第157話 調子に乗り過ぎた

 奥には他にも木剣や木人、魔術の的や何に使うのか甲冑までいろいろなものが押し込まれていた。


 その中をかき分け、去年使ったと言っていた魔道人形を探す。


「おーい、ミサキ、あったか?」


 すると、ツンツンと俺の肩に触れる何かの感触を感じ振り返る。


「ばあ」


「――――ッ!!」


 目の前に突如現れた魔獣の顔。

 獅子のような顔をした、毛におおわれたそれを見た瞬間、俺は咄嗟に魔術を発動しようと手をかざす。


 魔獣―――かと思いきや、よく見るとその顔に生気は感じられない。


 すると、クスクスっと笑い声が魔獣の顔の奥から聞こえてくる。

 魔獣の顔がピクピクと揺れる。


「あははは! びっくりした?」


 その顔がさっと横にどけられると、そこに立っていたのはミサキだった。


 俺は大きく息を吐きだす。


「――おいおい、冗談でもそれは辞めてくれよ……」


 殺すところだったぞまじで……。

 千年前なら躊躇なく魔術を放っていた自信がある。


「なんか私だけびっくりするってずるいから脅かそうと思って。ね、驚いた?」


 ミサキがキラキラした目で俺を見てくる。


 その純粋な期待に満ちた目に真っすぐに見つめられ、俺は思わず視線を逸らす。


「ま、まぁ……多少な。お前が殻を破って元気そうで嬉しいよ全く……。……いいから片付けて来いよ」


「はーい」


 ミサキは満足げに笑みを浮かべながら、タタっと被り物をしまいにいく。


「ったく、どこから見つけてきたんだか……」


 と、ミサキが立ち去った丁度奥側に、探していた魔道人形を見つける。

 顔に二本線の入った黄色い魔道人形。

 ホムラさんの言っていた特徴と一致している。


 それらはラックに並んで三体整列していた。


「おいあったぞミサキ」


「本当?」


 被り物を仕舞に言ったミサキが小走りに戻ってくると魔道人形を覗き込む。


「……――本当だ。これ持っていけばいいんだよね?」


 1年間放置された簡易の魔道人形。

 埃を被り、薄暗い物置の中にひっそりと佇んでいる。


「そのはずだ。――さっさと持っていくか」


「うーん、でもこんなに一気に持てるかな」


 俺は魔道人形が並べられたラックの下に視線をやる。


「滑車が付いてるみたいだから大丈夫だろ。そっち押してくれ」


「うん、了解」


 ミサキに後方を押してもらい、俺は前方を引っ張る形でラックを動かす。


 そうして、俺とミサキは狭い物置から四苦八苦しながらなんとか魔道人形を運び出し、久しぶりに陽の光を浴びせる。


 明るいところで見ると、その傷み具合はよりはっきりとわかる。

 この魔道人形に歴史があることが見て取れる。


「さ、戻ろうか」



「お待たせ~」


 ミサキと二人で魔道人形の乗ったラックを押し、クラスの皆の元へと戻る。


「おーご苦労だったな~」


 舞い上がる埃に顔をしかめ、ドロシーはケホケホと軽くせき込む。


「うっわ、凄い埃っぽいわね……」


「一年も使われてなかったらこんなもんだよきっと」


「結構ちゃっちいな……大丈夫か?」


 みんな魔道人形に触れながら思い思いの感想を述べる。


 その中で一人ロキだけはつまらなそうな顔で腕を組んでこちらを見つめる。


「どうした、つまんねえか?」


 俺は何となく声を掛ける。


「……俺は魔術の修行がしたいだけだ。こんなことしてる時間は無い」


 ツンツンした様子でロキは俺たちを眺めていた。


「そうは言っても学校行事だからなあ。魔道人形を動かした経験はあるか?」


 ロキはめんどくさそうに溜息をつきながら首を振る。


「なら、その修行みたいなもんだって。見本見せて貰おうぜ、ドロシーに」


「えっ、私!?」


 思ってもみなかったと言う顔でドロシーが振り返る。


「得意だろ、そういうの動かすの」


「ま、まあ得意な部類に入るけど……」


 魔道人形はその用途によって作り方が違う。

 大抵は安い木製の魔道人形で、表面に申し訳程度の防火の魔術が掛けられている。


 訓練用になってくると、防火以外の防護魔術も掛かり、汎用魔術を使えるように仕込まれている物もある。


 その仕組みは至ってシンプルで、四肢や頭、胴体の内側に挙動を書き込んだ魔法陣が記されており、そこに魔力を流し込み魔術師が操る。


 一部の界隈では『マリオネット』と呼ばれる種類だ。


 試験で使われていたのはもっと高性能の自立型の魔道人形(こっちはオートマトンと言う)だったが、祭りで使うのはあくまで安価な最低限の挙動だけをするマリオネットタイプのようだ。


 こういうのには魔力を根気強く流し続けられる持久力と、上手くバランスを合わせてコントロールできる器用さが必要になる。


 その点ゴーレムマスターとしてゴーレムの扱いに長けているドロシーはこの中で一番の適任と言える。


「じゃ、やって見せてくれよ。ロキ、戦ってみろよ」


「ふん……こんなのと戦ってどうなるってんだ。俺は見てる」


「つれねえなあ。じゃあベルやってみるか?」


「え、私?」


 ベルは戸惑ったように俺を見る。


「上等じゃない、ベル、勝負よ!」


 そう言ってドロシーはやる気満々で魔道人形に手を触れる。


 魔力が流れ込んでいき、目がピカッと黄色く光る。

 魔法陣に魔力が流れ込んだんだ。


 魔道人形は魔道具の一種だ。

 魔力さえあれば、誰でも使うことが出来る。


 ゆらりと動き出した魔道人形は、ドロシーの前に立ちはだかる形で両手を下に下げ構える。


「面白そうじゃねえの! いいねえ!」


 やる気満々のドロシーを見て、ベルのやる気も上がってくる。


「ふふふ、じゃあいくよ、ドロシー!」


「ここでベルに勝ってやるんだから! 直接対決じゃ負けても、魔道人形ならいける気がする!」


 こうして魔道人形VSベルの戦いが始まった。


 俺たちは両者を応援しながらワイワイと騒ぎ、大いに盛り上がる。


 意外と善戦するドロシーの魔道人形だったが、ベルは的確に鎖で動きを封じていく。


 さすがに魔道人形相手という事もありベルも手加減はしているみたいだったが、やりにくそうなのは本当のようだった。


 しかし、所詮汎用魔術も打てない安価な魔道人形だ。

 ドロシーの操縦の癖が分かればあっという間にベルのペースに引きずり込める。


 それでも上手くベルの鎖を避けていたが、徐々にタイミングを合わせられる。


「やるじゃない、ベル……!」


「ドロシーの操作もなかなかうまいね……! でもこれで……!」


 瞬間、ベルの鎖が魔道人形を腕ごとぐるぐるに巻き付く。


 これ以上身動きが取れなくなった魔道人形は、ギシギシと軋みを上げる。


「くぅうううう……!! 動けえええ!!」


 一気にドロシーの魔力が流れ込み、魔道人形が激しく痙攣をおこす。

 しかし、鎖を壊すことは出来ず、魔道人形はぐったりと力なく項垂れると、煙を出しながらその動きを停止した。


「あはは、流石に安価な魔道人形じゃ勝負にならねえか」


 ドロシーは悔しそうにギリギリと歯を食いしばる。


「くううう!! そりゃそうでしょ! 勢いで乗っちゃったけど無理に決まってるわよ! ベルも少しは手を抜いてよ!」


「ちょっと抜いてた……けど」


 その言葉に、ドロシーは大きくため息を付く。


「ま、余興にはなったんじゃねえの? 楽しかったぜ俺は。これを非魔術師が楽しむってんだ、そりゃ楽しいだろうな~俺には動かせそうにねえぜ」


「レン君には無理そうだね」


「お、ミサキ、言うようになったねえ~俺と勝負するか?」


「あはは、冗談よ冗談」


 楽し気にするクラスメイトたちに、俺も久しぶりに平和というものを感じる。


 俺はもう一度ロキにアプローチしてみる。


「ロキも動かしてみるか?」


「興味ない」


「さいですか……じゃあ俺がちょっと動かしてみようかな」


 俺はドロシーと場所を入れ替わるようにして魔道人形の背後に立つと、その背中に手を触れる。


 魔力を練って、流しんこでっと……。


 ――ん?


 しかし、全く反応がない。


「あれ? おかしいな」


 何度流し込んでも、ぴくりともしない。

 加減しすぎてるのか?


「あらあら、ギルフォード君。才能がないんじゃなくって?」


 ドロシーが物凄い憎たらしい顔で俺を見下してくる。


「うるせえな! ちょっと待ってろ今なあ……」


 ――と次の瞬間、ぽろっと魔道人形の右腕が落ちる。


「「「!?」」」


 そして次々と崩壊していき、完璧にバラバラになって地面に散らばる。

 その魔道人形の首がごろんと俺の足元に転がり、「何してくれるん?」と言った様子で、虚ろな瞳で俺を見つめる。


「俺!? 俺なのか!?」

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