第185話 キャパオーバー

 非魔術師の身体に刻まれた模様――。


 確か昼間に魔術体験に来ていた模様の刻まれた客も、何処か雰囲気がおかしかった。どこか虚ろで、覇気がなかった。


 ただ、別に悪さをする様子もなかったからあまり気には留めてはいなかったが、この二人は違う。


 明らかにユンフェ達を邪魔しようとして行動していた。


 ……なんのために?


 ユンフェやこの霊薬の試飲自体に何か恨みがあるとかか?

 非魔術師として、霊薬という身体に影響を与える物は許さないとか……。

 魔術反対派の集団か?


 ――いや、ないな。


 奥の奴は霊薬を割ってるからまだわかるが、こいつはただユンフェに縋りついていただけだ。目的が霊薬とは思えない。魔術反対派なら、そもそも体験自体することはなかっただろうし。


 そう考えると、単に暴れて営業を妨害しようとしたとしか……。なんで今になって……。


「おい、ギル! どうするよこいつら!」


 考え込んでいる俺を、奥でもう一人を抑えているレンの声が現実に引き戻す。


 そうだ、まずこいつらをどうにかしないと。

 考えるのは後だ。


「……一先ずルール通り行こう。本部に連行して、先生たちに引き渡す」


「気絶とかさせなくて大丈夫か?」


「とりあえず大丈夫だろ。こいつらは非魔術師だし、俺達に抵抗できないはずだ」


「それもそうだな。さっさと連行しようぜ」


 すると、俺の下に倒れた男が言う。


「いいのかぁ……? そんな……暇あるか?」


 はぁはぁと息を切らしながら、狭まった喉から声を絞りだす。


「お前は……何人見た?」


 男はくっくっくと笑いを零す。


は散らばってるぞ……ッ! がんばって抑え込むんだなぁ……! あの方も動き出して――」


「うるせえ」


 俺は男の顔面を軽く殴る。


「ぐふっ……!」


「ちょ、ギル君!?」


「落ち着け、少し黙らせただけだ。こういう奴らは喋らせるだけ無駄だからな。事実だろうが戯言だろうが、踊らされると痛い目を見るぞ。今は連行することを第一に考えた方がいい」


 そう。もし、というのが居たとして、これだけ簡単に捕まる奴らに真の目的を教えているはずがない。恐らく捨て駒だ。


「はは、ギルは相変わらず頼もしいな……! さっさと連れてこうぜ」


「ああ。ベルはここで待っていてくれ。騒ぎがまた起きたらその時は頼む」


 ベルは力強く頷く。


「わかったよ! 気を付けてね……!」


 ……だが、気になるのも事実だ。


 こいつらを連行するのが先決なのは変わりないが、こいつらと同じような模様を持った奴を俺は数人目撃している。


 さっさと連行して見回りに戻らねえと……嫌な予感がする。


◇ ◇ ◇


「――ご苦労様! ちょっと待っていてくれ、今手が離せない!」


 昼間とは打って変わり、本部の騒々しさは予想に反して大きかった。


 他の見回りの学生や、先生たち、騎士も数人押しかけているようだ。


「なんだこれ……」


 すると、一人本部から出てくる人影が俺の名を呼ぶ。


「ギルフォード」


「グリム……!」


「お前たちのところも?」


 グリムは俺とレンが連行してきた二人を見る。


「……同じみたいだな。急に暴れだした非魔術師が居てな。一人だったから俺が連行してきたんだが、その時には既に本部はこの有様だったよ」


「グリムの見回り先にも現れたのか」


 グリムは頷くと、本部の中を指さす。


 奥では似たような男女問わずの非魔術師達が、虚ろな顔で捕まっていた。


 その対応に終われ、本部の上級生や先生たちは走り回っていた。


 さっきまであんなに安定してたのになんだこの変わりようは……。


「パレードの開始間際にこの溢れかえり……狙ってたとしか思えんな」


「上級生が手が離せないタイミングで暴れだしてる訳か……目的はなんなんだ」


「それは俺もさっぱりさ。暴れる割には抵抗力は殆どない。自ら捕まったようなものだ。しかも、これといって主張もない。本当に謎だよ」


 グリムは呆れたように肩を竦め、ため息をつく。


「ちなみに、グリム。お前が捉えた奴は何か不思議な模様が掘られてなかったか? 目のマークみたいな」


「目のマーク? ……あぁ、確か女の人だったが太ももの外側に掘られていたな」


「お、おいどこ見てんだよグリム!」


 レンが声を張り上げる。


「勘違いするな! 抑えたときにスカートが少し捲れただけだ。まったく……」


「信用ならねえ~……」


 また模様……。

 これはその模様の連中の集団的な行動とみていいか。


 仮に奴らを五芒星と呼ぶとしよう。


 五芒星の目的はいまだ不明……パレードのタイミングに合わせて暴れ、見回りや警備の手を煩わせている。ただ、それだけだ。大打撃を与えるような騒ぎはまだ起こっていない。


 人員を削ぐため? 

 何かから注目を逸らすため?

 

 一体何から――


「ギル君! レン君!」


 と、後方からベルの声が聞こえる。


 はあはあと息を切らしながら走ってきたベルは、俺達のところで止まると、両膝に手を付け息を整える。


「どうしたよベル!? 何かあったのか?」


「それが……暴れる人がまた増えてきて……人手が足りなくて……! パレードで上級生は出払ってるし、警備もパレードの経路上にかなり人員が割かれちゃってて……!」


「おいおい……まだ湧いてくるのかよ!」


「見回りが足りないから人手を呼んできて欲しいって言われて……」


 俺とグリムは顔を見合わせる。


「……これが狙いか?」


「真の狙いはわからねえけど、少なくともあの非魔術師達の役割はそうみたいだな。警備のキャパオーバーを狙って各地で同時多発的に小さな騒ぎを起こす」


「連中って?」


「五芒星の中心に目のマークが描かれた模様を掘っている非魔術師の連中だ。恐らくこの騒ぎはほとんどそいつら仕業に違いない」


「ギルがさっき言ってたのはそれか……」


 俺は頷く。


「じゃ、じゃあこの騒ぎをしらみつぶしに抑えても意味ないの……?」


「いや、騒ぎを起こしているんだ、鎮圧しなきゃいけないことには変わりないけど……俺たちに自体が狙いだとすると、他の所で何かが起こるとしても不思議じゃない」


「どうするよ、ギル!? 俺達だけでも応援に戻るか?」


「戻るだけじゃ解決にならねえ……騎士や先生たちは騒動の対応で手一杯だ。俺達でなんとかしねえと……」

 

 このままじゃずっと後手に回り続けて、他の目的(あればだが)が達成されてしまう。


 このやり口……闘技場に魔獣を放ったアビスを思い出すな。


 どうする……。


 ――とその時、ある事実を思い出す。


 あの時覚えた違和感。

 それが、今になって意識の表面に浮かび上がってくる。


「……リンデ」


「えっ?」


「……わかった、ベルとレンはとりあえずドロシー達の所の様子を見てきてくれ。もう誰かが制圧してるかもしれねえけど、心配だ。ユフィもいるし。その後、ベルに助けを求めた人のところに行って見回りに回ってくれ、俺もすぐに行く」


「わかった。お前はどうすんだよ?」


「俺は心当たりが一つある。そっちを見てくる」


「俺も付いていく……と言いてえところだが……わかった。心当たりってことは、確実じゃねえんだろ? 大所帯で行く訳にはいかねえよな」


「おいおい、レンの割には聞き分けがいいな」


 するとレンがふんと鼻息を吹き、胸を張る。


「大分切迫した状況だってことはわかってるつもりだからよ~。……そっちは任せたぞ!」


「気を付けてね、ギル君……! 後で!」


 そう言って二人は走ってドロシー達の元へと向かう。


「俺もリュークたちの所に戻って、お前の心当たりが不発だった時の為に他に目的がないか探る。何かあったら呼べ。少しは力になるだろう」


「はは、頼もしいよ。任せたぜ」


 グリムは頷くと、さっとその場を離れる。


 さて……。


 確か、あいつを最後に見たのはユンフェの試飲コーナーの近くだったか。


「リンデ・アーロイ……!」


 腕にあった包帯……何かある可能性がある。

 まずは奴に接触する!

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