第159話 魔道鎧

 俺は魔道人形の入った箱を地面に下ろすと構える。


「はああ!」


 俺に先んじて、隣から魔力反応。

 地面に黄色く特異魔法陣が浮かび上がり、ベルの光輝く鎖が、上空に舞う。


「動きを止めるなら私に任せて!」


 ベルの鎖は鮮やかな弧を描き、鞭のようにしなりながら鎧の左足にぐるぐると巻き付くと、地面に固定する。


 しかし、鎧の出力はかなり高いようで、縛り付けられた足を気にも止めず、更に前へ進もうとする。


 縛り付けられた鎖と鎧がギシギシと軋みをあげている。


「くっ……かなりの出力……!」


「いたたた!! べ、ベルちゃん痛いかもそれ……!!」


 鎧の中からくぐもったユフィの声が聞こえる。

 鎧はユフィの意識とは関係なく動いているため、ユフィの足が完全に犠牲になっている形だ。


「ご、ごめんなさい! でもこのままだと街に被害が……!」


 中にユフィが入っているという事もあり、ベルの鎖に手心が加えられている。

 さすがに全力で縛り付ける訳にはいかねえか……。


 くそ、どうする……汎用魔術をぶっ放して止めてもいいけどそれだと中のユフィまでケガさせちまう。


 せっかくロンドールまで来たってのに早速怪我するのは可哀想すぎる……!

 

 ――仕方ない、やっぱこれしかねえか。


 さすがの俺も、既にこの時代には慣れ親しんできた。もう特異魔術を人前で使うことに躊躇はない。


 俺は頭を抱える工房のおじさんに向かって声を張り上げる。


「おじさん、鎧壊していいか!?」


「おぉ!?」


 おじさんは一瞬渋い顔をするが、すぐさま切り替える。


「し、仕方ない、好きにしてくれ! このままにする方が街にもユフィ君的にもまずい!」


「よし! ベル、防御は任せた!」


「うん、わかった!」


 俺は一気に地面を蹴る。


 正面で足を縛られながらも、まるで叫び声を上げるかのように唸りブンブンと両腕を振るう鎧。


 二発、三発と鎧のパンチを避け、ユフィの直前で急ブレーキを掛ける。

 すると、鎧をまとったユフィのパンチが俺の顔面を捉え、まっすぐと飛んでくる。


「あああああごめんギルうううう!! 腕が勝手に!!!」


 それを俺たちの真横に生成されたベルの鎖が強引に絡め取り、軌道をそらす。


「うぎいぃ!」


 腕を強引に横に引っ張られたユフィが悲痛な声を上げる。


「ご、ごめん、ユフィちゃん!!」


 光鎖で軌道をそらされた鎧のパンチがブン! っと轟音立てながら、俺の顔の横を通り抜ける。


 俺はそのまま鎧の懐に入り、無防備の本体に触れる。


「悪いな、ぶっ壊すぞ!」


 俺の手と鎧の間に特異魔法陣が浮かび上がり、バチバチっと魔力の反応が弾ける。


「あっ――!」


 刹那、バリン! っと音が響く。


 威力を調節して、鎧だけを"破壊"する!


 ひび割れるように衝撃が鎧の表面を走り、次いで鎧が殻を割るように粉々に砕け散る。


 それを見て、店主らしきおじさんが唖然とした顔をする。


「なんと…………破壊の魔術……!」


 その仰々しい鎧の中から、金色の髪がふぁさっとたなびき、可愛らしい少女が飛び出してくる。


「うわっととと!!」


 勢い余り、ユフィは俺の方に倒れこむ。


「うおっ! 大丈夫か!?」


 俺の腕の中に飛び込んできたユフィを抱きしめる形で、俺はユフィを受け止める。


「はあ、はあ、はあ……」


 汗ばんだ肌と、上がった息。


 少し潤んだ瞳と目が合う。


 飛び出してきたユフィの恰好はまさに職人という感じだった。

 動きやすいノースリーブのシャツに、腰から下はおじさんと同じ作業着を袖を腰に巻く形で着ている。


 ユフィは少し恥ずかしそうに笑う。


「ご、ごめん、私は大丈夫、あはは」


 ユフィは俺の両腕を掴んだまま、足をブンブンと振り、残った鎧の欠片振り払うと、そっと俺の元から離れる。


 そこにベルも駆け寄ってくる。


「ごめんね、ユフィちゃん、強引に足止めさせちゃって……」


 ベルが少し悲しい色を帯びた声で言う。


「ううん、止めてくれてありがとうね。もう少しで暴走して街で暴れるところだったよ」


 ユフィは大きく深呼吸する。

 胸に手を置き、落ち着きを取り戻す。


 大分魔力を吸われて疲労がなかなかあるようだ。


「おっとっと……」


 ふらつき倒れそうになるユフィの腕をもう一度支える。


 すると、何かに気付いたかのように急に眼を見開く。


「ありがと――ってあれ、ちょっと待って、というかギル!? どうしたの、何しに来たの!?」


 さっきまでパニックで夢うつつだったのか、落ち着いて俺を見直したユフィが大声を上げる。


「遅いな反応が……。ちょっと用があってな」


 そう言い、俺は後ろに置いた魔道人形を指さす。


「あれ、直せるか?」


「あれ? ――魔道……人形……?」


◇ ◇ ◇


「いやあ、助かったよ」


 そう言って、作業着を着て、ゴーグルを装着した長身のおじさんは俺とベルに飲み物を差し出す。


 木箱の上に座り、俺達はそれを受け取る。


「ほんっっとありがとう! どうなるかと思ったよ……」


 ユフィは心底ほっとした様子で胸を撫でおろす。


 工房内は蒸し暑く、奥の方では窯に向かって弟子と思われる人たちが一心不乱に金槌を振っている。


 ここだけまだ真夏のようだ。


「いや……元気にやってるかと思ったけど予想以上に元気だったな」


「お、お恥ずかしい……あっ、こちらはこの工房の主で師匠のサーチェスさん」


 隣に立つ作業着の男はバッと手を上げる。


「君がユフィ君の幼馴染か。話はよく聞いてるよ」


「ちょっとサーチェスさん!!」


「あはは、悪い悪い。――だが本当に助かったよ、もう少しでこの工房の名に傷がつくところだった」


 そう言ってサーチェスさんは深々と頭を下げ、俺達と固く握手を交わす。


「そんな私たちは大層なことはしてないですよ、ねえ?」


「ああ、幼馴染の尻ぬぐいは慣れてますから」


「うっ……」


 ユフィは目を細めて胸を抑える。


「出鼻挫かれた感じ……かっこ悪いー……」


「ははは、幼馴染みなんて羨ましい関係じゃないか。ユフィ君も筋はいいんだがまだまだ大雑把でね」


「でしょうね」


 ユフィは軽く頭を抱え苦笑いする。


「――とは言え、今回はユフィ君だけの責任じゃないんだけどね」


「あれは何だったんですか?」


「あれは魔道具の一種でね、私は"魔道鎧"と呼んでる」


「魔道鎧……」


 なんつう仰々しい名前だ。

 だが、あの様子を思い出せば何となくどういう物かは想像がつく。


「使用者の魔力を鎧内の魔法陣を通して吸収し、その力を何倍にもするパワードスーツ……となる予定だったんだが、まあそう上手くはいかないって訳で工房の奥に眠らせていたんだがね」


 するとその話を聞いていたユフィがふーんとあらぬ方向を見る。


「さては……お前が私なら操れるとかいって勝手に着たのか」


「さすが幼馴染だ。まさにその通り。確かに魔術師としての素質があるようで正常に動きはしたんだけど……結果はあのざまさ。結局今の魔道具技術ではあれだけ繊細な動きを可能にすることは出来なかったという訳だ」


 そう言いながらサーチェスさんは鎧の残骸を名残惜しそうに見つめる。


「我々はあくまで技師側の人間だからね。魔法陣や魔術の仕組みにはあまり明るくない」


「それなら魔術師の力を借りては?」


 しかし、サーチェスさんはかぶりを振る。


「魔術師という人種は排他的……いや、閉鎖的と言うのかな。その家が積み上げた研究をむざむざ魔術の素人になんか教えようとはしないのさ――っと、君たちも魔術師だったね、すまない」


「ああ、それはいいんですけど……」


 確かにこの人の言う通りか。

 汎用魔術程度ならいざ知らず、特殊なものを魔道具に落とし込めるためには専門的な知識が必要になってくる。


 それこそ、グリムが使っていた魔道具――コールブランドも、リオル家が代々協力関係を結んできたお抱えの魔道具技師が作っているんだろう。


 店内を見る限り、ここはそこまで複雑なものを請け負っている風ではない。

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