第154話 集会

 その日の放課後。

 口ひげと白髪を大量に蓄えた老人、そしてこのロンドール魔術学校の学校長、ユドモア・マーリンが全校生徒を集めて集会を行った。


 休み明けということもあり、休みはどうだっただの、これからの魔術師界はどうだのと眠くなるような話が続く。


 俺たちはそれでも寝るまいと懸命に話に耳を傾け続ける。


 その中では、やはりカリストでの魔獣事件についても触れられていた。


 『アビス』の存在、そして各都市に増員された見回りの騎士たち。


 基本的には心配は無用だという内容と、遭遇したら下手に戦うなという通達だった。


 恐らく、この学校には魔術に自信のある生徒が多く在学している。

 その牽制なのだろうが……いささか用心深すぎるのではというほどしつこく戦うなという話は続いた。


 その話につられ、どんどんと大講堂の空気は下がっていったのだが、学校長が話題を切り替えるべく魔術を行使する。


 一瞬にしてさっきまでうす暗かった講堂に赤や緑、黄や青と色とりどりの紙吹雪が舞う。


「硬い話はここまで――何はともあれ、もうじき学校祭じゃ!」


 そう叫び、学校長は目を細くする。


「非魔術師が大勢このロンドールに押し寄せることになるじゃろう。例年、何をするかは決まっておるが、その出来は諸君の魔術の力にかかっておる。去年の方がよかった――なんて噂されるようなことだけはないようにしっかりと準備をしておくれ」


 そう言って学校長は軽くウィンクをする。


 ロンドール魔術学校、学校祭。


 その歴史は古く、魔術師と非魔術師との交流を目的とした小さな催しから始まったそうだ。


 他の学校ではそういったことをしているところはないようで、他校の生徒も来ることもあるとか。


 日程は一日しかないが、その一日のために大勢の人がロンドールに集まるという。それがロンドールの街へもたらす経済効果は計り知れない。


 魔術とは、この時代は一般人の身近にあるものではなく(魔道具などの例外はあれど)、それを見られるというのはそれだけ特別な日のようだ。


 魔術師の模擬試合から、魔術体験、食事の提供、それに街を上げたお祭りムード。

 そして夜にある上級生たちによる魔術のパレード。


 暗黒時代、武力としての魔術による恐怖から敬遠されていた魔術だが、それ以降の時代、それでも恐怖の対象だった魔術へ対する偏見を払拭しようと戦闘以外の魔術を使った行進が人々を再び繋ぎ止めたという。


 一年は基本的には手伝いのようだが、模擬試合や魔導人形による魔術の体験など雑務は大量に任されるらしい。ようは裏方だ。


 その中でも、当学校の魔術師も、非魔術師も楽しみにしているショーがある。

 それが――


「今年のゲスト魔術師は大変豪華じゃ。紹介しよう――と言いたちころじゃが、二人とも今日は用事で来れんようじゃ。なので名前だけ。まず一人目。我がロンドール魔術学校を卒業した魔術師、リンデ・アーロイ!」


 ざわざわと生徒たちがざわつく。


 このざわつき具合は特にいい反応ではないということだけは理解できる。


「誰だよ、リンデって……」


「ギル君知らないの?」


 ベルが不思議そうに小首をかしげてこちらを見る。


「誰なんだ? そんな有名人なのか?」


「自分のことをマジシャンって名乗っている魔術師だよ。大道芸人に近いかな?」


 王都なんかで魔術を使って大道芸をしている人が広場に居たのを思い出す。

 ああいった類の有名人だろうか。


「芸人か……。レンが目指してるやつか」


 すると後ろに座るレンが小声で抵抗する。


「俺は目立つのを目指してるだけで大道芸を目指すとは言ってねえ!」


 あははっとベルが笑う。


「そういうこと。――皆には反応悪そうだけど、でも子供には大人気みたい」


 どうやら芸人という人種は魔術師がなるには不相応のものであるようだ。

 そこらじゅうから、微妙なため息が漏れ聞こえる。


 可愛そうに。人々を楽しませるという魔術の使い方はこの平和な世界では立派な行いに見えるが……。


 俺の時代ならそれこそそんなことしてる暇がありゃ戦場で戦えってぶっ叩かれただろうが……。


 すると学校長は続ける。


「――そしてもう一人。こちらも我が校の卒業生。有名魔術師、オースティン・メイアン!」


 名前が呼ばれた瞬間、黄色い悲鳴が上がる。


 そのボリュームに俺は思わず耳を塞ぐ。

 今すぐ防音の魔術を張りたいくらいだ。


 しかし、その名前に聞き覚えがあった。


「オースティン・メイアン……どこかで聞いたな……」


 うんうんと自分の記憶をたどる。

 確かどこかで……。


 あ、思い出した。

 ホムラさんから貰った本の著者だ。


「きゃーオースティン・メイアンがくるの!? すごい楽しみなんですけど!?」


 ドロシーが目の色を変えて喜ぶ。

 いつだか、サイラスに目の色を変えて握手を求めたのを思い出す。

 そう言えばこいつはミーハーだったな……。


「楽しみだね、まさかそんな有名人まで来るなんて」


 一応ベルも楽しみにしているようだ。


「ったく、イケメン魔術師はいいよなあ、名前だけで喜ばれるんだからよお~」


 レンが半分嘆くように言葉を漏らす。


「イケメンは関係ないのよ! すごい魔術師なの!」


「へえへえ、わかりましたよ」


 レンがそっと俺に耳を近づける。


「――とか言って、普通にイケメンだからってのがデカいと思うぜ」


「俺もこの歓声はそれが原因だと思ってる」


 イケメンの有名魔術師、オースティン・メイアン。

 その名前にかすんで微塵も話題にされないマジシャン、リンデ・アーロイに俺は少しだけ同情した。

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