第143話 ごめんね

 食事の後、俺達は寝室に通され軽く談笑した。

 ベルが戻ってきたのはそれから少しした後で、両親と話してきたようだ。


 その頃にはもう寝る時間が近づいており、俺たちは女子組と互いに「おやすみ」と言葉を交わし、それぞれの寝室へと別れた。


 俺とレンは屋敷の広さや料理のおいしさを語り、何よりベルの姉ちゃんの何とも言えない感じを語り合っていた。


 明らかにベルより上だと言わんばかりの態度に、ベルと対照的な明るくて奔放そうな性格……。


 きっと外での人当たりの良さはベルとの比ではないだろう。

 それに、ベルが認める程の魔術の実力……。


 ベルの劣等感も凄いが、何よりそれをベルの姉も両親も当然のように認めていることに、俺はすごい違和感を覚えた。


「ベルの姉ちゃん……強烈だったな」


「そうだなあ……完全に姉!! って感じだな。似てねえし」


「ベルちゃんより大人っぽかったしな~、美人系……」


「薄情者が!」


 俺はバシッとレンの頭を叩く。


「痛えな! 冗談だよ冗談~。つーかよお、あんま顔も似てなかったし、性格も真逆だったよなあ」


「そうだなあ……」


 と、その時。

 部屋の扉が勢いよく開く。


「ごめんね!!」


「おっ……おぉ!?」


 寝室に現われたのは、寝間着を来たベルとドロシーだった。


 白のフリフリした可愛らしい寝間着を来たベルと、これまた可愛らしいピンク色の寝間着を来たドロシー。


 その二人の眩しさに、一瞬ベルがなんて言ったのか俺たちは聞いていなかった。


「え、何だって……? ごめん、聞こえなかった」


「いや、それよりなんで男子部屋に!? まあ俺としては大歓迎だけどよ~!」


 するといつもの如くドロシーが前に出る。


「だから、ベルが今日のことを謝ろうとしてるんでしょうが!」


 そのドロシーの言葉に合わせるように、ベルが頷く。


「その、お姉ちゃんがごめんね。ご飯時に変な空気になっちゃって……。さっきは何も言えずに別れちゃったから一応言っておこうと思って……」


 ベルは申し訳なさそうに頭を下げる。


「いやいや、別にベルが謝るようなことじゃないだろ」


「そうそう、ああいう姉ちゃんもいるだろ」


「うん……お姉ちゃんは自由な人だから……。それに見合うだけの実力もあるし……」


 こりゃ相当刷り込まれちまってるな……。


 ベルとドロシーは俺たちのベッドに腰かける。


「――とりあえず気にしないでね。お姉ちゃんが帰ってくるとは思ってなかったから驚いちゃったけど……」


「お姉ちゃんに会いたくないから帰るのが嫌だったのか?」


 ベルはコクリと頷く。


「まあ、しょうがないよ。お姉ちゃんは本当に自由人だから。私が帰るっていうのを聞いて合わせて帰ってきたんだよ」


「うひ~、凄え執念だな……」


「まあだから……とりあえず言いたいのはそれだけだから」


 非がないのにわざわざ気にして戻ってきたのか。

 本当繊細な子だな、ベルは。


 すると、ドロシーがパンパンと両手を叩く。


「そういうこと、この話はお終い! さ、遊ぶわよ!」


「はあ? どういうことだよ」


 するとドロシーはポケットからカードを取り出す。


「夜は長いわよ~」


「よし来た! やろうぜやろうぜ!」

 

 ベルも楽しそうな表情に戻っている。


「ほら、ギルもやるわよ」


「――うっし、やりますか」


◇ ◇ ◇


 夜も更け、レンはいびきをかきながら爆睡し、ドロシーとベルは二人頭を寄せ合いながらスゥスゥと寝息を立てて眠っている。


「俺も寝るか……」


 とその前に、トイレトイレ。


 俺はそっとベッドから立ち上がると、来賓用のスリッパを履き、ドアへと向かう。


 ギギギっと思い扉を押し開ける。


 廊下に面した正面の大きな窓からは、月明りが差し込む。


「トイレですか、ギル様」


「うおおお!!」


 俺は不意に話しかけられたことにびっくりし、大きく横に飛びのく。


 そこには、正座して座っていた黒い人影――もとい、シャル爺さんが。


 何だこの人、ずっとここに居たのか……?


「びっくりした……シャル爺さんか……」


「ベルお嬢様の警護は私の務めですからね」


 警護っつうかストーカーっぽいけど……言わないでおこう。


「……夜遅くまでご苦労様です」


「はは、思ってもいないことは言わなくても良いですよ」


 ちっ、見抜かれてやがる。


 すると、シャル爺さんはゆっくりと立ち上がるとこちらを見る。


 昼間会ったときはエレナの墓に夢中で気付かなかったが、顔には小さな切り傷から、頬を縦に切り付けたような傷跡など、結構な闘いをしてきたのが分かる傷がいくつも見える。


 シャル爺さんはゆっくりと俺の前に出る。


「もうお嬢様は?」


「寝ましたけど……」


「変なことは……」


「してねえよ!」


「寝ているお嬢様の唇を――」


「奪ってないって!!」


「じゃあちょっと太もも辺りを触るとか――」


「してねえっつってんだろ!!」


 俺が大声で突っ込むと、爺さんはシーっと指を立てる。

 

 くそ、このジジイ自分が大声出させてるんだろうが……!!


「冗談はさておき……ちょっと話しませんか?」


「あぁ? 話……?」


 シャル爺さんは神妙な面持ちで頷く。


「あなたがベル様の大事な友人だと見込んでのお話です」


 そう言ってシャル爺さんは夜の中庭へと俺を案内した。

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