第187話 魔術の対価

「だから違いますって! あれは話を合わせただけでしょ!」


「あらら、そうだったっけ? 記憶にないな……君がロンドールの街を歩いていた俺に声を掛けてきたんじゃ――ッ!?」


 俺はつい勢いあまってリンデさんの胸倉をつかむ。


 今はこいつの茶番に構ってる場合じゃないってのに……あぁもう!!


「じょじょじょ、冗談だよ!! 怖いな全く! やっぱりロンドール生の質が下がったんじゃないのか!?」


 そう叫びながら、リンデさんは俺の手を払いのけると、後退しローブの襟元を正す。


 勢いあまって地面に落ちたシルクハットを拾い上げると、「あぁあぁ」っと嘆きながら汚れを払い落とし、頭に被る。


「いや……はあ。あなたと口論するこっちの方が疲れてきますよ……」


「失敬な! 俺は親しみやすい魔術師で有名だぞ?」


「自分でいいますか」


「あぁ、何度でも言うとも! 自分で言わないと誰も言ってくれないからな!!!」


 そう叫ぶと、リンデは急に自分の言っていることに虚しさを覚えたのか、委縮したように肩を落とす。


 相変わらず調子狂う人だな……本当にこの人がこの一連の流れの元なのか……?


「リンデさん、実はあなたに聞きたことがあって探してたんです」


「俺に? 悪いが俺は他に用事があるんだ。急ぎじゃないならまたにしてくれ」


「急ぎです」


 俺は真剣な眼差しでリンデを見つめる。


 すると、リンデさんはしばらくじっと俺の目を見つめ返した後、我慢できなかったのかサッと目を逸らし、深くため息を付く。


「……少しだけだぞ」


「ありがとうございます」


「言っとくが、本当に急いでるんだからな!? 手短にしてくれよ!?」


「何をそんなに焦ってるんですか?」


「君には関係ない、ギルフォード。男にはやらねばならぬ時があるということだ」


 やらねば……ね。


 やっぱり、怪しいな。かまけてみるか……。


「奇遇ですね、リンデさん。俺もの話なんです」


「何?」


 リンデさんの顔つきが変わる。


 食いついてきたか。


 俺は制服の胸の部分をトントンと指で叩く。


「ここに、ます。同志ですよ」


 さあ、乗ってくるか。


 すると、リンデさんの目が見開かれる。

 それを悟られない為か、シルクハットを目深に被り直す。


「…………わからないな。刻まれる? なんのことかな。からかってるのかい? 冗談なら、笑えないよ」


「とぼけないでください。あなたなら知ってるはずだ」


 リンデさんが緊張してるのが伝わってくる。


 これは明らかに黒……!


「ハハハ。相変わらず面白いな君は! 君は魔術師だ、そんな訳がないだろう?」


「俺にも思うところがあるんです。あなたも……ですよね?」


 リンデさんは沈黙を選ぶ。


 場が膠着する。


 これはもはや確定的――!

 まだリンデさんは俺のことを疑っているが……もう一押しすれば……。


「――俺は違う。だとすれば、君は話す相手を間違えたようだよ。……冗談なら、さっさと弁解して欲しいもんだ」


「違いますよ。……その腕の包帯の下、もしかして――」


 刹那、リンデさんの腕の包帯が解ける。


 あまりの急な出来事に、俺は一瞬呆気にとられる。


 は……? 何で今――。


「だったら悪いけど、一番のファンを拘束しなくちゃいけないな」


 包帯を解放した腕は、異形だった。


 そこに五芒星などはなく、ただただ人の腕とは思えない何かが、その下には隠れていた。


 "ブライト"の魔術のみでぼんやりと照らされていた空間で、リンデさんの異形の腕が放つ緑の光が際立つ。


 この腕……まさか……!


「魔術師であいつに加担するってことは、そういうことだろう!? 今ここで、無力化する!!」


 リンデさんの左腕から、膨大な魔力反応を感じる。


 やっぱりこれ……"魔術の対価サクリファイス"か!!


 リンデさんが地面にその腕で触れた瞬間、蔦のようなものが複数湧き上がり、そのすべてが俺目掛けて襲い掛かる。


「くっ……何か誤解が有ったみたいだな……!!」


 俺は"ブレイク"を発動し、襲い来る蔦をすべて薙ぎ払う。


 一瞬にして豆粒以下の大きさまで分解される蔦を見て、リンデの表情が引きつる。


「冗談でしょ!? ――ロンドール生はこれだから……!」


「ちょっと待ってください!! やっぱ誤解です! 俺が間違ってました!」


「嘘をつけ! さっき散々べらべらと喋ってただろうが!! 今更命乞いか!?」


 リンデさんは次の攻撃に映ろうと左腕を構える。


「ち、違います!! カマかけたんですよ! リンデさんが一番怪しかったから!」


「信じられるか!! 今までそれで何回死にそうになったことか……数えきれないほどあるわ!」


 そ、それはそれで聞いてて悲しくなってくるな……。


「本当ですって、信じてください! あなたのファンですよ!?」


「どうせ偽物だろう! おだてたって……おだてたってなにもないんだからな!!」


 リンデさんの顔が、若干緩む。


 あれ、意外とちょろいな……。まんざらでもなさそうだ。


「あー、そうだ! ほら、ないでしょ!?」


 俺はネクタイを解くと、制服とワイシャツを捲り、胸を見せる。


 リンデさんは恐る恐る近づき、目を凝らす。


「……確かにないな……。本当にブラフだったのか」


「そうですよ。……実は包帯で腕を隠しているのが怪しくて、リンデさんを疑ってたんです」


「失敬な!! 包帯くらいで疑うんじゃない!!」


「いや、まあ、それは本当申し訳なかったんですが……。包帯してたし、何か焦ってる様子だったしで……唯一の手掛かりだったんです」


 リンデさんはお人好しなのか、俺のことを理解してくれたようで、落ちていた包帯を拾い上げると、もう一度腕に巻き始める。


 布の内側に魔法陣が刻まれている。

 あの腕の封印用ってところか……。


「――まあいいよ、俺は人を信じる心を忘れない善良なる魔術師! 君の汚れた心でいくら見られようとも、水に流してやるさ」


「は、はあ。ありがとうございます……」


 何か釈然としないが、まあ今は良しとしよう。


「それでリンデさん」


「なにかね?」


「話、伺ってもいいですか?」


 リンデさんは少し考える風に宙を見つめると、短く息を吐く。


「……手短にな。ここまでばれてしまったんだ、その方が誤解も解けるというものだな」

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