第156話 物置

「オースティン・メイアンねえ……」


 俺は寮のベッドに横になりながら、ホムラさんから貰った本『悠久の魔術師』をパラパラとめくる。


 しっかりとした装丁の本。

 かなり高いだろうけれど……ホムラさんの金銭感覚が心配になってくるな、こんなものをお土産にポンと買ってきてくれるとは。


「なになに――はじめに『私はオースティン・メイアン。本書は魔術を愛する全ての人々、そして魔術を極めんとする同胞たちに向け、私の活動の一端を赤裸々に記したものである。もちろん、魔術を知らない人々にとっても、物語のような奇想天外な実話を楽しんでいただける事だろう。魔術師にとっては日常である、このささやかな冒険譚を――』……」


 俺は思わずその出だしに少し面食らう。


 なんだこの魔術師代表みたいな言い草は!

 非魔術師の中でも結構名前が浸透している人物ということなんだろうか。


 というかこっちが恥ずかしくなってくる出だしだな。


 その恥ずかしさが逆に何となく内容に興味が湧き、俺は次のページ、目次を開く。


「『原初の血脈と魔術の歴史』、『魔神と魔術』……『暗黒時代においての魔術の扱い』……なんだこれ、歴史書か?」


 思っていたのと違う堅苦しい章がずらっと並ぶ。

 そして隣のページ。


 そこからは彼の体験談が並んでいた。


「『遭遇:北方の魔獣の群れ』、『時代に取り残された街』、『旅の心得』、『これからの魔術師のあり方』、『原点回帰』、『悠久の魔術師』……」


 序盤の章で魔術師の歴史を、中盤以降の章でそれを踏まえて自分の功績を発表するといった趣旨の本のようだ。


「ふむ、なるほど」


 俺の頭に浮かんだのは一つの言葉だった。


「興味湧かねえ……」


 とても素晴らしい大冒険してきたようだが、いまいちインパクトにかける目次たち。

 俺からすれば珍しくもなんともない。


 まあ逆に今の時代ではそれが受けているのかもしれない。

 正直こんな冒険をする魔術師も多くはないだろう。


 今は魔術師が職にあぶれるようなこともなさそうだし、自ら進んで孤独に研究する者はいれど、旅をするという魔術師は珍しいのかもしれない。


 『時代に取り残された街』は恐らく北にあるリンドガルのことだろうな。

 魔神との闘いに最も近かった街だ。

 その爪痕が残っていることから時代に取り残されたと言っているんだろう。


 更にパラパラとめくると、つらつらと彼の冒険譚が書き連ねられている。


 思った通り、誰と会っただの何と戦っただの、街はどうだ飯はどうだ、宿屋はどうだ……。


 全く興味がそそられる内容ではない。

 これは魔術書ではなく完全に自伝だ。


 旅をして本を売って、講演会をしてまた旅をして……か。

 確かベルが言ってたっけ、こいつは魔術を大衆のために使うとかなんとか……そう考えれば一貫してはいるのか。

 自分で体験した魔術の世界を非魔術師に還元して生活している。


 一般人に最も近い有名魔術師、と言う訳か。


 何気なく背表紙を見る。

 驚いたことに、この背表紙にはご丁寧に1と番号が振られていた。

 どうやらこれは第一巻らしい。


 彼の心意気はかおう。

 その心意気や良し。

 

 俺はぱたんと本を閉じる。


 そしてポイっとサイドテーブルに本を投げ捨てると、明りを消す。


 ――読まなくていいや……寝よう。



 翌日の放課後からはロンドールは忙しかった。

 普段はのんびりと寮にいるウルラクラスの上級生達は外に出てパレードの練習を始めている。


 汎用魔術を使い、色とりどりの光を出す。

 魔道具を使った輝く像を動かし、それに乗りながら様々な魔術を披露して見せる。


 まだ練習段階にもかかわらず、既に非魔術師達が目を輝かせる光景が目に浮かぶ。


 それだけに、練習にも熱が入る。


「はいはい! そこ! 魔術の発動が遅れてるわよ! 拡散がずれて形が円形じゃなくなってるじゃない!」


 そう声を張るのはホムラさんだ。

 クラス長としてウルラの上級生たちを束ね、前の方で指示を出している。


 まだ中庭で張りぼてのステージで練習しているのだが、その熱の入りようはすさまじい。


 そんな中、俺達ウルラクラス1年が任されたのは非魔術師向けの魔術体験コーナーだった。


 その体験コーナーでは単純な動きをする魔道人形を相手に、魔術の素養がある人には詠唱や魔法陣の、無い人には魔道具での体験が出来るようになる予定だ。


 例年主に若い子たち中心に盛り上がるコーナーのようで、その重要性はパレードまでとはいかずとも大きい。


「言われた通り、ちょっと魔道人形を持ってくるか」


「あ、私も付いてくよ」


 ミサキは立ち上がると、前を進む俺についてくる。


「確か演習場の物置にしまわれてるんだったか」


「そう言ってたね。でも学校祭かあ楽しみだな」


 ミサキはルンルンで俺の横を歩く。


「――楽しそうだな、ミサキ」


 するとミサキはニコっと笑みを浮かべて俺の方を見る。


「そりゃもう! ロンドール自体が用意する催しものの規模は生徒数からして多くは無いけど、それに助力するようにロンドールの街全体が飾り付けたり、セールを始めたり、浮足立ってるでしょ?」


 確かに、ロンドールの街全体がふわふわとした空気に包まれてる。


 きっと街全体での祭りみたいなものなのだろう。


 準備期間も含めて開催までは後一か月程度だが、既に浮足立っているのは俺にも感じられた。


「……むかーしにね、家族で来たことが有ったんだ。その時だけは皆楽しそうにしてて、気分が良かったのか私にも優しくしてくれて……露店で売ってた飴細工を買ってくれたの覚えてるよ」


 そういってミサキは目を細める。

 ミサキにとって家族との楽しかった思い出の一つ……か。


 結構思い入れのあるイベントなのだろう。


「そっか……今年も売ってるといいな、飴細工」


「うん! もし売ってたらギル君、私に買ってね」


「はあ!? 俺が!?」


「そうだよー、誰かから買ってもらうってのがいいんじゃない」


 そういってミサキは心の底からニッコリと笑う。

 少なくとも俺にはそう見えた。


「私も買ってあげるから、交換ね」


「あんま意味ない気がするけど。……まあいいか、売ってたらな」


 言うと、ミサキは嬉しそうに小さくジャンプする。

 それが無邪気な子供のように見えて何だか俺まで嬉しくなった。



「ここか、物置は」


 俺はホムラさんから預かった鍵を使って錠を開けると、ドアを開け中に入る。


 瞬間、ミサキが短く悲鳴を上げる。


「ひっ!!」


 ミサキはガッと俺の肩を掴み、俺の後ろに隠れる。


「何か居るううう!」


「わっ! おいおい、ただの魔道人形だって」


 そこには入試のときに見た魔道人形が大量に横たわっていた。


「――わ、わかってるよ!」


 ミサキはおっかなそうにしながらツンツンと魔道人形に触れる。

 無機質なそれは微動だにしないでただじっと天井を見つめている。


 少し見開いた目でミサキは息を大きく吸うと、唾を飲み込む。


「びっくりさせないでよまったく……恥かいたでしょ……」


「ははは、意外いびびりか?」


「そんなことないよ! 今のは不意打ち! ……皆んなに言わないでよ?」


「…………」


「言わないでってば!」

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