第163話 どういう状況

「とりあえず君にはその分学業に専念してもらいたいからね。彼らの様に余計な情報を流されて本業を疎かにされては困るのさ。学校祭も近いことだし、君はいつも通りの生活を過ごしてくれ」


「……だけど、あの吸血鬼はどうなってるんだ? キャスパー……さすがにあいつは俺も気になる」


 アビスによって死霊魔術ネクロマンシーに掛けられ、アビスの手に落ちた孤高の吸血鬼。


 精神的な弱みを握られ弱体化していたからこそ一度は倒せはしたが、奴が完全にアビスの支配下に置かれるとなると話は変わってくる。


 吸血鬼が人間のコントロール下に落ちるなど、聞いたこともない。

 それこそ千年前でも。


 その原因を間接的にでも作ってしまったのは俺であり、クロだ。 


「安心してくれ。彼は今僕たちの方で追っている。――ただ、吸血鬼たちの方も何やら動きがありそうで、なかなか自由には動けていないがね」


 そうか、クロ達も何か行動を起こそうとしているのか。

 そっちも気になるな……結局落としどころをどこに決めようとしているのか。


 その辺りは一度クロに聞いておく必要があるな。


 クロと別れてから既に大分立っている。話し合いが終わっている可能性が高い。


 その吸血鬼たちの動きを何となくで掴んでいるあたり、サイラスも無能ではないということか。


「だからまあ何かわかったら教える――と言いたいところだが、君には教えない方がいいだろうな」


「はあ!? なんでだよ?」


「カリストまでやって来て巻き込まれるような体質だ、あまり情報を与えない方がいいだろう? 君は少しアビスに関わり過ぎている」


「ぐぬ……」


 サイラスは軽く笑いながらポンポンと頭に触れてくる。

 俺はそれを手で払いのける。


「安心したまえ。すべてが終わり、時が来れば情報もじきに解禁されるだろう。もう国が隠し通せる程小さな事件ではないからね。君みたいな将来有望な学生が無駄に命を懸ける必要はない」


 まあサイラスならそう言うわな。


 サイラスからこれ以上の情報を聞き出すのは無理か……。


 するとサイラスはパンと手を叩く。


「でだ、久しぶりにあったんだ、最近の世間話でもどうだい? カリストじゃロクに話せなかったしね」


 サイラスはニコニコと俺を大通りの方へと誘導する。


「――悪ぃ、俺学校祭の準備があるから。皆待たせてるし」


 そう言って俺はサイラスの横を通り過ぎる。

 嘘は言ってないな、うん。


 サイラスはやれやれと溜息をつく。


「まったく、相変わらずつれないな君は。まあ、僕はそこが君の好きなこと頃でもあるけどね」


 その言葉に一瞬俺は身震いする。


「気持ち悪いこと言うなよ……」


「ははは! まあ、僕はしばらくロンドールの家にいる。何かあったらいつでも戻ってくると良い」


「暇になったらな。それじゃ」


 そうして俺は路地を後にした。



 立て続けにゾディアックの二人にサイラス……。

 胃もたれするぜ。


 だが、どうやら騎士団も一枚岩という訳ではないらしい。


 騎士団本部でも感じた事ではあったが、異形狩りとゾディアックの間でここまで溝があるとは。


 まあゾディアックは別系統で動いていた機関だ、そう簡単に折り合いがつくものでもないか……。


 それにしても、吸血鬼か……。

 キャスパーに関しては本当に油断ならない。

 早急にクロと連絡を取りたいが……こっちから取る手段がないのが痛すぎる。

 どこにいるかもわからないんじゃどうしようもない。無理にでもついていくべきだったか……。


 吸血鬼たちがどう出るかは集会での話し合い次第と言っていたが、サイラスの口ぶり的に動き出していてもおかしくはない。


 ただ、吸血鬼自体も集会に参加していない奴もいるみたいだし、本当にどうなるかわからない状況だ。


 最悪、吸血鬼VS騎士団VSアビスなんつう全面戦争にならなければいいが……。


 吸血鬼の圧勝だろそんなの……。


 ――と言いたいところだが、騎士団にはあの剣聖がいるし、アビスにもまだ未知の魔術師が多い。


 どうなるかわからないな……。


 もしそうなると、エレディンが俺に接触してきそうで面倒だな……やっぱり変に実力を見せるもんじゃなかった。


 それにアビスの仮面の男も気になる。

 ゾディアックも心配していた通り、接触してこないという保証もない。

 カリストで彼は「気が変わったらいつでも待っている」と言っていた。裏を返せば向こうから接触はもうないとも取れるが……。


「ちょ、ちょっとあの……」


 学校へと帰る途中、カラフルで派手なローブを着た男に絡まれる少女。


 その謎の状況に、俺はそれまでの思考を辞める。


 また難儀な……相変わらずロンドールは治安が悪いなあ。


 ……ってちょっと待て待て待て、これ!


「ベル……!」


「あ、ぎ、ギル君、用事は終わったの?」


「いやいやいや、そんなことより、何その状況!? 何か絡まれてるけど!?」


 俺は咄嗟にその男の胸元を掴みベルから引き剥がすとグッと拳を握る。


 すると、男は両手を前に突き出し慌てたように声を出す。


「おいおいおいおいおい、ちょっと待ってくれよお! 君も! まさか君もロンドール生か!? 俺のこと知ってるよなあ!? もちろん!!」


 そう言って今度はその男が俺の方へと絡んでくる。


 ウェーブのかかった長髪に、怪しげな黒のシルクハット。何重にもシャツを纏いその上からカラフルローブを羽織っている。


 浮浪者……?

 どういう状況!?


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