第177話 霊薬

 俺の声に反応し、そのウェイトレスは勢いよく振り返る。


 振り向いたその顔は、やはりユンフェだった。


 彼女は俺の顔を確認すると、パーっと笑みを浮かべる。


「ギル! 来てくれたの!?」


 ユンフェは今にも飛び上がりそうな様子で身体を揺らす。


 周りに出来ていた人だかりを軽く押しのけるようにしてユンフェがこちらへとやってくる。


「まあ暇だったしな。それにしても……」


「ん?」


 俺はユンフェの服をマジマジと眺める。


 ユンフェが着ているのはカリストでクロがウェイトレスとして働いていた時に着ていた物によく似た制服だ。


 ただクロの着ていたのとは違い、色が黒と白で統一されている。


 クロも似合っていたが、ユンフェもなかなか。


「似合ってるな、その服」


「そうかな? ギルに言われると何か照れるね……」


 ユンフェは看板で少し顔を隠しながら、伏し目がちに俺を見ると、前髪をぱさぱさといじる。


 その瞳はウルウルと輝き、頬はほんのりと赤く染まっている。


 ユンフェはゴホンと咳払いをして、声を整える。


「とにかく来てくれてありがとうね! もちろん、ベルベットさんも。是非体験していってよ! うちの霊薬は凄いよ!」


◇ ◇ ◇


 俺たちはユンフェに連れられ霊薬の並ぶテーブルへと向かう。


 数人のアングイスの一年生たちが、次々と体験に訪れる非魔術師の人たちへと対応しているのが目に入る。


 その中には新人戦で唯一霊薬を使っていたジャックの姿もあった。

 やっぱり、キーは彼か……。


 試飲の様子はというと、霊薬は体に影響を及ぼすものであるという事実が客足を遠のけているのか、ユンフェという看板娘を使っても大盛況というほどの人混みではなさそうだ。


 それでも通り過ぎる数十人のうちの何人かは足を止めてユンフェや体験コーナーを眺め、あるいはすでに霊薬を飲んだ勇者を眺め楽しそうに笑みをこぼしている。



 ベルは霊薬の入った瓶をまじまじと見つめる。


「私、霊薬初めて……ちょっと緊張するかも」


 ユンフェは適当に瓶を見繕いながら笑う。


「あはは、初歩的なものばかりだから安心してよ。今回用意してるのは安全優先だったから、あまり過激なものはないんだけど……」


 受け取った瓶には青い色の透き通った液体が入っている。

 サラッとした液体かとおもいきや、瓶を傾けると中の液体は瓶にへばりつくようにドロッと流れる。


「視力向上の霊薬よ。試してみて?」


 視力向上か……確かに初歩的な霊薬だな。

 流石に危険なものはないか。


「じゃあちょっと飲んでみるかな。ベルはどうする?」


「んー……先にギル君いいよ」


「……怖いのか」


「あはは、ちょ、ちょっとね……苦そうだし……」


 そう言ってベルは照れ臭そうに笑う。


「わかった、じゃあ遠慮なく――」


 俺は瓶から霊薬を一気に飲み干す。


 霊薬を飲むなんて久しぶりだな……。


 纏わり付くように、ドロリと霊薬が喉をゆっくりと流れていく。


 ゴクンと音を鳴らし飲み込む。


 すると不意に目が徐々に熱くなり、次いで体温の向上も感じられる。


「お……おぉおお……!!」


 即効性がある……なかなか精度が高い霊薬だ。


 次第に視界がクリアになり、感覚が鋭敏になるのを直感的に感じる。


「どう、視力すごくない?」


 ユンフェが目を輝かせてこちらを見る。


「ああ。結構遠くまではっきり見えるぞ」


 俺はそう言いながら辺りをぐるっと見回す。


 人ごみの中の人間一人ひとりの顔がしっかりと見える。

 白髪の数から顔の皺までくっきりと。


「へえ、そんなにすぐ効くんだ。凄いね! 私も飲んでみようかな」


「お、ベルも飲んでみろよ」 


 と適当にぐるぐると辺りを見回していると、その中に見知った顔を二つ見つける。


 その知った顔はだんだんとこちらへ近づいて来ているようで……。


 やばっ、ここであの人をベルに会わせるのは……。


 しかし、そこで霊薬の効果が切れ視界がぼやけ始める。


 俺の異変を察したのか、瓶を片手に持ったベルが不思議そうに俺の方を見る。


「何か見えたの?」


「くるぞ……ベル、お前の――」


「あーやっぱりギル君だ!」


「――ホムラさんと、リオンさん……」


 まずいな、来るの早えよ……。


 二人は俺をはさむように両側からくっついてくる。


「な、なんですか……!」


 その様子に、ユンフェとベルが露骨に顔を引きつらせる。


「ちょっと、リオンちゃん! 私の後輩なんだけど?」


「昔から知り合いだと優先権がそっちに移るわけ? うちに来た時から私のギル君なんですけど?」


 二人の視線がバチバチとぶつかりあう。


 俺の目の前で揺れる、金の綺麗な髪と栗色のお下げ髪。


「あ、あの、どっちの物でもないんですが……」


 ホムラさんはニヤーっと笑みを浮かべる。


「またまたあ、そんなこと言ってえ。私知ってるよ? ギル君が夜な夜な私の寮のドアの前に来てはうろうろして――」


「え、ギ、ギル!?」


 ユンフェとベルの目が見開かれる。

 その顔には侮蔑の色があらわれている。


「ち、ちげえよ!!! ホムラさんが適当いってるだけだよ!!」


 焦って訂正するのが面白かったのか、ホムラさんはケラケラと楽しそうに笑い俺の背中をポンポンと叩く。


「あはは、冗談冗談!」


「なんだ、冗談なの、つまらないわね」


「つまらないって何ですか……。はあ、ホムラさんだけでも大変だっていうのにリオンさんまで絡まないでくださいよ……」


「ふふふ、それは私と接点を持ってしまった以上覚悟してもらわないとね。――っと、あらあらベルちゃんじゃなーい!」


 そういってやっとベルの存在に気付いたのか、リオンさんはベルに強引に抱き着く。


「お、お姉ちゃん……」


 リオンさんはベルの顔にすりすりと自分の顔を擦り付ける。


 ベルのほっぺがプニプニと潰れる。


「なあにい? もう恥ずかしがっちゃって。学校では会いたくないんだっけ? いいじゃないお祭りの時くらい」


「…………」


 いまいちベル姉の真意は掴めない。


 本当にベルを大事に思っているのか……。


 この光景だけを見ればシスコンの姉とそれをうざがる妹という感じだが、あの家での一件を考えればそう簡単な関係じゃないというのはわかる。


 リオンさんはツンツンとベルの頬をつつくが、ベルはあまり反応しない。


「冷たいな~お姉ちゃん寂しい」


「そ、そんなことは……」


 すると何かに気づいたのかリオンさんはきょろきょろとあたりを見回す。


「あら、そう言えばドロシーちゃんがいないわね、いつも一緒なのに」


「あいつとは当番が違うんですよ。さっき交代したばかりです」


「ふーん……ベルちゃんも今がチャンスって訳だ」


「え?」


 ホムラさんとリオンさんはニヤッと二人で笑う。


 はあ、この二人はまたつまらんこと考えてるな……。


「……気にすんなよ、ベル。どうせこの二人がいつもみたいに適当言ってるだけだ」


「言ってくれるじゃないギル君」


「まあでも、それくらい生意気な方がお姉ちゃんは好みかなあ~」


「まったくリオンちゃんは節操が無いわね――っと、そろそろ行かないと間に合わないわよ」


「あ、本当だ」


 そう言って二人はさっと俺達から離れるとアングイスの霊薬試飲場から出ていく。


「何かあるんですか?」


「パレードの準備よ。あれが学校祭の目玉と言っても過言じゃないからね。そういえば暇なら本校舎裏の模擬試合見に行くといいわよ、うちの三年が試合してたりするから」


「模擬試合ですか……」


「ああいう熱気があるところは喧嘩も起こりやすいからね、見回りにもちょうどいいと思うわよ」


 そういってホムラさんはウィンクをする。


「じゃ、また会いましょ、ギル君、ベルちゃん」


「また後でね」


 そういって嵐のような二人は去っていった。


 俺は余計な争いが起きなかったことにほっと胸をなでおろす。


 とりあえずベルが怠い絡みをさせられなかっただけ良しとするか。


 その2人の光景を黙って見ていたユンフェがやっと口を開く。


「あれベルベットさんの――――リオンさんね。有名人よね、彼女。優秀な魔術師だって」


「……そうだね。お姉ちゃんは優秀だよ」


「?」

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