第160話 依頼
「最近は魔道具も一般家庭に普及してきたんだけどねえ。……ここ最近急に売り上げが少し落ち始めてね。まあガクッとという訳じゃあないが、多少不穏ではある傾向だ」
「そうなんですか?」
サーチェスさんは溜息をつきながら首肯する。
「この間の事件、知っているかい? 港町の」
俺とベルは顔を見合わせ、そっと頷く。
知ってるもなにも、まさに俺が当事者だ。
あれだけ大々的な事件を起こしたんだ、知れ渡っていてもおかしくはない。
現にベルたちも知っていたわけだし。
「あの件以来、なんだか調子が悪くてね……困ったもんだよ全く。『アビス』とかいう連中のせいだとか、騎士団の自演だとかいろいろ言われているが、現にうちの店は多少なりともダメージがあるからね、真相は関係ないが本当どっちにしろ辞めて欲しいよ、まったく」
「大変ですね……」
ベルが神妙な顔つきで呟く。
やはり魔神信仰の広がりが実際にあるのだろうか。その影響か?
無関係とは思えない……。こんなところまで影響が出ているのか。
奴ら、一体何を目指しているんだ……本当にあの時代を繰り返す気なのだろうか。
するとサーチェスさんはパシッの両足を叩き、ふっと笑う。
「暗い話は終わりだ! うちの事を聞いても面白くないだろう? 君たちも何か用があってきたんだろ、どうしたんだい?」
「そうだよギル。何かあったの? その魔道人形壊れているみたいだけど……」
そう言いながらユフィはまじまじと魔道人形を眺める。
するとベルが切り出す。
「あの……実は私達ユフィちゃんの工房なら魔道人形を直してもらえるんじゃないかと思って来たんです」
「ふむ……ちょっと見せて貰えるかな?」
そう言ってサーチェスさんは壊れた魔道人形の箱を覗き込むとバラバラになったそれをまじまじと見つめる。
「ふーむ……見事に壊れてるな……」
「うちの赤髪ポニテ女がすいません……」
「あ、ドロシーちゃんだ!」
「よくわかったな」
「友達だからねー」
ユフィはニコニコとそう口にする。
あれえ、仲悪いんじゃ……もしかしてドロシーが一方的に敵視してるのか?
そうこうしている間にもサーチェスさんはまじまじと魔導人形を眺め、一人納得する。
「――うん、魔力のオーバーフローで連結部分が焼き切れちゃってるね。魔法陣も焦げ付いちゃってる……これじゃあ動かないのも無理ない」
「あのバカ……」
「いやいや、ただの経年劣化だよ。寿命だったのさ。魔力を流したのが要因ではあるけど、その子に非があるわけじゃない」
言ってサーチェスさんは立ち上がると腕を組む。
「直すのはそんなに難しくないね。マリオネットタイプは魔術構造が簡単だから、魔術周りの機構は問題ない。ちょっと面倒なのはばらけた四肢の接続かな、まあこれも正直難しくはないかな」
「じゃあ……!」
ベルの歓喜の声にサーチェスさんは頷く。
「直せるよ、割とすぐにね」
「よかった……!」
「それで、いくらくらいですかね……?」
「そ、そういえば……」
俺はクラスの奴らから預かってきた小袋を覗き込む。そこには硬貨がジャラジャラと入っている。
ロンドール魔術学校の学校祭実行員から、各クラスの学年ごとに一定の費用が配られていた。それを使い出し物の準備をするわけだ。
壊れてしまった場合ももちろん、そこから修理費を出す。
修理で予算を減らすのは少し痛いが、仕方ない。本番で壊れるよりはましと考えよう。
すると、サーチェスさんはユフィを見る。
「ユフィ君、直してみるか?」
「わ、私が!?」
ユフィは自分を指を指し目を見開く。
「あぁ。――もちろん私の指導の下でだが……実際に経験しないと上達しないからね。そろそろ工具磨きも飽きてきた頃だろ?」
ユフィの顔がどんどん明るくなっていくのが分かる。
大きく息を吸い、ニコっと笑顔を浮かべる。
「やらせてください!」
「いや、あの口挟むつもりはないですけど……ユフィに出来るのか?」
「出来るよ! 私を舐めて貰っちゃ困るな!」
「もちろん僕がちゃんと見るからね、出来は保証するよ」
ユフィの修理か……まあサーチェスさんがついているなら大丈夫か。
「それで値段は……」
「――今回は無料でやらせてもらおう」
「「無料!?」」
俺とベルの声がはもる。
「な、え、いいんですか!? ついさっきふ不穏なこと言ってませんでしたっけ……」
サーチェスさんは頷く。
「いやいや、気にすることはない。魔道鎧を止めて貰っただけでも十分な対価を貰っているさ。それに、ユフィ君の訓練にもなる。特別費用が掛かるような作業でもないからね。週末には直っているはずだよ」
「ありがとうございます……! やったなベル」
「うん、どうなることかと思ったよ……私のせいでもあるしね」
「いやまああれは俺がそそのかしたせいでもあるから……。――ユフィ大丈夫か?」
「任せてって! 完璧に修理してみせるから! こんなチャンス貰えるなんて……ありがとう、ギル!」
ユフィの顔は今にもはちきれそうな程明るい。
ユフィもあの頃のやんちゃなだけの女の子じゃないか。
魔導人形を壊して持ってきたのに感謝されるのはなんとも複雑な気分だが……。
俺はユフィに向けて拳を突き出す。
「じゃあ任せたぜ、完璧に直してくれよな」
「おっけー!」
ユフィはグッと俺の拳に拳をつき合わせる。
◇ ◇ ◇
修理が終わり次第ユフィから連絡がくることになった。
俺たちは壊れた魔道人形を預け、帰路につく。
「いい人でよかったね、サーチェスさんもユフィちゃんも」
そう言いながらベルは俺の横を歩く。
「そうだなあ、金が浮いたのは助かる。これでなんか食べてくか?」
「それは駄目だよさすがに!」
「じょ、冗談だよ。さっさと帰ってやろうぜ、みんな待ってるだろ」
「そうだね、残りの魔道人形がちゃんと動いたかも気になるし」
――とその時、視界の済みに見慣れた男達が立っているのに気づく。
その男達は俺の方を見ると、首をくいっと動かし、路地へと誘う。
……ゾディアックの二人だ。
「あーベル、先帰っててもらっていいか?」
「ん? いいけど……どうかした?」
「悪い、ちょっと用事! また後でな!」
「え、ギル君!?」
俺はベルに「大丈夫だから」と念押しして強引に別れると、ゾディアックの二人が入っていった路地へと向かう。
何だ一体……。
あの2人……というよりゾディアックが来るとろくなことがない。
変な話じゃなきゃいいが。
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