第176話 ショータイム

 パンパンパン!


 何かが炸裂する音がした後、ステージにモクモクと煙が立ち昇る。


 それが開始の合図だと皆が気付き、それまでザワザワとしていた客席が一気に静まり返る。


 煙は天高く上りステージを覆い隠すが、その中にうっすらと人影がチラつく。


 煙の中から、唐突に声が響く。


「レディース&ジェントルマン!! ようこそ、我がステージへ! ショータイムだ!」


 ピカッと稲妻のような光が走り、煙がパッと晴れる。


 その狭間から現れたのは、不適に笑うリンデ・アーロイだ。


 シルクハットを取りクルクルと回し、その中からおおよそその中に収容できるとは思えないほどの長さの棒を取り出す。


 その棒は杖の形をしていた。

 リンデはその杖を振り、カラフルな色をした球状のものを観客席へと飛ばす。


 それは何かに触れると弾け、空気中に色とりどりの光の膜を張る。


 子供たちはそれを我先にと手を伸ばし積極的に割る。


 子供たちはその魔術の現象に興味津々で、キャッキャと楽しそうに笑い声を上げる。


 リンデは手に持った杖をクルクルと器用に回す。


 「――さあ、どんどん行くぞ!!」


◇ ◇ ◇


 リンデのショーは、大道芸と言われるだけあって魔術らしからぬ魔術が多分に盛り込まれていた。


 発光の多い雷系統の魔術での視線誘導や、風魔術を応用した物体浮遊、炎魔術を使った火の輪の曲芸。


 さらに闇魔術の幻覚効果を薄く広く使い、目の錯覚を利用しての体の切断を再現したり……。


 そのどれもが、汎用魔術の範囲で賄われていた。

 特異魔術を使っている様子は一切見られない。


 俺は大体のネタ元の魔術が理解できるが、そこら辺の魔術師じゃ実際何が起こっているかすぐには理解できないだろう。

 だからこそ魔術なのか手品なのか境目が理解できず、いまいち魔術師には受けないのかもしれない。


 変幻自在で珍妙な魔術の波は、まさにマジシャンという異名にぴったりだ。

 本人は好き好んで名乗ってはいないみたいだが。


 その、で子供だましと言えるショーは三十分の間続いた。

 

 やっていること自体は別にレベルの低いことじゃないんだが、どうしてもリンデの目線が子供に向いている。


 彼が意図的にやっているとしか思えないが、子供が好きなんだろうか?


 話した感じそんな感じには見えなかったが……あのオースティンへの対抗意識を見る感じ、もっとド派手な魔術や体験談で対抗しようと思えばできそうなものだが……。


 しかし、ショーをやり終えたリンデの顔を見ると、やる前のうだつの上がらない表情とは打って変わってすごい生き生きとした表情を見せていた。


 俺たちがもしかしたらステージに上がらないのではと思っていたのは杞憂だったのではないかと思えるほどに。


 観客席からは子供の歓声が聞こえてくる。


 大人の客たちはどうも達観してみているが(おそらく非魔術師のマジックショーなんかと同等とみているのかもしれない)、子供たちは目を輝かせている。

 

「みな、来てくれてありがとう!! 是非また次の機会に!!」


 客席に向かってリンデが声を張り上げる。


 それに呼応するように、子供たちが歓声を上げる。


「――そして、我が友人たち!」


 そういってチラとこちらに視線を送る。


「今日はありがとう!! また会おう!!」


 リンデはウィンクをし、両手をパンと合わせる。


 すると魔術の反応が走り、一瞬の閃光。


 次の瞬間、カラフルなコートとシルクハットだけをその場に残し、リンデは姿を消した。


 湧き上がる歓声。


 そして幕は閉じられていく。


 自分語りも、いやらしいような魔術を使うような魅せ方もしない。

 ただ純粋に驚いてほしい、魔術を楽しんでほしいという思いが感じられるショーだったと言わざるを得ない。


 これがリンデ・アーロイか……。


 魔術師たちからの人気はそれほどではないようだが、非魔術師には人気があると言われていた理由がやっとわかった気がする。


 それはベルも同様のようで、俺の方を向いてニッコリとほほ笑むと、パチパチと両手を合わせて拍手を送る。


「すごかったね、リンデさん」


「ああ。予想以上にちゃんとしたショーだったな」


「こういう人もいるんだね。私知らなかったから失礼な態度とっちゃったかも……」


「いや、つーか人格事態は非難されても文句は言えねえよあれは……」


 一月前にあった校舎前での出来事を思い出し、俺たちはお互いに苦い顔を見合わせる。


「あはは……ま、まあ確かに急に抱き着いてくる人だしね……忘れてたよ」


 魔術を使ったエンターテインメント。

 大道芸とはよく言ったものだが、それは決して魔術が劣っている訳じゃない。


 汎用魔術の範囲で魔術を応用しながら魅せ方を工夫する。


 素人にとっては一番楽しめるショーに違いない。


 だがこれが他の魔術師にそこまで受けいれられていないとなると、オースティンの方のショーが気になってくるな。


 あまり人気のないリンデと打って変わり、大人気のオースティン。

 

 オースティンの方は、何となくだが想像はつく。


 これ見よがしに見せつける派手なだけの高等魔術と、冒険譚(といっても俺の時代からすれば散歩みたいなもんだが)の語り。


 確かに実用的な分、魔術師にはこちらの方が分があるかもしれない。


 リンデとの差がどんなものかオースティンのショーも多少は興味があるが――。


「オースティンさんのショーもみたいけど、そろそろ見回りに戻らないとだめだね」


 確かに三十分もずっとここにいたんじゃ見回りのが出来てるとは言えないだろう。


「そうだな。ずっと一か所にいたんじゃ、実行委員の奴らにどやされる」


 俺たちは立ち上がり、退場する人の波に紛れると、会場の外に出る。


 とりあえずはリンデのが見れただけでも満足ということにしておこう。

 義理は果たしたしな。


 次もし会うことがあったら感想を伝えてやるか。


◇ ◇ ◇


 俺たちはそれから校内をぶらぶらしながら辺りの警戒を再開した。

 露店で買った飴をベルと一緒に横に並びぺろぺろ舐めながらぶらぶらと歩き目を光らせる。


 学校祭は意外と平和そのものだった。


 みな例年のことで慣れているのか、それほど騒ぎになると言うことは無いらしい。


「結構暇なもんだなあ」


「そうだね。ここまで殆ど喧嘩なんて見なかったし……。さっきの口論も割とすぐ収まったし」


 校内から少し出た所に、食べ物を出す露店が所狭しと並んでいる。

 そこも一応見回り範囲なのだが、とある露店の前で男と店主が言い争いをしていた。


 俺たちはそれに割って入り、なんとか客をなだめて仲裁することに成功した。


 今回は魔術を使うことも騎士を呼ぶ必要もなかったため、不幸中の幸いという訳だ。


 しかし少し気がかりだったのは、その男の態度だ。


 俺たちが来るなりすぐさま態度を豹変し、あっさりと身を引いた。


 なんとも不気味な雰囲気に、店主も毒気を抜かれていた。


 そして去り行く男の首には、魔道人形の魔術体験で何人か見かけた特殊な模様が刻まれていた。


 またあの模様……何かの組織か、あるいは同じパーティのメンバーである印なのか……。今のところなにも悪さはしていないから気にしなくてもいいんだが、どうにも気になってしまう。


 それにしてもあの模様――。


「どこかで見た事あるんだよなあ……」


 どこで見た事があるのかパッと思い出せないあたり、それほど重要じゃないものなのか。それとも、千年前の記憶に眠っているからいまいち浮かびあ上がってこないのだろうか。


 そんな少し考え込む俺の顔を覗き込み、ベルが声を掛ける。


「どうしたの?」


「……いや、悪い、なんでもねえよ」


「そう? 眉間にしわ寄ってたよ?」


 そう言ってベルは自分の眉間をツンツンと指さし、ニコっと笑う。


 その顔に俺は一瞬硬直する。


 ――くそ、可愛いな!

 もうエレナと見間違うようなことがなくなったおかげもあって、改めてベルの可愛さが際立っている。


 よく見れば全然エレナと違う。


 クリっとした眼に少しぷっくりとした頬。

 無性に撫でくりまわしたい衝動に駆られるが、俺はグッと抑える。


 じっと顔を見つめる俺に、ベルはきょとんとした様子で小首をかしげる。


「ギル君?」


「あー……――んなことより、この辺りか?」


 俺は話題をそらす。


「ん? そうだね、アングイスクラスの霊薬の試飲だっけ? ユンフェちゃんに会いに行くんでしょ?」


「来いって言われたからなあ……チラッと見てさっさと他行こうぜ」


「そんな適当だと怒られるんじゃない?」


「改まって会いに行くってなんか恥ずいだろ……」


「そんなもんかなあ。まあ確かにユンフェちゃんはギル君のことが好きみたいだからねえ」


「べ、ベルさん?」


 そう俺に事実を突きつけるベルの表情はどこか刺々しい。 

 じとーっとした目で俺を見る。


 と、ベルが俺の後方を指さす。


「――あ、あれじゃない?」


 そこには看板をもったウェイトレス姿の美女が立っていた。


 看板越しで顔は見えないが、それでもその美人具合が伺える。


 すらっとしたスタイルに、美しい黒髪。

 通り過ぎる客たちが(特に男が)みな振り返る美貌。


 看板には『霊薬の試飲やってます』の文字が。


「まさか……ユンフェ!?」

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