第178話 模擬試合

 沈黙が流れる。

 ユンフェは、何かまずいことでも言ったかと少し不安そうにこちらを見る。


 ベル姉妹の関係性なんてユンフェにわかるわけないわな……。


「さて、じゃあ俺たちはホムラさんが言ってた模擬試合とかいうのでも見に行ってみるか?」


「そ、そうだね。そっち行ってみよっか」


「というわけだ、俺たち行くわ」


「――そう、来てくれてありがとね、ギル。あとベルベットさんも」


「おう、またな」


「お邪魔しました、ユンフェさん」


「何か問題があったら俺たちに報告してくれ。一応見回り担当だからな……まぁ他にもいるけど」


「ふふふ、頼りにしてるわ」


 そうしてウェイトレス姿で手を振ってくれるユンフェを後に、俺たちは校舎裏を目指し人ごみを進む。



「大丈夫かベル?」


 少し気分が沈みがちなベルに、俺は声をかける。


「ん、何が?」


 ベルはこちらを向かず声だけで返事をする。


「いや、ベルの姉ちゃんとか……突然だったしよ」


「あはは、大丈夫だよ。ギル君が家に来てくれたときに、少しは乗り越えられた気がするから」


 大丈夫と、まるで自分自身に言い聞かせているようで少しいたたまれない。


 多少乗り越えられたのは事実なのだろうが、きっとまだ俺には分からない感情がベルの中にはあるのだろう。


「……だから大丈夫、ありがと」


「……ならいいけどよ」


 俺はそれ以上その話題を続けることはしなかった。


 シャル爺さんとの約束もあるしな……次はしっかり見とかねえとな。


◇ ◇ ◇


 しばらく歩き、本校舎近くの噴水横を通り抜ける。


 人通りはさっきまでより明らかに少なくなっている。


 模擬試合のステージは学校祭のパンフレットでも端の方に書かれているため気付かない人が多いのかもしれない。


「なあ、ベル――」


「いい加減にせんか!!」


 瞬間、激しい怒声が響き渡る。

 その場にいた人たちがみなその声の方を見る。


「なんだ……!?」


 本校舎の入り口、そこがその声に発生源だった。


 そこには二人の人物が立っていた。


「あれは……学校長と……」


 もう一人は……。


 ベルが声を零す。


「オースティン・メイアン……?」


 そうだ、さっきリンデのショーの時に裏にいたやつと同じ風貌……。

 オースティン・メイアンだ。


 なんでこんなところに……。


 怒鳴り声をあげたのはあの穏やかそうな学校長の方だった。


 その声を、うっすらと笑みを浮かべたオースティン・メイアンが受け止めている。


 さすがに視線を集めたのに気づいたのか、二人はこちらを一瞥するとそのまま本校舎の中へと消えていく。


 一瞬静寂が訪れ、すぐにざわざわと雑踏が鳴り始める。


「なんだったんだ今の……」


「オースティン・メイアンとマーリン学校長だよね? 学校長があんなに大きな声出すなんて……」


 珍しい……を通り越して、異常だ。

 何かあったのは間違いない。


 一体何を話してたんだろうか……?

 

 気になるな……あとを追うか?


 ――いや待て、それはさすがにまずいか。

 

 俺ははやる気持ちを抑え、ゆっくりと息を吐く。


 俺たちの出る幕じゃない……それに、余計なことに首をわざわざ突っ込む必要もない。


 だが、少なくともただ事ではないだろう。

 リンデの話を信じるなら、オースティンはなかなかに胡散臭い男だ。


 なにか学校長を怒らせるようなことを言っていてもおかしくはない。

 過去の何かについて蒸し返したか、今更何か脅迫まがいのことをしたか……。


 想像の域を出ないが、あの穏やかな学校長が怒鳴るなんてそれくらいのことしか思い浮かばない。


 なんだか不穏な空気が漂ってきたような気がする。


 謎の模様を付けた非魔術師たち、リンデの腕の包帯、学校長の怒声、そしてオースティン・メイアン……。

 

 今のところ騒ぎという騒ぎは起こっていないが、なんだか嵐の前の静けさのような、そんな感じを覚える。


 ――無事学校祭が終わるといいんだが。


「とりあず今は気にしないでおこう……。二人の問題だ」


「そうだね……オースティン・メイアンもここの卒業生だし、何か昔の話でもして言い争いになったのかも……」


「かもな」


 俺たちは微妙な違和感を覚えながらも、その場を離れた。


 今俺たちにできることは無い。


◇ ◇ ◇


 校舎裏には、模擬試合のリングが作られ、その周りには人だかりができていた。


 特異魔術を使った戦いに、観客も熱狂している。


 ちょうどやっていた一戦が終わるところだったようで、黒い髪をした方の生徒が放った鞭のようにしなる魔術が、もう片方の生徒の胸を打ち、苦しそうに倒れこむ。


 その瞬間、歓声があがる。


「勝者、アングイス、ティオ・レイン!!!」


「「「うおおおおお!!」」」


 どうやらここにきている人たちは他の非魔術師たちとは違い好戦的な人が多いようだ。魔術での戦いを見て楽しむのに慣れている。


 新人戦に来ていた連中と同種のタイプだろう。

 もしかすると魔術師が多いのかもしれない。


 それにホムラさんたちは模擬試合と言っていたが、どうやらそんな生易しいものじゃないということは、見ればわかった。


 戦っている上級生の目も本気だし、観客たちもそれを望んでいるようだ。


 倒れた生徒は他の生徒に手を貸してもらいながら満身創痍でステージから降り、三年の回復魔術師に回復魔術を施してもらう。


 もちろん、魔術師会から派遣されるような回復魔術師と違いその精度は保証できるものではないようだが、命に別状はなさそうだ。


 結構ラインスレスレの模擬試合だな……。

 多少はお互いに手加減しているんだろうが……。


 観客をよく見ると、中には見たことのない制服を着た奴も数人確認できる。


 別の学校の生徒か?


 ベルは俺の方を見る。


「これ止めた方がいいのかな……?」


「うーん……いいんじゃねえか別に。許可もらってるんだろ? 毎年やってるんだろうし……ホムラさんも模擬試合は伝統みたいなこと言ってただろ」


「そうだけど……これはちょっとやりすぎな気が……」


 だが、いつの時代も魔術師とはこういうものだ。

 自分の命や相手の命よりも魔術の探求を優先する。


 この試合においても、戦うことで洗練されるものがあると信じているのだろう。


 新人戦でグリムに怪我をさせたときも思ったが、ロンドールにはそれを受け入れる度量がある。


 すると司会らしき男が声を張り上げる。


「次は、ウルラ三年!! キュロス・ディーノ!! そしてコルクニクス三年、ジャン・バール!!」


 名前を呼ばれ、後ろに控えていた2人が意気揚々とリングに上がる。


 二人が楽し気に歩み寄りお互い構えを取ったところで――。


「ちょっと待ったああ!!」


 その声は、客席の中から起こった。


 会場はシーンと静まりかえり、その声の方を向く。


 その声の主たち三人はゆっくりと模擬試合のリングに上がってくる。

 見たことのない赤い服……というかあれは制服だ。


 まさか他の学校の……。


「ちょっと、お客さん、乱入は禁止ですよ! 危ないですよ!」


 しかし、その三人は司会の言葉など聞いていない。


 するとベルが言葉を漏らす。


「あれは……アマルフィスの制服……!」


「アマルフィス……戦闘特化の魔術学校か」


 ベルがコクリと頷く。


「これは……ちょっと嫌な予感がするな」


 その中の一人、茶色い短髪の男が声を張り上げる。


「ロンドールの魔術師はこんなもんかあ!? 伝統伝統でなまっちまったのか!?」


 いきなりの喧嘩腰に、上級生がものすごい剣幕で言い返す。


「ああ!? 何言ってやがる……ってお前らアマルフィスか……何しに出てきた!」


「俺たちが相手してやるって言ってんだよ!」


 今にも取っ組み合いの喧嘩を始めそうな雰囲気に周りはむしろヒートアップしている。


「余興か?!」

「やれやれ!」


 と、無責任な野次が飛ぶ。


「おいおい、これはさすがにまずくないか!?」


「と、止めないと!! 私たちの出番だよ!」


 これじゃあ乱闘になる……!

 騎士や先生たちを呼んでる暇はない。


 俺たちは急いでリングに上がる。


 上級生たちと、アマルフィスの生徒たちの間に割って入り、強引に引きはがす。


「ちょっと、喧嘩は止めてくださいよ!」


 俺が袖を掴んで引き離した男が、怒鳴り声を上げる。


「なんだてめえ!? これから俺たちが本当の魔術ってもんを教えてやるんだよ、このロンドールの腰抜けどもにな!!」


 アマルフィスの生徒は変わらず暴言のような言葉を投げかけ続ける。


「調子に乗るな、アマルフィスの戦闘狂供が!!」


 上級生も負けじと言い返す。


 するとリング外からは次々とヤジが飛び交う。


「早く戦い始めろよ! 見足りねえぞ!」

「アマルフィスだろうがロンドールだろうが関係ねえ! 俺たちは戦いを見に来たんだ!!」


 ああくそ、余計なことばかり言いやがって……!

 絶対これ止めないとまずいやつだろ……!


「や、やめてください、ロンドール生同士ならまだしも他校の生徒を交えて魔術戦なんて問題になりますよ!!」


 ベルが必死に説得するが、茶髪の男は鼻でそれを笑う。


「はっ、その銀髪……ロア家の! 噂以上に腑抜けたやつと見たぜ、なあキール!」


「まったくだ。戦わないならこのリングに上がるな、小娘」


 キールと呼ばれた男はグイっとベルを押しのける。


「きゃっ!」


 押し飛ばされ転びそうになったベルを俺は慌てて受け止める。


「――てめえら、黙って聞いてれば好き勝手しやがって……。覚悟できてんだろうなあ!?」


「ちょ、ギル君まで……!」


「はっ!! いいねえ、その目! やっとやる気のある奴が出てきたじゃねえか!」

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