第142話 姉

「ベルの……姉ちゃん!?」


「リオンさん……」


 ドロシーがぽつりと呟く。

 リオン……リオン・ロアか。


 リオンさんはやっほーっと笑顔でドロシーに手を振る。

 どうやら旧知の仲らしい。

 昔から知り合いなら当然か。


 この人が、ベルが敵わないと言っていたロンドール四年のベルの姉ちゃん……。


 髪色が完全な銀じゃない。お母さんの方の血が濃いのだろうか。

 それでも、多少なりともエレナの面影を感じなくもない。


「お母さん……今日帰ってくるって言ってなかったじゃない……」


 ベルが小声でお母さんに訴えかけるが、ごめんねえっと適当に流すだけだ。


 やっぱ姉には会いたくなかったのか。

 それがあまり帰りたくなかった一番の原因か。


 ベルの父さんは朗らかな表情で両手を広げる。


「おお、まさか今日とは思っていなくてな。すまない、リオン。夕食を食べるか?」


 リオンさんは頭を振る。


「いいわよ、食べてきたから。それより――」


 リオンさんはルンルンと軽い足取りでベルの席の後ろに回ると、背後から手を回す。


「いやーん、久しぶりのベルちゃん。いいわ~いい匂い。やっぱり抱き心地も良い」


「抱き心地……!!」


 レンの目がかっぴらかれる。


 わかる、気持ちはわかるが落ち着け!! 

 両親が見てるんだぞ!!


「お、お姉ちゃん苦しい……」


「あらごめんなさい。久しぶりだったからついつい。……――お友達もたくさん来てくれたのね、楽しんでる?」


「もちろんっすよ~!」


 レンは無邪気に答える。


「いろいろ良くしてもらってますよ」


 リオンさんはふーんと唇に指をあて、俺たちを見る。


「ウルラクラスの面々ねえ……」


 俺たちを舐めるように見つめる。

 なんとも蠱惑的な雰囲気のある人だ。


 その視線が俺のところで止まると、ビシっと俺を指さす。


「あー!」


「!?」


 急に指を指され、一瞬びっくりする。


「な、なんすか……」


「ホムラちゃんがお気に入りのギル君! ギル君も来てたのねえ」


 なんとも元気ハツラツな表情で笑みを浮かべている。

 ベルとは真逆だなあ……。


 というか、そうかホムラさんの知り合いか。

 一緒に居たところを見た事があるしそりゃそうか。


「――ホムラさんの知り合いなんですね」


「知ってるくせに~。よくすれ違うでしょ? ――まあベルの姉とは気づかなかったかもだけどね、髪色も違うし」


 そう言ってリオンさんは自分の髪の毛をクリクリといじる。


「……俺のこと、ホムラさんから聞いたんですか?」


 リオンさんは頬をベルとすりすりした後、そっと離れると椅子の背をなぞりながら俺の方に近づいてくる。


「そりゃ勿論。汎用魔術だけで入学、新人戦であっさり優勝、ホムラちゃんも一目置く魔術師……知らないわけないわよ。まあ、伝聞だけどね」


 リオンさんは俺の背後に回ると、ベルと同じく顔を俺の横に近づける。


 近い! いい匂い! やめて!

 俺は極力平静を装う。


 隣に座るドロシーのめちゃくちゃ幻滅するような視線が突き刺さる。 

 心なしか正面のベルの視線も突き刺さっているような……。


「私も興味あるなあ。――君に」


 ひえっ……。

 何故だか悪寒が走る。


「強い子は好きだよ、同じレベルじゃないと話って通じないものだからねえ。……ベルちゃんより見込みがありそう」


 ベルの顔が暗くなっていくのが分かる。


「……どういうことですか。ベルも十分な実力だと思いますけど」


「うーん、ベルちゃんは準決勝で君にあっさりやられちゃったからねえ……まあわかっていたけど。ベルちゃんが一人で何かできたことなんて今まで何にもないもんねえ」


 そう言いながらリオンさんはまたベルの方へと戻る。


「友達作りに行ったんでしょ、ロンドールに。ドロシーちゃんだけじゃ寂しいもんねえ」


 ベルは必死に否定する。


「そ、そんなことないよ。私は今みんなと魔術を頑張ろうと――」


 しかし、リオンさんは指でベルの唇を塞ぐ。


「何言ってるの、ベルちゃん。私の足元にも及ばないくせに、一丁前のこと言っちゃって。ベルちゃんは私の後ろをくっついて可愛く私の真似事をしていればいいのよ。可愛いんだから」


 ベルの顔が、悲しみと絶望に満ちるのがわかる。


「私を追ってロンドールにも来たしねえ。あれも自分の意思なのかなあ」


「そ、それは私の意思よ! 私はお姉ちゃんに負けないように――」


 しかし、リオンさんはベルの必死さとは裏腹に、冷静に答える。

 唇から手を離し、ベルの頭をワシワシとなでる。


「違わないよ」


 リオンさんはただじっとベルを見つめる。


「違わないよ、ベルちゃん。――結局、私の後を追ってるだけだもの。ロンドールだって、私を基準にしたから来たんでしょ。いつまでも姉離れできないところが、ベルちゃんの可愛いところなんだからもう」


 ベルは何も言い返すことができず、絶句する。

 シーンと静まり返る部屋。


 それでもリオンさんはお構いなしにベルの顔を優しく撫でる。


 両親も、ベルに対して何かを言うこともない。

 ましてやリオンさんに対して怒るような素振りもない。


「あらら、空気おかしくなっちゃった?」


 そういってリオンさんは楽しそうに笑う。


「いやいや、まったくリオンが帰ってくるとすぐ賑やかになるな」


「そうねえ、元気がいいものね」


「あはは、いつも静かだもんねえ。――それじゃあ私は先に部屋に戻ってようかなあ」


「明日また話を聞かせてくれ、三校戦の話とかな」


「気が向いたらねー。それじゃ、みなさん楽しんで~」


 そういってリオンさんは手をひらひらと振ると嵐のように去っていった。


 ベルには魔術のことは聞かないけど、姉には聞く……か。


 魔術師としてはリオンさんにしか興味がないって感じだな。


 ベルがリオンさんに対して暗い表情になっているのだけが気になった。

 俺が来たいなんて言ったばっかりに、少し嫌な思いをさせてしまったかもしれないな……。


 こうして途中から騒がしい夕食は終わり、俺たちは寝室へと案内された。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る