第153話 魔術師学

「はいはいはいはい、頭は切り替えてくださいよ」


 恰幅の良い優しそうな見た目の女教師、アルク先生は手をパンパンと叩きながら俺たち生徒を集中させる。


「休み明けは集中力が乱れて事故も起きやすいですからね、特に魔術というのは大きな力を、ちっぽけな人間が行使するいわばちぐはぐな学問です――っと、学問と言うと反発する魔術師もいるかもしれませんね。ただ、本授業ではあくまで学問として学んでいきますからね、休み前同様の心持でお願いしますね」


 そう矢継ぎ早にアルク先生はニコニコしながら話し始める。

 久しぶりの授業ということで、先生のやる気も段違いのようだ。


 それに……。


 周りを見てみても、休み明けだからとだらけた生徒はいない。

 さすがロンドール魔術学校。意識が高い。


 全員がアルク先生の話に耳を傾けている。


「まあ、ここにいる生徒の皆さんは殆どが名家、原初の血脈、魔術師のご子息ご息女、基礎なんてとおに把握している……というのは理解したうえで、もう一度魔術の基礎からおさらいしていきましょう。休み明けですからね」


 そういってアルク先生は魔術師学の教本を開きながらゆっくりと歩き始める。


「魔術とは、人智を超えた超常の現象です。魔力と呼ばれる体内のリソースを魔術式を通すことで、外界へと影響を及ぼす術。それを魔術と呼びます」


 生徒たちは知っていると言わんばかりに黙って先生の話を聞く。


「はい、ではアングイスクラス、ユンフェさん」


「! はい」


「魔術の三大等級は?」


「初等、中等、高等魔術です」


 当然ですねと言った様子でアルク先生は頷く。


「では続けて、特に初等と中等を総称して何と呼びますか?」


「汎用魔術です」


 よろしい。と口にして、アルク先生はユンフェを席に座らせる。


「攻撃魔術である『ファイア』や『サンダー』、補助魔術である『ブライト』や『スリープ』……大抵の魔術師は汎用魔術までは難なく使いこなせるはず。ここに居る生徒達も大半が使えるでしょう。……使えますよね?」


 静かに頷く生徒達の中、レンがさりげなく視線を逸らす。

 レンは「特異魔術だけで十分!」とか言ってたから汎用魔術をあまり器用に使いこなせないのだ。


「他にも理の外、各家が連綿と受け継いできた特異魔術がありますが――これはまた特殊なので当授業では触れません。……というより、あれはまた別の理論で各家で構築されたものです。私なんかが語れるものではありません。ただ、何気なく使っているそれが、三等級とは別の区分に属する魔術だということは覚えておいてください。皆さんが自在に扱えるもっとも身近なものだとは思いますがね」


 アルク先生は黒板にカリカリと魔術の属性分布を書き始める。


「魔力系統には基本七系統である火、水、雷、氷、土、風、無の七つの属性。そして特殊三系統である光、闇、聖――。まあ聖はちょっと特殊の中でも更に特殊ですが……」


 聖が特殊……?

 休み前の授業で聞き逃したのか、その発言に違和感を覚える。


 俺は隣のドロシーに声をかける。


「聖属性が特殊とってどういうことだ?」


「はあ? またお得意のやつね……」


 ドロシーは軽くため息をつくと、チラチラとアルク先生の様子を確認しながら面倒臭そうに小声で話し出す。


「聖属性は回復魔術とか不浄なものの浄化に特化した属性だけど、結構レアでしょ?」


「レア……まあレアか」


「――で、聖属性だけに適正のある人たちって自分たちを魔術師って認めてない人が多いのよ」


「ん? どういうことだよ?」


 確か俺の記憶が正しければ、回復魔術師だって立派な魔術師として活躍していた。

 衛生兵としてあの戦いを生き抜いてきたはずだ。

 魔術に変わりないはずだが……。


「だから特殊だって言ってんのよ。聖属性は魔術のような攻撃的で野蛮な力じゃない、崇高で高貴なものだって言い張る団体がいるのよ、聖術会っていうんだけど……」


 聖術会……聞いたことない名前だが、どうやら一般常識らしい。

 俺以外にこの特殊という言葉に疑問を持つ連中がいないのがその証拠だ。


「でも回復魔術師は魔術師協会にもいるだろ? あの新人戦の時の人とか」


 俺はアシェリーさんを思い出しながら言う。


「確かに魔術師として活躍している人もいるけど、聖術会からすればそれは異端なのよ。だから極端に回復魔術師、聖属性魔術師は少ないの、常識でしょ? ――もういいかしら、復習だからって聞き逃したくないの」


「わ、悪い……」


 そういってドロシーは前に向き直る。

 なるほど、どうやら俺の頃とは幾分事情が変わっているところがあるようだ。


 俺がドロシーに質問している間にも先生の話は続いていた。


「――もちろん、各人得意な魔力系統というものがあるでしょう。でもそれは、厳密には各人の魔力の特性という訳ではなく、魔術式への適正……ようは属性のある魔術を発現させるための術式――詠唱や魔法陣に対しての魔力の干渉のしやすさから逆説的に言われているもので、魔力自体に属性がある訳ではないわ。……まあ、この辺りは魔力の研究として今も続けられている基礎研究の一つだから、学年が上がった時にもう少し詳しくやるでしょうね」


「い、意味わかんねえ……」


 後ろの席からギブアップの声が漏れる。


 そうして魔力や魔術に関しての授業をたっぷり二時間ぶっ続けで行う。

 殆どが復習だったのは俺たちの頭を休みボケから回復させるためだったのだろう。


 それでも、休み明けの身体にはなかなかに堪える重い作業であった。


 だが、ようやく休みが明けたという実感がわいてくる。


 しばらくして鐘の音がなり、授業が終了すると、どっと一斉に息を吐き出す音が聞こえる。


「かぁー俺は天才肌だから理論的な話は頭にはいらん!」


 そういってレンはぐたっと机に突っ伏す。


 ドロシーは呆れたように吐き捨てる。


「そんなんだとタダの戦闘狂の魔術師になっちゃうわよ」


「もうなってんだよなあ~俺は体動かせりゃそれでいいのよ……」


「次は魔術実技の時間だよレン君」


 ベルが項垂れたレンに救いの言葉をささやく。


「! 忘れてたぜ、さあ行こうぜ相棒!」


 そういって能天気なレンは急に元気に立ち上がると俺の身体を強引に引き起こす。


「わっと……はあ、元気だなおい」


「お前も好きだろ? そっちの方が」


 俺に向かって肩を組み、にっと笑うレン。


「――否定はしない」


「でたでた、自称野蛮な魔術師同盟」


「他称だろ! つうかドロシーしか言ってないし」


「まったく、学問としての魔術も重要だってのに……これだから野蛮人は……」


 その言い合いを、ベルがまあまあと治め、俺達は講義室を出る。


 クラスが合同で行われるのは座学のみだ。

 俺たちはそれぞれ別の授業へ向かうためクラスごとに分かれる。


 バラバラとクラスごとに違う方へと進み、俺達は演習場へと足を運んだ。

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