第155話 学校祭って
「学校祭とか懐かしいわね」
ドロシーが食堂にてスープを口に運びながら、感慨深そうに口にする。
「そうだね。一緒に見に行ったことあったっけ」
「そうそう! 二人で抜け出してね……思えばあれが魔術を志すきっかけだったかもね。それまでは親に言われてって感じだったけど、初めて自分から魔術に興味を持った気がするわ」
そう言ってドロシーは遠い日の思い出に想いをはせる。
「なんだ、やっぱ有名なイベントなのか?」
俺の言葉に、いつものドロシーの呆れ顔が炸裂する。
ジトーっとした目で俺を見ると、大きなため息が漏れる。
「――毎度毎度突っ込むのは私が疲れるわね……」
「わ、悪かったな……」
「おいおい~さすがに俺も知ってるぜギル。学校祭といやあ一大イベントじゃねえか」
「レンも知ってるとは……どうやら一般教養らしい」
「んだよその基準はよお!」
レンがぐいぐいと俺の肩を押す。
「すごいんだよー、特にすごいのはパレードだね。私も夢中になって見たなあ」
ミサキは指を小気味よく振りながら、楽しそうに語る。
「今思えば使ってる魔術は簡単な汎用魔術と魔道具なんだけどね、それが綺麗に見えて見えて……。私達って戦うための魔術を学ぶことが多いから、新鮮だったなあ」
ミサキが言うと心にくるものがあるな。
「ミサキも知ってるとなると、どうやら知らんのは本当に俺だけらしい」
「今年は主催する側なんだから、しっかりしてよねまったく」
ドロシーは指を俺に向け、何度もビシビシと振る。
俺は余りの圧に少し体を仰け反らせる。
「……それにまさか、オースティン・メイアンが来るなんてね! やるだけじゃなくて見る方でも今年は楽しめるわよ。あんたはせっかくホムラさんから貰った本をちゃんと読んでおくのよ! うらやましい!」
でた、オースティン・メイアン。
その家名は聞いたことないあたり、所謂原初の血脈ではないんだろうが……。
「なんだおいおい、ミーハーか? そんなすごい奴なのかよ」
「ミーハーとかじゃないの! 有名魔術師なの! ホムラさんから貰った本読んだらわかるから、しっかり予習しておきなさい」
ドロシーは少し羨ましそうにしながら、ギリギリと苦い顔をする。
「そうだよ、せっかく貰ったんだから予習することにこしたことないよ! こんなチャンスは滅多にないんだから」
珍しくベルもドロシーと一緒に目を輝かせている。
「ドロシーはいいとして……ベルも興味あるとは驚きだよ。そういうのとは縁遠いかと」
ベルはブンブンと両手を振る。
「あ、ううん、ドロシーとはちょっと違うかな……」
「何よベルまで! 私がミーハーみたいじゃない!」
「あはは……。私は純粋に本が好きなだけというか。本人に興味はないって言ったら失礼だけど……」
「なるほどねえ……」
よくわからんが、オースティン・メイアンとやらは人心を掌握するすべがあるらしい。
俺の時代で言えばウガンが出していた魔術書とかに近い……のか?
いや、でもあの盛り上がりからすればヤングとかの方が近いのかもなあ。
とりあえず本を読んでみるか。
「ま、俺は興味はねえけどよ。どっちかというとマジシャンとかいう方が気になるぜ」
レンは話の流れを切るようにそう呟く。
それにミサキが反応する。
「大道芸の人だね! 確かに子供たちは大喜びだろうなあ。私もそっちの方が楽しみかも」
「そうそう、まさに俺の目指す魔術師、目立ってナンボを地で行く存在なわけだろ? 大道芸を目指す気はないが、どういった魔術を使うのかだけは気になるぜ~」
「確かに、あんたはオースティン・メイアンっていうより、リンデ・アーロイって感じよね。胡散臭いところとか」
ドロシーがニィっと悪そうな笑みを浮かべる。
「おいおい、言ってくれるじゃねえの、ドロシー」
二人の視線がバチバチとぶつかり合う。
それをまあまあとミサキが宥める。
「今年は私たちが主催側なんだから楽しませられるようにがんばろうよ!」
「あら、ミサキが委員長力を発揮するなんて久しぶりね」
ドロシーが少しにやけた顔でミサキを見る。
「あはは、根はあまり変らないってことかな。ロキ君も楽しめるといいけど」
「あいつは……どうだろうなあ」
正直、楽しそうに目を輝かせてパレードを眺めるロキを想像はできないな。
それでも、多少はロキも初めに比べれば話に入ってくるようになったと実感する。
それなりに慣れてきたってことかな。
今はいないが、明らかに新人戦以降は俺達との距離も詰まってきている。
この調子で行けばもう少しは仲良くなれそうだ。
夕食後、俺は見事にホムラさんにつかまり、学校祭について詳しく説明される。
「いい? 学校祭っていっても別に私たちが特別何かを新しくするってわけじゃないのよ」
「え、違うんですか?」
俺はてっきり何か出し物をさせられるものとばかり思っていたが、違うのだろうか。
「厳密には違う訳じゃないんだけど、ある程度型が決まってるのよ。パレードとか、模擬試合とか、魔導人形の体験コーナーとかね」
「それってただの祭りなんじゃ……」
ホムラさんは笑う。
「あはは、ただの祭りだからいいんじゃない。魔術師は基本神秘的な存在でしょ? それが間近で一般の人も見ることが出来る……素晴らしい催し物だと思うのよ。そう思わない?」
確かに、この時代であればそうなのだろう。
魔術とは戦闘の道具である――。
そう叩き込まれてきた俺にとって、学校祭という行事は俺の目にとても奇妙に映った。
「毎年、この学校の上級生たちが素晴らしいロンドールの学校祭を開いてきたわ。もちろん、今年も盛大にやるわよ! そのためにはギル君、あなたの力もちゃんと借りるんだからね!」
そう言って、ホムラは俺の額を指で小突く。
相変わらずボディータッチの多い人だ……。
ただ、戦闘ではない魅せる魔術――か。
「まあ、そういうのも……体験したいとは思ってましたから。いい機会かもしれないですね」
「そうこなくっちゃ!! さあ今年の学校祭も盛り上がっていくわよ!」
ホムラさんは元気よく拳を突き上げ、オーっと声を上げる。
俺も何となくそれにつられて、拳を小さく上げる。
「――といってもまあ、一年生は例の如くあまり仕事はないからねえ。精々期間中の見回りとか模擬試合、体験コーナーの番くらいかなあ」
「ここまでテンション上げさせておいて落としてきましたね」
「そこまで上がってないじゃない」
「……」
「ま、大事であることには変わりないわ。頑張っていきましょ!」
そういってホムラさんは立ち上がり、自分の部屋の方へと向かう。
俺はそれを何となく眺めていたが、階段に差し掛かりスカートがふわっと翻ったところで慌てて視線を逸らす。
「――あ、そういえば」
と、ホムラさんが階段を上る音が急に止まる。
「ギル君、リオンちゃんと戦ったんだってね」
その声は楽しそうな、そしておちょくるような声色をしていた。
振り返らなくても、にやっと頬を緩めるホムラさんの顔が浮かぶ。
「あっと……聞いちゃいましたか」
「そりゃ友達だからねえ。あの子は……ちょっと姉妹となると気難しいから、がんばってね」
そのがんばってねという言葉に、俺はなんだか距離を感じた。
俺とホムラさんとの距離……というよりも、ホムラさんとリオンさんとの距離を。
この人はどこまでが本心でどこからが嘘かわからない。
その交友関係でさえ、そして自分のテンションでさえ。
「そういうことだから。じゃ、今度こそお休み~ベルちゃんをよろしくねえ」
そういって階段を上がる音が再び鳴り響く。
俺はただそれを頭の後ろで感じていた。
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