第162話 きな臭い
「
『アビス』が動き出した……いや、と言うよりは騎士団が本腰を入れて動き出したことに対する牽制と見るべきか。
今までは逃げの一手だった彼らが、追われることに対して抵抗するようになった。
「……ありがとうございます。一応気を付けます」
「しっかり伝えたからな。リーダーが……スピカさんがうるさいんだ、あの子に言っておけってな。俺たちはこれから仕事の山だ」
「そういうことっス。なんで、極力警戒は怠らないように。もちろんロンドールにも巡回の騎士は増やしてるっスけど、何が起こるか分からないっスからね。特に、魔神信仰が復活しようとしている今は誰が敵となるか――」
そこまで言ったところでそれをキャンサーが止める。
「そこまで言う必要はない。……とにかく、そういうことだ。寄ってくる分には避けようがないが、自分から寄るようなことはするなよ、ギルフォード君」
そう言ってキャンサーは小脇に抱えた丸い食べ物を一つ差し出してくる。
「食べるか?」
「……いいえ、お腹減ってないんで……」
「そうか」
キャンサーは宙で止まったそれを自分の口へと放り込む。
『アビス』が警戒を強めているか……。
これまで通り隠れて動く訳じゃなくなったんだ、当然と言えば当然か。
何だかあの仮面の男が言っていたことが現実味を帯びてきた気がして、俺は改めてこみ上げてくる怒りを静かに燃やした。
だが、彼らが抵抗するようになった……つまり逆を言えば俺には以前のように接触してこないのではないかとも思う。
彼らにとって俺は排除の対象ではないようだし。
そうなってくると逆にこちらから接触してその真意を確かめたくなってくるが――
「おやおや、うちのギル君に何か用かな?」
静まりかえった防音結界内の空気を、男の声が切り裂く。
防音結界を破った……!?
俺たちはいっせいに声の方を振り返る。
海のような青い髪。
黒と青のローブに身を包んだ、魔術師然とした男。
その飄々とした表情はどこか胡散臭い。
「――サイラス……!? なんでここに……」
キャンサーとサジタリウスがその声に反応し身構える。
「サイラス……? サイラス・グレイス……――異形狩りの
サイラスの身体からは、魔力が迸っている。
何かあれば今すぐにでも攻撃すると言わんばかりに。
「もう若手っていう歳でもないんですがね。そういうあなたは――キャンサー……いや、
ニコリとするサイラスと裏腹に、キャンサーの額がピクリと動く。
「……一介の騎士風情が
それでも、サイラスは笑顔を絶やさない。
「ご冗談を、ただの確認ですよ。そこのギル君は僕が保護者として見ているようなものでしてね」
二人の間に不穏な空気が流れる。
キャンサーは首を少し傾け、睨みつけるようにサイラスを見る。
「誤解もいいところだ。君がギルフォード君の面倒を見ているのは知っている。私が言ってるのはその垂れ流した魔力の方だ」
「なにやら怪しい人たちに連れ込まれていたので気になって来てみた次第ですよ。丸腰じゃあ何ですからね。これでも一応、一介の騎士なもので」
「噂通りの男と言う訳か。…………君にはこんなところで油を売ってないでさっさとキャスパーの居場所を突き止めてほしいものだが」
「それが出来れば苦労はしませんよ。それより、ゾディアックの方々はみんなしてそう高圧的なんですか? これじゃあ僕の部下の士気にも関わる。これから仕事を一緒にしていく仲としてもね」
おいおいおい、やけに険悪なムードだな。
にしても、サイラスのやつ何でこんな敵意むき出しでこんなところに……。
するとサジタリウスが間に入る。
「まあまあ二人とも。今は共にアビスを追う仲間じゃないっスか」
「別に喧嘩をしてるつもりはないさ、サジ。どうやらこの
「彼は学生だからね、無用な情報は与えないでもらいたい」
「無用なものを与えてるつもりはないさ。警戒をしておけと言っていただけだ。それでも不満か?」
「そういうのは僕がやるさ。君たちは少々きな臭過ぎる」
きな臭い――。
サイラスがそれをどういう意味で言ったのかはわからないが、明らかにゾディアックを警戒している様子だ。
すると、キャンサーはふっと笑う。
「それはお互い様だ。異形狩りと言えば聞こえはいいが、所詮ならず者の集団だ。……特に、君の動きを上が把握していないことも多い。そろそろ騎士団に誠意を見せて欲しいものだが?」
「善処しますよ」
二人は依然視線をそらそうとしない。
飄々と、なんでもない風な表情をするサイラスと、値踏みするかのように鋭い眼光を飛ばすキャンサー。
――それからしばらくして、キャンサーが軽くため息をつく。
「若くして地位を得るやつはどいつもこいつも頑固で困る」
「同感です」
二人とも歳はそれほど変わらないのだろう。
やり取り的にはキャンサーの方が少し年上という感じだろうか。
これ以上は余計な手間だと考えたのか、キャンサーはサジタリウスに目配せすると、路地を出ていく。
サイラスとすれ違いざま、お互いの顔をじっと横目に見る。
「――じゃあ我々は一足先に帰ろう。さよならだ、ギルフォード君。くれぐれも気を付けてくれ。君自身も…………君の周りにも、ね」
何か含むところがあるような物言いをして、ゾディアックの二人は姿を消した。
後に残ったサイラスが振り返り、二人が消えたことを確認するとふぅっと溜息をつく。
「余計なお世話だったかな?」
そう言ってサイラスは俺の方に近づいてくる。
「余計なお世話っていうか、何が何だか……。というか何でこんなところに?」
「いやあ何、そろそろ学校祭だろう? 君の様子を見に来たのさ」
「ふーん……余計なお世話だな」
「ははは! 相変わらず無愛想だな。――でだ、よく来るのか、ゾディアックの連中は」
サイラスは真剣な顔で俺の方を見る。
「よくっていうか……あの二人はたまに遭遇するくらいだよ。別に害はないだろ?」
「ふむ……。カリストで彼らのリーダーとも共同で調査をしていたが、彼らは王直属、僕たちとは管轄が違う」
「何が言いたいんだ?」
「だから、彼らは何をしているか不透明でね。あまり信用しない方がいい」
「同じ騎士団の癖にそんなこと言っていいのかよ」
「あはは、君だから言うのさ。いちいち君に吹き込む必要のない情報も入れに来てるんじゃないか?」
「それは……」
確かに、ことあるごとに彼らとは出会う。
アビスと最初にあった時、新人戦、それにカリスト、騎士団本部ではスピカさんか。どれも親身に構ってくれているだけな気もするが……。
間にアビスという問題が横たわっているからこそ、彼らと繋がっているとも言えるが……。
「ま、とにかく注意してくれ。今は本当に何がどう転ぶか分からない」
「むしろ事あるごとに現われるのはあんたな気がするんだけどな、サイラス」
「なに、それは僕が君の身元引受人だからさ。学費を払っているのは誰だと思っているのかな?」
「ぐ……それは……」
サイラスのニコニコ顔が恐ろしい。
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