第145話 姉と妹

 翌日、大きな音で目が覚める。


「ん……何だ一体……」


 昨夜、爺さんの愚痴に付き合い、ベルを任されてからベッドに戻りもう一度眠りについた。


 窓の外を見ると、既に陽は上がっているがまだ早朝という感じだ。


 寝ぼけたまま視線を泳がせていると、ベッド脇に魔道時計があるのが目に入り、時間を確認する。


「六時半か……」


 起きるにはまだ早いな……。


 大きなベッドではレンが大の字にその大部分を占有しており、俺は端っこの落ちるか落ちないかのギリギリの綱渡り状態で眠っていた。


 ベッドの頭の方を見ると、昨日は二人頭を寄せ合って姉妹のように眠っていたはずのドロシーとベルは、ベルの姿が消え、ドロシーはアホ面でベッドに横になっている。


 俺はもう一度寝ようとレンの大きく広げた足をぐっと端に追いやり、横になる。


 ――と、瞬間また大きな音が。


「まじでなんなんだよ……」


 他の2人は一向に起きる気配がない。

 熟睡かよまったく。


 この音……それにこれ、明らかに魔術の反応だよなあ。

 気にしなくてもいいのだが、魔術の反応に敏感な俺はどうしても気になってしまう。


 放置してもいいのだが、これだけ大きいと気になってしょうがない。

 これが常に戦闘に身を置いていた者の性か……。


 まあ、すぐに戦闘態勢に身体が移行しないだけ大分俺の身体も現代の生活に慣れてきたというものだ。


 俺はベッドから降りブーツを履く。


 相変わらず地鳴りのような音は続いており、俺はロンドールの制服(俺は私服が良く分からず結局制服を着てきたのだ)を来て、ドアを開ける。


 朝のひんやりとした冷たい空気が流れ込む。

 それを大きく吸い込み、大分脳がしゃきっとしてくる。


 廊下に出ると、さっきまでの音がもう少し大きく聞こえる。


 俺は一言文句を言ってやろうかとその音のする方へと足を進める。


 階段を降り、廊下を渡って、更に下へと降りる。


 こんなところをうろついているのを見つかったら怒られるのだろうか……いや、あの両親なら朗らかな笑顔で許してくれそうだ。


 そうして魔術が朝っぱらからぶっ放されている場所を探りながら歩く。

 すると見慣れた場所に出る。


「ここは……」


 昨日屋敷を見たときにトレーニングルームだと紹介された場所だ。

 防護結界が張られた超高級訓練場。


 一刻も早く騎士訓練場もこれを導入するべきだよな。

 あの騎士団長が使うっていうならだが。


 朝っぱらから魔術の試合に精を題してるのは何処どいつだまったく。

 ――まあ大体想像は出来ているが。


 そんなことを考えながら俺はそっと鉄の扉を開け、中を覗く。


 すると、二人の人影が見える。


 両ひざに手を突き、はあはあと息を荒げる銀髪の美少女。

 それと対照的に、それを見下ろすようにして余裕そうに笑みを浮かべる栗色の髪をした美女。


 そう、ベルとリオンさんだ。


 朝っぱらから訓練か?

 精が出るな。


 俺は邪魔したら悪いと思いそっとドアを閉じようとするが、昨日爺さんに言われたことを思い出す。


 ――少しだけ様子を見ていくか。


 俺は思い切ってドアを開ける。


 すると、二人が同時にこちらを振り向く。


「ぎ、ギル君……!?」


 ベルが顎から垂れる汗を拭いながら、驚いた表情を浮かべる。


「あら、ギル君。おはよう、起こしちゃった?」


「まああれだけ音がデカければ起きますよ」


 俺は皮肉交じりに一発かましてみる。


 が、リオンさんはそれを聞き楽しそうに笑う。


「ごめんね~、ちょっとベルちゃんと久しぶりにじゃれ合っていたから……騒がしくしちゃったね」


 ニコっとまるで天使のような笑みを浮かべるリオンさん。

 これだけでどれだけの人がいろんなことを許してきたことだろうか。


 じゃれ合ってるねえ……。


 ベルの身体はいたるところが傷だらけで、その実力差は明白だ。


「じゃれ合うってレベルじゃないみたいですけど」


「実力が離れちゃうと難しいのよ、ギル君ならわかるでしょ?」


「……」


 それを突かれると痛いが……。

 新人戦の決勝戦を知った上での発言だろう。


 シャル爺は言っていた、リオンさんは純粋にベルを見下し、純粋に愛していると。


 ようは嘘がつけないタイプって訳か。

 つく必要がなかったというほうが正しいかもしれない。

 何でも思い通りになって、取り繕う必要がない。仮面が要らない。


 するとベルがはあはあと息を切らしながら口を開く。


「……いいのよギル君。私が手合わせを申し込んだのよ」


「ベルが?」


「そうよ、ベルちゃんが私に反応してくれるなんて久しぶりで嬉しくなっちゃった」


 そう言ってリオンさんは少し屈むと、汗ばむベルの顔を優しく優しく、壊れ物を触るように撫でる。


「ベルちゃんは無理しなくていいっていつも言ってるのに……。私の後を追ってロンドールまで来て、限界はわかったでしょう?」


「私は……」


「私はベルちゃんの為を思って言ってるんだよ? こんな可愛い顔に傷なんて作って欲しくないし」


 確かに、顔だけは一切の傷も汚れも付いていない。


 歪んだ愛情を語るリオンさんの顔は、本当に慈愛に満ちていた。

 俺から見れば、不気味なほどに。


「――まだ、まだやれるよ、お姉ちゃん……!」


 ベルは魔術を発動し、鎖を発現させる。


「もういいってベルちゃん。ベルちゃんは魔術なんてやらなくてもいいんだよ? 無理してるの? 私を好きなあまり、無理してるんじゃない?」


 絶対違う……とは言い出せない空気だ。

 それでも、リオンさんはそう信じているようだ。


「そんなこと……!」


「私もうこれ以上ベルちゃんを傷つけたくないよ。――でも、やりたいっていうならやるしかないよね……!!」


 リオンさんの魔術が発動する。


 同時に五本の光る鎖が、リオンさんの背後の魔法陣から出現する。


 それぞれはベルの"光鎖"と同じようなものだが……それが同時に五本……。

 しかし、色が違う。


 ベルの"光鎖"が金だとするならば、リオンさんのそれは銀の……鉛の鎖だ。


 しかも、ベルと形状が違う。

 ベルの鎖はただの鎖だが、リオンさんの鎖には先端に鋭利な矢尻のようなものが取り付けられている。


 純粋にそれを突きつけるだけで、相手にダメージを与えられる、殺傷能力を突き詰めた形状……!


 同じ特異魔術でもこうも差が出るか。


「いくよ、ベルちゃん……!」


 その五本の鎖が、同時にベルに襲い掛かる。


「うわあああああ!!」


 ベルは鎖を三本に分割し、何とか二本分の鎖を絡めとり、地面に叩き落す。


 しかし、それを掻い潜った残りの二本が、ベルの身体に迫る。


「くっ……"ウィンド"……!!」


 風系統の初等魔術……!

 ベルの両手に出た魔法陣から、一陣の風が吹き抜ける。


 鎖を押し返そうってことか……!


 しかし、汎用魔術で押し返せるわけもなく、その風の中を一直線に鎖は突き進む。


 このままだとまた身体に……!


「ベル――!!」


 次の瞬間、俺の身体は勝手に動いていた。


 ベルに鎖が直撃する刹那、その間に割って入り二本の鎖を"破壊"する。


 サラサラと細かい粒子となり、先端から崩壊していく鎖。


 ベルは俺の背後で、そっと俺の服を握り、目を見開く。


「ぎ、ギル君……」


 リオンさんはカツカツと歩み寄りながら俺たちを見る。


「あら……あらあらあら。姉妹水入らずの試合に邪魔するの? せっかくの交流の場なのに」


「試合ですかあれが。もう少しで怪我するところですよ」


「いいじゃない、魔術師ってそう言うものでしょう? 愛する妹でも、戦いとなればそりゃ覚悟は決めないと。そう甘い物じゃないでしょ? だから私は魔術なんていいんだよって何度も言っているのに」


 リオンさんの目は本気だ。

 本気でベルに攻撃しようとしていた。


 ったく、どいつもこいつも魔術師って生き物は不器用な奴ばっかりだな。

 ――俺も含めてだが。


「あら、その眼は何? 怖いな~、ホムラちゃんに言いつけちゃうぞ?」


「……」


「そう。――その眼は嫌いじゃないかなお姉さん。じゃああなたがベルちゃんの代わりに私のウォーミングアップの相手を務めてくれるって言う訳?」


「あー……」


 俺は首を回し、手首を回し、ぽきぽきと指を鳴らす。


「俺も寝起きで身体が丁度冷えてたもんで……ウォーミングアップに付き合ってくれます?」


「言うねえ、ギル君」

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