかな……この人かなりガバガバだけど……。


「私は変わったよ」


「どう変わったってんだ?」


「以前の私は一人だった。孤独な男だったのさ。だが今は違う」


 同時に、オースティンは指をパチンと鳴らす。


 すると、学長室正面にあるガラスが起き勢いよく割れ、何者かが突入してくる。


「!?」


「なんだあ!?」


 飛び込んできた二人は、華麗に着地すると、ゆっくりと立ち上がる。


 一人は緑の、もう一人は青の古びたローブを羽織った、堀の深い男二名。


 いずれも魔術師然とした魔力を放っている。


「今の私には仲間が居ると言うことだ。悪いが私はマーリン学長に用があってね。君たちは彼らの相手をしていてくれ」


「おいおい、魔神信仰の癖に魔術師なんか使ってるのかよ!」


「魔神信仰は本来非魔術師の集まり……なんかおかしいな」


「時代は変わるのさ。力が有れば関係ない」


 目の前の二人は、戦いの構えを取る。


 どうやら、そういうことらしい。


 レンに似た、近接戦闘タイプの魔術師か。

 気合十分で待機してたって訳か。


「おいおいおい、やる気満々だなあ!! 行けるか、小僧!」


「あんたらの確執何かわからねえけど、魔神信仰と聞けば黙ってられねえ。さっさと倒してオースティン・メイアンを捉えましょう!」


 奥に立つオースティンの口角が上がる。


「やれやれ、身の程を知らない学生というものはいつの時代にも居る物ですな、マーリン学校長」


「はっはっは、甘く見てると足元を掬われるがのう」


「ご冗談を。あんなに厳しかった爺さんも甘くなったものだ――さあ、ヴァラス、カイネ。こいつらを始末しろ」


「「御意」」

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