第164話 知名度

「ちょ、ギル君、そこまでしなくても大丈夫だよ!」


「え、そうなのか……?」


 害はないと語るベルを信じ、俺は掴んでいた手を離す。


 ただ何があるかわからない。俺は念のためベルを引き寄せる。


 男は少しよろけながら口を尖らせる。


「きょ、凶暴だな!! 今のロンドール生は皆んなこうなのか!?」


 男はフンと鼻を鳴らしパンパンと服についた砂を払う。


 俺は顔を凝視する。


 見たことないよなあ……ローブを着ているあたり特殊な人なんだろうけど……。


「あの、どちら様で……? なんでベルに付き纏ってるですか」


 男は驚愕した表情で俺を見る。


「付き纏ってるとは人聞きの悪い! というか、君も知らないのか俺を!? 本当どうなってるロンドールの学生は!」


 そう言って男は頭を両手で抱え、天を見上げる。


「世代か? 世代のせいだと言ってくれ!! それかたまたま知らない生徒に当たったという可能性も――」


 ブツブツ考え込む男を他所に俺はベルに小声で話しかける。


「お、おいベルまじで誰だよこの人……騒がしすぎるだろ……」


「わ、わかんない……なんか制服を見ていきなり寄ってきて……。というかあの、ちょっとその……」


 頬を赤らめたベルがそう言いながら俺を上目遣いで見つめる。


 どうした――っとそこで俺はベルを抱き寄せていることに気づき慌てて手を離す。


「わっ悪い……」


「いや、あの、助けてくれてありがと……」


 そう言ってベルは目を逸らし軽く俯く。


 うおーなんか急に恥ずかしい!

 つい引き寄せてしまったけど、引かれたか……?


 ――いやいや、それより目の前のこの男だ。


 俺はブンブンと頭を振り、気を取り直す。


 男は悲しそうに地面に両手をつき、ショックを受けている。

 その背中には哀愁が漂っている。


 どうやら自分の知名度に相当自信があったようだ。

 一体どこからその自信が湧いてくるのか……かなり有名人なのか本当は?


 またドロシーに馬鹿にされるタイプの無知か?


「あ、あのー……ベルの知り合いか何かですか?」


 言うと、男はバッとこちらを見る。


 その顔は今にも泣きそうだ。


「ちがぁう! 俺はぁ!! お前達の学校にゲストで行く魔術師だ!! そんなこともわからないのか!? 冗談でしょ!?」


「ゲスト……あ! まさか――」


 ということはこの人が例の。

 確かに、どことなく知的な雰囲気を感じなくもない。


 シルクハットにぼさっと伸びた髪の毛、そして無精ひげ……。

 確かに言われてみればオーラがあるようにも見えなくもない。

 カリスマ性というのか……これが……!


 ならば、この派手な格好も、この時代にローブを着ているのも頷ける。


「おっ? わかっちゃった?」


「あなたが、噂のオースティン・メイアン……!?」


「そうそう、俺がオースティン――――ってちがあああああう!!」


 男は凄い勢いで突っ込んでくる。


「なぜあのバカの名前ばかり!! 俺はリンデ・アーロイ!! 世紀の魔術師だ、何故わからない!? 嘘だと言ってくれえ!」


 凄い形相で近づいてくるその男に、ベルは身体をよじるようにして仰け反らせる。


「あ、あの近い……」


 俺はぐいと男を押し返す。


 男は崩れ落ちるようにしてまた地面に膝を着く。


「くそ……どうせ誰も知らないと思ったんだ……せっかく古巣に帰ってきたのになぜこんな屈辱を味合わないといけないんだ……!! 学校長の爺さんに呼ばれたからわざわざ来てやったというのに……! 招待客だぞ!!」


 リンデ・アーロイ……リンデ……。

 どっかで聞いたような――。


 あ、思い出した。

 

「ゲストで来るとか言ってたマジシャンがそんな名前だったような――」


「だれがマジシャンだ! その異名は辞めろ! ――だが、そう! それ! それが俺! やっとわかってくれたよ……!」


 男は急に元気よく立ち上がると誇らしげに胸を張る。


「おいおい、ベルは見た事あるんじゃねえのかよ」


「いや、私も名前は聞いたことあったけど顔までは……」


「そうだよなあ……くそう……俺の知名度ってそんなもんだよなあ……名前だけだよなあ」


 戻った勢いはどこへやら、また一気にテンションが下がる。

 騒がしい人だな全く……。


「で、それがなんでベルに縋ってたんですか」


「いや、何……。俺の次の仕事先はロンドールだからな。生徒なら知っていて当然だと思ってだな……市場調査というか何というか……」


「――なるほど、盛り上がらなかったらどうしようって不安になって事前に知名度調査しに来たんですか」


 リンデは「バレた!?」っといった表情で後ずさる。


「図星ですか……。一緒に来るオースティン・メイアンは有名みたいですからね……俺は知らなかったですけど――」


「それだよ!」


 オースティンという言葉に反応して、リンデはビシッと俺を指差す。


「オースティン! どいつもこいつもあの野郎にばかり注目しやがって!! 俺だってある程度は名が知れてるんだぞ!! というかそもそもあいつは在学時俺より下だったじゃないか!! どうなってやがる!」


 そう言ってリンデは地団駄を踏む。


「あのペテン野郎に騙される非魔術師の多いこと多いこと! どうなってるんだ最近の教育は!」


「ま、まぁリンデさんも子供とか非魔術師に人気があるらしいじゃないですか。そんな荒れなくても……」


「そりゃそうだ! 非魔術師の方がこの世界には多いんだ、俺くらいは彼らに寄り添いたいじゃないか! それをあのペテン師は崇高なことを言ってる風で結局は自分の冒険を自慢したいだけだ! ああむかつく!」 


「ま、まあまあ……認めてる人もいますよあなたのことを」


「あぁ……子供にまで心配されるようじゃ先が思いやられる……」


 リンデはガックリと肩を落とす。


 めんどくさっ!

 何言ってもダメだな……本当感情の起伏が激しいおじさんだな……。


 だが、俺の知ってる大人たちからすれば逆に人間味があって面白いかも知れない。

 俺の周りは不敵な奴らばかりだ。


「でも名前だけはちゃんと知れ渡ってましたよ。ロンドールでも」


 リンデの目が光る。


「本当か!? 俺が有名人だって!?」


 俺に縋り付く男に、俺は作り笑顔を浮かべながら首肯する。


「……良かった、それが聞きたかったんだ」


 まあ、みんな名前が出た瞬間かなり落胆した様子……というかオースティン・メイアンに比べて圧倒的に人気は無かったがそれは言う必要はないだろう。


 リンデは気を取り直してビシっとローブの襟を正し、シルクハットを抑える。


「うんうん、良かった良かった! ま、非魔術師の観客もいるだろうし何とかなりそうだ。ありがとう君たち! これも何かの縁だ、名前は?」


 俺とベルは顔を見合わせる。

 答えないと後が面倒くさそうだな……。


「あー……ギルフォード・エウラです」


「べ、ベルベット・ロアです……」


 ベルも少し俯き気味に答える。


「ほう!! 英雄の名を持つ少年に原初の血脈、しかもエレナ様の血脈か!! なんとも運命的な出会いじゃないか! 是非とも俺のショーに来てくれたまえよ! ――顔覚えたからな!」


 それは無言の圧力だった。

 いや、顔覚えたからなと言ってる時点で有言の圧力だ。


 こわ……。

 まあオースティン・メイアンにも興味は無いし別にいいけど……。


「まあ、そうですね、時間があれば……なあ?」


「う、うん、行きます行きます」


 ベルも笑顔でうんうんと頷く。


「いい子たちだ、ロンドールの未来は安泰だな。本番は観客で一杯になるだろう!! それじゃあな! お見苦しいところをお見せした! 学校祭で会おう!」


 そう言ってリンデ・アーロイはパチンと指を鳴らすとローブを頭まで被り体全体を覆い隠す。


 次の瞬間、ローブだけを地面に残し、リンデの姿は消えていた。


 取り残された俺たちはポカンとその場に残ったローブを見つめる。


 嵐がさった後のように静かさが訪れる。


「何かすさまじく騒がしい人だったな……大丈夫か?」


「うん……。初めて生で見たけどインパクト本当に凄い人だったね……レン君も将来ああなるのかな」


「ならないとは言い切れねえな……。というかなんか必死過ぎだったな。当日そっぽ向かれないか心配でわざわざ来たのか」


「そう考えると可哀想だね……ちゃんと見に行ってあげようね……その、一緒に」


 俺は何だか照れ臭くなりポリポリと頬を掻く。


「お、おう、暇があったらな……。それにしても最後のは魔術なのか……?」


 軽く魔術の反応は感じたが、そこまで強力なものではなかった。


「どうだろうね。なんて言ってもマジシャンと呼ばれるくらいだからね。きっとタネがあるんだよ――あ、ほら」


 ベルが指を指した先、地面に取り残されたローブをこそこそと拾いに戻るリンデの姿があった。


 リンデはローブを拾うと俺たちには目もくれずさっと消えていく。


「――見なかったことにしておいてやろう」


「うん……」

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