第173話 見回り
俺たちは自分たちのスペースから離れる。
見渡す限りの多くの人たち。
学校の敷地内にこれだけの人がいる光景を改めて見て、俺たちは感嘆の声を上げる。入学試験以来の活気じゃないだろうか。
「す、すごい人だね……」
「そうだな……思ったより多いな随分」
魔術体験の客入りの多さからも多くの人が来ているのはわかっていたが、こう改めて見回すと本当にたくさん人が来ているのがわかる。
明らかに普段ロンドールにいるような連中以外もこの学校に来ている。
ワイワイガヤガヤと喧騒がなり、人混みの中をベルと2人で歩く。
出し物の総数は把握していないが、数はそれほど多くない。
だが、それでもこれだけの人がいるというのは、今日に限り校内への自由な立ち入りが許可されているからだろう。
校舎の方に楽しげに向かう少年たちや、魔術師らしき人と会話する大人たち。
もちろん、入れる場所にも制限はあるが、非魔術師にとってこれだけ学校内部に入れるのは貴重と言っていい。
普段はロンドールのランドマークとして聳え立つ校舎に、すれ違う人々が輝いた目を向けているのがわかる。
「やっぱり、魔術に興味を持つにはいいイベントだよね」
不意にベルがそう口を溢す。
「――そうだな、案外魔術に興味があるって人は多いのかもな」
おれの時代からすれば、魔術とは割と人々の隣にあるような力で、今ほど明確に分かたれたものではなかった。
皆が口を揃えて言う暗黒時代。
それを経ているからこその距離感だとは分かっているが、やはり少し慣れない感覚だ。
「さて、取り敢えず実行本部に行かないとだったか」
「そうだね。本部で警備の交代を報告して腕章を貰わないと」
「腕章なんているのか? 制服を見れば一目瞭然だと思うが……」
「そこはまぁ決まりだからねえ」
そう言って少し俯き気味に笑うベル。
「ふう。さっさと行くか」
◇ ◇ ◇
校舎の本館前にある広場に、簡易に設営された本部がある。
せわしなくロンドールの制服を着た生徒たちが出入りをしている。
俺たちは恐る恐るその中に入る。
「すいません、警備の一年ですけど……」
「ああ、ご苦労様! もう昼だったか……ということは交代かな?」
ハキハキと喋る男は、同じくロンドールの制服を着ている。
襟のバッチは三年を表していた。
「はい、交代できました」
「よしよし、じゃあこれ腕につけてね」
手渡されたのはロンドールの校章がついた腕章だ。
俺とベルはそれに腕を通す。
「いいかい、警備は基本先生たちが定点でやってくれていて、騎士の人たちも来てる。君たちの仕事は動き回りながら騒動が起きていないか確認し、軽微なものならその場で仲裁、大きい問題なら先生または騎士の人に報告することだ」
「仲裁もですか……魔術は使っていいんですか?」
「それは場合によるが、基本許可できないね。相手が非魔術師の可能性が高い以上、そういう手荒な真似はなるべく控えてくれ」
「なかなか難しいこと言ってくれますね……」
非魔術師が暴れてもなんとかできる自信はあるが、魔術師が暴れた場合にそれを魔術なしで鎮圧する自信ねえぞ……。
「ははは、とにかく、魔術が必要なほどの騒動は大人に任せておけと言うことさ。君たちは気楽な見回りだと思ってくれていい。もちろん出し物も好きに回ってくれ」
予想外の軽い感じに俺は肩透かしを受ける。
「そんなんでいいんですか?」
「見回りの魔術師がいるというだけで抑止力になるのさ」
俺はそこで納得する。
そうだ、結局この時代はそれだけ魔術師と非魔術師の間に力の差があるのだ。
俺たちの存在自体が抑止力か……なんとも本末転倒な気もするが、綺麗事ばかりでもやってられねえからな。
ま、よほどの極悪人は容赦なく魔術は使わせてもらうさ。
今回は口うるさいドロシーもいないしな。
「――それじゃ見に行くか、ベル」
「うん。がんばろー!」
◇ ◇ ◇
俺達は取り敢えず会場全体を散策することにした。
どこも賑わっており、俺の当初の予想を大きく上回る。
模擬試合や、魔道具の販売、霊薬の試飲から魔術の歴史の展覧まで、俺が知らないところでいろいろなものが催されていた。
「なんかクラス数の割に出し物多くないか?」
「上級生はクラスの出し物が無い分クラブ活動単位で出し物やってるからじゃないかな?」
「え、そうだったの?」
確かに、よく目を凝らすと客引きをしているのは一年生ではなく二年生や三年生だった。
上級生はパレードの準備中にかかりっきりかと思っていたが、他のこともやっていたのか。
「……つうか、クラブ活動なんてあったんだな……」
「え? 前ホムラさんが最初に説明してくれなかった?」
「う……うーん……してくれたような……」
俺の曖昧な返事にベルも少し苦笑いする。
「あはは、ギル君らしいね」
「ま、まぁいいじゃねえか。ベルはなんか入ってんのか?」
「ううん、私は入ってないよ。ドロシーなんかは熱心にクラブの見学に行ってたけどね」
「へえ、なんか入ったのかあいつ?」
「あそこ」
ベルが指を刺す方を見ると、さっきの魔術の歴史展覧会だ。
本がたくさん並べられ、研究成果のようなものがいくつも張り出されている。
「魔術史研究会だよ」
「ああ……」
なんともドロシーらしいチョイスに俺は妙に納得する。
そういえば入学当初もそういうのに興味あるようなそぶりを見せていた気がする。クラブにまで入るほど好きだったのか。
そんな感じでプラプラと人ごみを歩く。
ざわざわと騒がしくはあるが、今のところ騒動らしきものは見えない。
時折挙動が不審な人はいれど、暴れるとまではいかない。
すると、ベルがぐっと俺の腕を引っ張る。
「どうした?」
「あそこ、ゲスト魔術師のショーステージじゃない?」
そこは、一段ときらびやかなステージで、豪華な幕まで用意された立派なものだった。まるでサーカスの会場だ。
今はショーの待ち時間なのか、客は疎だ。
そこに建てられた看板にスケジュールが書いてある。
「これによると、リンデさん次みたいだね」
「待ってる客がこれだけとは……しかたねえ約束したし見ていくか……」
このままだと見事にスッカスカになりそうだ。
午前もこんな感じだったかと思うといたたまれない。
「そうだね、この感じは……見に行った方がいいかもね……」
ベルも同じ気持ちだったようで、俺達はお互い顔を見合わせて苦笑いを浮かべる。
俺たちは並べられた椅子の間を進み、前方の右寄りに腰を下ろす。
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