第192話 ファントム

 オースティンがゆっくりと両手を掲げると、魔力が身体全体に広がっていくのを感じる。


「ふはは、私の魔術を見られる君たちは運がいい。本来なら見物料を取るところだよ」


「金の亡者め。所詮はお前はその程度の魔術師ってこった!」


「何とでも言うがいい。私は私の目的の為に努力してきた。お前たちと違ってな!」


「! くるぞ、リンデさん!」


「わかってる!」


 オースティンは両手を勢いよく合わせる。

 その狭間に魔法陣が現れる。


「お前たちは一瞬で殺す。――"ミスト・ダーク"」


 瞬間、オースティンを中心に黒い霧のようなものが一気に広がる。


「な、なんだこれ!?」


「霧ですよ、落ち着いて!」


 くっ、目くらましか……ということは一撃必殺の暗殺タイプ!


 リンデさんは……防げねえかも!


 俺は集中力を一段引き上げる。


 良く感じ取れ。

 絶対に魔力の反応があるはずだ。


「はっはっは、この霧では私の姿は見えまい。一瞬で楽にしてやるから安心して欲しい」


 霧の中から、オースティンの声が聞こえる。


 しかし、拡散の魔術を使っているのか声は四方から聞こえてくる。


 声での位置の特定は不可能だ。


「卑怯者が! 正々堂々戦えってんだ!」


「これが私の正々堂々さ。順番にお前らを殺してやる。ハハハハハハ!!」


 邪悪さの滲み出た笑い声を上げ、オースティンの身体が俺達の周りを駆け回るのを感じる。


「はっ、み、見えたぜお前の武勇伝の正体が。そうやって不意打ち狙ってちまちま稼いできたって訳か! 学生時代と変わらねえな!」


「何とでも言うと良い。私は有名魔術師、君はただの道化師。この格差が示すのはそのまま今の実力だ!」


「うるせえ! 痛いところつくな!」


 余裕のあふれるオースティンとは対照的に、リンデさんは周りが見えなくて焦り始める。


「そしてリンデのファンという阿呆の少年……悪いが君にも死んでもらう。さぞ力と未来のある少年なのだろうが、この場面を見られた以上は死んでもらう」


「はっ、別にいいぜ。俺を殺せるもんならな。経験の差がどれほどか、格の違いを見せてやるよ」


 その言葉に、僅かにオースティンがピリつくのを感じる。


 よし、釣れたか?


「――よかろう。お前から殺す。その次はリンデ貴様だ。お前を慕ったばっかりにファンが目の前で殺される悲劇を目にしてから絶望の中で死ぬと良い」


「オースティンてめえ!!」


「さらばだ、ギルフォード・エウラ」


 オースティンの速度が加速する。


 身体強化魔術……!


 余裕!!


 俺は魔力の反応を正確に追い続ける。


 目で見るよりもはっきりと見えるぜ、オースティン・メイアン!


 ヒュン! っと、刃物が空を切る音がする。


「少年!!」


 ガン!!! っと激しい衝撃音。


「がはっ……!」


 俺の右手が、オースティンが手に持っていた何かを"ブレイク"で破壊し、左手で襟首をつかむと地面へと叩きつける。


 一瞬の出来事に、オースティンもリンデも何が起こったのか理解できていない。


 黒い霧が徐々に晴れてくると、リンデが口から声を漏らす。


「おいおい……どんだけ人間離れしてんだよ小僧……! あの霧の中でなんでオースティンを正確に返り討ちにしてるんだよ!」


 地面に無残にも仰向けに転がり、俺に押さえつけられるオースティンの画を見て、リンデが半笑いでそう言う。


「ま、俺は魔力感知得意なんで」


「得意とかいうレベルじゃねえだろ!? あの視界0の中で魔力探知だけで組み伏せるとか……かー怖え……この学校のレベルどれだけ上がってるんだよ……」


 地面に押さえつけられたオースティンも、目を見開く。


「わ、私が地面に……何が起こった……!?」


「普通に取り押さえただけっすけど。弱いっすね、あんた」


「私が……弱い……?」


 俺はそのまま右こぶしを振り上げる。


「とりあえず気絶させて運びましょう。学校長にはこいつを縛ってから報告すればいい。外の連中もこいつが連行される姿を見せれば大人しくなるんじゃないですか?」


「だな。こいつが主犯なのは間違いない。信者たちが暴徒化しないといいが……まあ一般人が魔術師達の集まるここで暴徒になるような無謀なことはしないだろうな」


「ですよね。じゃ、眠っててください」


 ――と俺が思い切り拳を振り下ろした瞬間。


 オースティンが魔術を発動する。


「――"ファントム"」


 刹那、オースティンを包むように煙が巻き上がり、ほんの一瞬だけ視界が遮られる。


「この期に及んで往生際が悪いねえ。さっさとやれよ少年」


 しかし、それは予想以上の効果を発揮した。


 俺の拳が、オースティンの眼前で止まる。


「おいおい、何やって――」


「ユ……ユフィ……?」


 地面に倒れ、俺が殴ろうとしたのは、ユフィだった。


 俺は一瞬混乱し、一歩後ずさってしまう。


 俺の経験が、様々なパターンを無駄に想定してしまったからだ。


 もしなぐってそれがオースティン本体じゃなかったら?

 相手がユフィなのに気付かないよう幻術を掛けられていた可能性は?

 最初からユフィだった?

 それとも近くに隠していたユフィと入れ替えた?

 いつから?

 本当に最初からオースティンだったのか?


 ――こいつは……。


 俺の混乱の隙を見逃さず、ユフィの姿をした誰かは、勢いよく扉を開け外に逃げていく。


「ばか……逃げたぞ!!」


 その声に俺はすぐに現実に戻る。


「なっ……何が起きた!?」


「ただお前が急に拳を止めて後退しただけだ! 何やってんだ……!」


「……っ!」


 リンデさんにはあいつがユフィには見えてなかった。


 つまり……あれはただの幻覚!?


「しくった……オースティンの魔術だ」


「あぁ!? 何かあったのか!?」


「今はいいですよ! 早く追いましょう! 俺たちに敵わないと悟った今、何するか分からない!」


 くそくそくそ! 俺は何をやってるんだ!


 以前の俺なら構わず拳を振りぬいていた。


 逃がせば仲間が死ぬかもしれない。そういう闘いに身を投じてきただろう!


 ……平和ボケしていたのは、この時代の人間だけじゃねえみてえだな。


 くそ……あいつ、絶対許さねえ。


 でもなんであいつがユフィと俺の関係を……いや、そもそもあいつは俺のフルネームを知っていた。

 あいつ、この作戦のために全校生徒下調べしてやがったな……! もしものために!


 俺たちは急いできた道を戻る。


「絶対に逃せませんよ!」


「わかってるよ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る