第141話 突然の帰宅
ケジメを付けられたような気がして、俺の気分は晴れやかだった。
屋敷に戻り、ベルと合流する。
ドロシー達は今図書室ではしゃいでいるらしく、ベルが俺を迎えに来てくれた。
「どうだった、ギル君?」
ベルはくりっとした瞳で俺を見る。
エレナの墓をこの目で見て、その死をしっかりと事実だ確認したことで、俺の中での認識がはっきりと変わった。
白銀の髪は不衛生な戦場とは違い、サラサラと透き通る様に艶やかで。
炎天下の過酷な強行軍をしていない肌は、染み一つなく綺麗で。
海の青より、青空のような淡い青い瞳。
武骨な体躯ではなく、柔らかそうな体つき。
俺は今まで何を思っていたのだろうか。
今ならはっきりとわかる。
ベルベットはベルベットだ。
エレナの子孫で、あいつが……あいつの一族が繋いだ命の先端にいる人物。
――そして、ロンドールで一緒に学ぶ俺の友達。
俺はベルの問いかけに、笑いかける。
「おう。やっぱりベルはベルだよ」
「え?」
不思議そうな顔を浮かべるベルに、俺は微笑む。
「とにかく満足したってこと! ありがとな。連れて来てくれて」
ベルは胸の前で両手をブンブンと振る。
「いやいや。何時もお世話になっているお礼というかね……。こんなことでお返しになってるか分からないけど」
「お世話なんてしてないけどなあ……。でも本当感謝してるぜ」
「それなら良かった」
ベルは伏し目がちに笑う。
前ならエレナに似ているなあと思ったんだろうけど。
今は純粋にその表情が可愛らしい、ベルらしい表情に見えた。
◇ ◇ ◇
それから俺もドロシー達に合流し、屋敷を満喫する。
シャル爺さんと、メイド長のマーガレットさんに連れられ俺たちは屋敷を案内される。
巨大な図書室に始まり、さっきも見た庭園や中庭、地下にはトレーニングルームも完備されていた。
ベルの魔術を使っても壊れないようにか、壁には防護の結界が張られていた。
騎士団の訓練場よりも豪華な仕様に、俺は乾いた笑いが出る。
一通り屋敷を見てわかったこと。
それは――ベルの家はとんでもなく金持ちであるという事実!!
貴族……ではないようだけど、何をしてるんだろうか。
その真偽は謎である。
そして陽も暮れはじめ、俺たちはベルの両親に招かれ、夕食にありつく。
広く豪華な食事の間に、長い食事用のテーブル。
両脇には給仕やメイドさん、シャル爺さんなどが控える。
俺の隣に座るレンがこそっと話しける。
「おいおい、豪華すぎるだろこの飯……」
「飯とかいうな、何言われるかわからねえぞ」
「じゃあなんて言うんだよ?」
「お飯……とか?」
レンがぽかんとした表情で俺を見る。
「そんな目で俺を見るな」
「俺たちは黙っていた方がよさそうだな」
「そうだな……」
「さあ皆さん、どんどん食べてくださいね! 食べ盛りでしょう!」
ベルの父さん――サイファさんが優しい笑顔で俺たちに食事を促す。
良かった、堅苦しい感じじゃなさそうだ。
「「いただきます!」」
美味しそうなソースのかかったステーキや、おしゃれな盛り付けのサラダ。
不思議な色のスープに器用に盛り付けられたプリンのような食べ物。
とにかく食べたことのない高級そうなものが並ぶ。
俺たちはドロシー達が食べるのを見よう見まねで食べ始める。
すると、サイファさんが笑う。
「ははは、好きに食べてくれていいよ。ベルの友達だからね。そんな堅苦しい場じゃないさ」
俺とレンは顔を見合わせる。
「ただの友達との夕食……そう思ってくれればいいよ」
その言葉を合図に、俺たちはマナーなどそっちのけで好きなように食べ始める。
それを見てドロシーが呆れて頭を抱える。
「これだから教養がない連中は……」
そう言いながらドロシーはフォークとナイフで器用にステーキを切り分け口に含む。
「まあまあドロシー。いつもの寮みたいな食事で楽しいよ」
ベルの顔にも笑顔があふれる。
ドロシーはゴクンと肉を飲み込み、フキンで口を拭うとちらっとこちらを見る。
「――ま、それもそうね」
食事も一通り済み、俺たちはおなか一杯になりながら注がれた飲み物を飲む。
いやあ、非常に美味でした。
すると待っていましたとばかりにサイファさんが口を開く。
「それで、ベルは学校ではどんな感じなのかな?」
「ちょ、お父さん……」
ベルが恥ずかしそうにそれを止めようとするが、いいじゃないかと押し切られる。
「いつも通りですよ、サイファさん。ベルはマイペースに楽しんでますよ」
「ちょ、ドロシーまで……」
「ははは、娘は自分からは何も語ってくれないからねえ。他には何かないかい?」
ドロシーに続き、レンも口を開く。
完全にリラックスしてやがるなこいつ。
「そうっすねえ、気配りができるというか、なんというか……。いるだけで癒されますよ」
「ほう、かなり高評価じゃないか」
「そうねえ。最初は反対したけど、ロンドールに行かせて正解だったかもね」
反対……?
何を反対することがあったのだろうか。
俺はそこに引っかかる。
お姉ちゃんもロンドールとはいえ、この豪邸なら学費で大変とかもないだろうに。
「後やっぱり、魔術ですよねえ!」
「そうだなあ。エレナ様の魔術を引き継いだあの鎖魔術は本当すごいの一言ですよ」
「はは、ギルは自分で新人戦で倒しておいてよく言うぜ」
レンは何げなく新人戦の事実を告げる。
が、本人も直後にまずいことを口にしてしまったと思ったのか口を押える。
おいおいおい、親の前で俺が倒したとかいうもんじゃねえだろ!!
空気が――
「そういえばギルフォード君は優勝したんだったね。いやあ凄い。さすがだよ。将来は騎士団かな? 研究者という道もあるか」
そういってベルのお父さんは楽しそうに笑う。
ベルが負けたこと。
ベルの魔術の話など初めから気にしていなかったかのように。
昼間も思ったが、やはり魔術に関して無頓着するぎる。
ベルは少しうつむき気味にその話に耳を傾ける。
なんだこの感じ……。
魔術を学びに行った娘が帰ってきて気になるのは魔術についてじゃねえのか?
それよりも、学校生活の方を気にするなんて……。
魔術に関してはわりと放任なのだろうか。いやでも親ならそんなものか?
「ベルは学校で楽しくやっているようだね」
「――はい、お父様……」
「よかったわあ。人付き合いが苦手なベルちゃんが寂しい思いしてないか心配だったのよ。こんないいお友達に恵まれて。結果としてよかったわねえ。帰ってきて顔見せてと言っても嫌がるんだから……それでも帰ってきてくれたのはお友達のおかげね」
サイファさんとユマさんはお互い楽しそうに笑い、ワインを飲む。
俺は何となく気になってしまい、また余計に口をはさんでしまう。
「あの――」
「何かな?」
「その、ベルの魔術がどうとか気になったりしないんですか? 成績とか……まあ俺が言うのもおかしいですけど」
「ギル君……」
すると二人は顔を見合わせる。
「そもそもベルのロンドール行きを許可したのは、魔術のためじゃなく社会勉強の一環だからね。ベルはほら、恥ずかしながら魔術第一って言う程の実力でもないだろう? 正直受かるとは思わなかったが……いやいや、結果としてこんな良い友達に恵まれたんだ、本当に感謝しているよ君たちには」
この人たち……。
悪気はないんだろうが、ベルが魔術を頑張りたいと思っている気持ちを理解していない。
魔術に関して、全然信頼していないんだ。
両親にとってベルはただかわいい娘で、愛すべき我が子で……魔術は二の次。
それは別に不幸なことでもなんでもない。
ただ、ベルのあの暗い顔を見るとどうしてもやるせなくなってしまう。
試験の時にベルが言っていた言葉を思い出す。
「私を認めさせないといけない」「私は姉のおこぼれみたいなものだから」
もしかすると、魔術はすべて姉に任せて、ベルはこの家では――
っとその時、扉が勢いよく開く。
「ちょっと、なんで誰も出迎えに来てないのかしらー!? 帰ってきたんだけど――」
全員がその音の方を見る。
そこには、淡い栗色の髪をお下げに結んだ、すらっとした長身の女性が立っていた。片手には大きな荷物。
その女性はどこか見覚えがあった。
そうだ、ホムラさんと一緒にいるところを何度か見たことが……。
「――って、あらあら、もう帰ってきてたのねベルちゃん。お友達も連れて楽しそうねえ」
「! ……お姉ちゃん。帰ってこない予定じゃ……」
「姉ちゃん!?」
ベルの顔が急に強張る。
ベルベット姉はニヤっと笑う。
「愛する妹が帰ってきてるんだもの、そりゃ会いに来るわよ。……学校じゃ会ってもくれないものね。おかえりなさい、ベル」
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