第189話 転移ゲート

「過去を清算って……」


 なんだ……オースティンはただの有名魔術師ってだけじゃないのか……?


 確かに「悠久の魔術師」をぱらぱらと見たときは胡散臭いと思ったが……。


「オースティン・メイアンはこの学校で何かしたんですか……? というか、彼は一体……」


 リンデさんは渋い顔をしながら顎の辺りを撫でる。


 今まで見てきた表情とはまた違った表情だ。


「あいつは…………」


 リンデさんは溜息をつく。


「あいつはただのどこにでもいる有名魔術師だよ」



 俺とリンデさんは校舎を目指して走り出す。


 パレードは既に始まっており、正面入り口の方からは歓声と眩い魔術の光が輝いている。


 まさに祭りのフィナーレというような様相。


 どこか千年前の戦場での魔術戦を思い出させるような雰囲気。

 そんなことあるはずもなく、むしろそれとは真逆の誰もが目を輝かせるもののはずなのだが、俺の身体に刻まれた古い感性が、そう誤認させる。


 遠くから聞こえる身体の芯を揺らすような地鳴りにも似た振動。


 湧き上がる歓声。


 幾重にも折り重なる多種多様な魔力反応。


 どれもこれも、あの頃ならやはりただの戦闘行為で、それを見て楽しむなんていう余裕のある時代がくるなんて想像できなかった。


 ――だが、今あの歓声の中で、確実に何かよくないことが起こっている。


 恐らくは元凶であるオースティン・メイアン。

 それに、魔術信仰の模様……。


「というか、ギルフォード君……!!」


 隣を走るリンデさんが、はあはあと息を荒げながら俺の名を呼ぶ。


「どうしたんですかリンデさん。息上がってますけど」


「うるさいな……! いいから聞け!」


「何ですか?」


「君は……アビスのなんなんだ……? 魔神信仰の模様だと……知っていたり……! そもそも、君がこの事件に……関わる意味がわからない!!」


 そう言ってリンデさんは俺の顔を見る。


 もっともな疑問だなあ……。


 何と言ったものか……。カリストでの一件を話すわけにもいかないし……。


「……あー……ロンドールで学んでるといろいろと詳しくなるんですよ」


「君……! 俺を煙に巻こうとしてないか!?」


「そ、そんなことないですよ! はい」


「はあ、はあ……ったく……俺は君たちの……大先輩だぞ……! もう少し敬いたまえ……!」


 そう言って、少し俺より後ろを走っていたリンデさんが、力を振り絞り俺を追い抜く。


 そうこうしているうちに、校舎正面へとたどり着く。


 この辺りも、もう殆ど人はいない。


 リンデさんは両ひざに手を突き、身体を激しく上下させながらはあはあと息をつく。


「くっそ……俺は肉体派の魔術師じゃ……ない……!」


「大丈夫ですか、リンデさん? ここで待っていた方が――」


「ぬがー!!!」


 不意に背筋を勢いよくピンと伸ばし、目をカッと開く。


「まだまだ……! オースティンの野郎が主犯なら、俺が行かなきゃ意味がないだろうが……!!」


「……そうですね。なにやら因縁があるみたいですし」


「あいつが歪んだのだとしたら……」


 リンデさんはまた険しい表情を浮かべる。


「俺が無関係って訳でもないかもしれんからな」


「それってどういう……」


 ――と、その時、上階の方から魔力反応を感じる。


 俺が慌てて振り返ると、一瞬きょとんとした顔をしていたリンデだったが、遅れて顔が引きつり始める。


「これって……おいおい、あいつか!?」


「みたいっすね……行きましょう!!」


「また走りか……!」


 俺たちは螺旋階段を駆け上がり、五階で階段から降りる。


 無人の廊下を走り抜け、転移の間へと入る。


「おぉ……なんか前より広くなってないか!?」


「そうなんですか? 俺は知らないっすけど……」


「いや、そんなことないかも……久しぶり過ぎて感覚がバグってるな」


 そう言ってリンデさんは慣れた様子でスタスタと奥へと歩いていく。


 リンデさんはシルクハットを抑えながら、転移ゲートをまじまじと見つめる。


「やっぱこれだよなあ……古い型だが、これだけしっかりした造りのゲートなんて国中探してもそうはないぞ」


 鉄で作られた四角い枠に、濃い青色の膜が張られている。


 あのアビスの女……エリーの使う魔術とは見た目はかなり違う。


 (恐らく)自由な距離を飛べるエリーの転移魔術と、俺達の時代から存在する精々五十メートル程度の距離しか飛べない転移魔術。


 正直、日常生活を送る上でなら、五十メートルの距離だけでも転移ゲートが存在してくれれば十分ではある。


「さ、リンデさん。上へ行きましょう」


「何階かわかるのか? ここのゲートは階ごとに違うだろ?」


「魔力の反応的に十五階あたりかなと」


 すると、リンデの目が見開かれる。


「ちょっと待て、さっきの一瞬で魔力探知を完璧に終えたってのか!? 冗談だろ!」


「いや、今冗談言ってる場合じゃないっすよ、リンデさん」


「……ゴホン。ま、まあ、俺もわかっていたさ! 君がわかるかどうか試したというのが本当のところだ」


 と、バレバレな見栄を張るリンデさん。


 まったく、この人は頼りになるのかならないのか……。


「そういうことにしときましょ……。さ、行きましょう。さっさとオースティン・メイアンに会って、この騒ぎを終わらせないと」


「その通り! あいつはここらへんで一発痛い目に合わないとだめだ」


 俺たちは目の前で蠢く青い膜に、ゆっくりと手を伸ばす。


 ズプリと沈んでいくような感覚……まるで水に潜るような、そんな感じ。


 一瞬のひんやりとした冷たさとは裏腹に、体内が熱くなる。


 俺たちは同時に転移ゲートへと身体を滑り込ませ、そして目の前が真っ暗になる。

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