第140話 エレナ

 階段を一番上まで上がる。

 

 爺さんは墓守のジャウォックに目配せすると、墓守は言葉とも取れない唸り声をあげ、門を開く。


 ギギギっとさび付いた鉄の音が響く。


 中はかなり広く、遺跡のような石造りの建物が中央に経っている。


 墓守は首を振り、俺たちを誘導する。


 これだけ死体の多い地ならばグールなどが発生していてもおかしくないのだが、そんな気配は感じられない。


 やはり、魔獣が野生でいるというのは殆どなくなっているようだ。

 それでもサイラスたちに聞くと魔獣の事件は絶えず起こっているようで、俺たちの知らないところで人知れず対処されているのだろう。


 もしかするとこの墓守ジャウォックが魔獣を殺しているのかもしれない。

 グールならば低級の魔獣だし、騎士レベルの力があれば不可能ではない。


 それか聖属性の魔道具や魔術なんかが使えればもっと簡単だろう。


 墓守として雇われているからには何らかの技能には長けているのだろうが……。

 この見た目。少し薄汚い恰好をしたこの男が聖属性魔術を使うというのはちょっと信じられない。


 ――いや、偏見だな。人を見かけで判断してはいけない!


 ジャウォックは中央の建物に入っていく。

 入口のすぐのところに階段があり、等間隔で明かりがともっている。


 ひんやりと冷たいその空間を三人で降りていく。


 ここに、エレナが……。


 階段の一番下まで降りると、円形の間が広がる。


「ここが代々ロア家が眠る墓所です。壁際に掘られた四角いスペースに棺が見えるでしょう?」


 たしかに、棺が何個もひしめき合っている。

 ではあれが……。


「中に遺体が入っている棺もありますが、エレナ様は……」


 爺さんは言いよどむ。


 わかっている。わかっているさ


 あの戦いで死んだのだ、エレナの遺体が残っている訳がない。

 そんなこと、わかりきっていたことなのに。


 俺は無性に目頭が熱くなる。

 視界が軽く揺れる。


 動揺していしまっている。落ち着かないと。


 俺は大きく深呼吸する。


「――正面の一番豪華な棺がエレナ様のものです。私はここにいるので、お好きにどうぞ。中は開けてはいけませんよ」


「……ありがとう」


 俺はそっと棺に近づく。


 ここにエレナは眠っていない。

 けれど、その精神とも呼ぶべきものはきっとここに宿っているはずだ。


 代々守ってきたこの墓地。


 千年もの間、失われることなく、ここにあった。


 まぎれもなく、エレナの遺体はあの「カザン」ではなく、ここにある。

 本体はなくても、ここにあるのだ。


 棺は豪華で、金があしらわれている。

 ほかの石だけで出来たものと違い、明らかに丁重に扱われている。

 

 そりゃそうだ、六英雄だもんな。

 笑っちゃうよな、エレナ。俺たちが、英雄だってよ。


 次々と、走馬灯のようにエレナとの思い出が蘇ってくる。


 一緒に旅をし、下らない話をした道中。

 共に泊まった宿。

 背中合わせで戦った魔獣の包囲網。

 朝まで語り明かした山頂での野営。

 決戦前夜の、死を覚悟し、腹を割って話した二人きりの時間――。


 六英雄はみな俺とは年が離れていた。

 ウガンはもちろんすでに年老いた老人だったし、ジークやクイン、ニルファはお兄ちゃんお姉ちゃんという年齢だった。


 俺が初めて彼らと会ったのは十四歳のころか。

 その時一番歳が近かったのが、十六歳だったエレナだ。


 白銀の髪を揺らし、柔和な笑顔を浮かべ、照れると上目遣いで前髪をいじりだす。


 戦えばその鎖の魔術で敵を圧倒し、口を開けば憎まれ口に近いきつい物言いもする。

 

 洪水のようにとめどなく、まるで昨日のことのように俺たちの思い出が蘇る。

 すべてが懐かしく思える。


 最後のあの時――なんで俺だけを助けたのか。


 今更思ってももう遅い。

 千年も経ってしまったんだもんなあ。


 俺はエレナの棺を改めて見直し、目を瞑る。


 遅くなって悪いな、エレナ。

 やっと来たぜ。


 今は千年後の世界だ。ありえねえよな? 

 でもお前が――エレナが繋いでくれた命だ。


 俺はおまえの分まで生きるって決めたぜ。青春を謳歌してやる。

 無事俺の生を全うしたらそっちで会おうぜ。


 あの戦いの打ち上げは、俺が死んだらしよう。


 アビスっていうやばい奴らがいる。

 俺たちが封じた魔神を復活させようとするくそ野郎どもだ。

 お前なら、絶対に許さねえよな。俺もそのつもりだ。


 俺たちが守った平和は絶対に壊させない。

 任せてくれよ。


 ――じゃあな。


 俺はそっと目を開ける。


 すると、棺の上に小さな皿が乗っているのに気づく。

 そこにはイヤリングが置かれていた。


「これは……」


「それはエレナ様が生前付けていたとされる最後の形見です。奇跡的にそれだけがあの戦場から帰ってきたと言われています。欠かさず磨いているので、まだ綺麗でしょう?」


 このイヤリング……これは……。


 ――とその時、俺の右目からスーッと一筋の涙が零れ落ちる。


 俺は思ってもいなかったその現象に慌てて我に返る。

 ごしごしと眼をこすり。大きく息を吸う。


 ケジメだ。

 終わったことはもうしょうがねえ。


 ちゃんと、俺はこの世界を生きていくからな。

 見ててくれよ。


 俺は踵を返す。

 もう思い残すことは無い。


「もういいのですか?」


「ああ。言いたいことは言ったよ」


「……あなたがエレナ様にどれほどの情を持っているのか……。言ってしまえば我らの一族以外からすればただの英雄。そんな彼女にそこまでこだわるなんて……不思議ですね」


「変か?」


「滅相もない。あなたの背中から、その真剣さは伝わってきましたよ」


 爺さんは優しく微笑む。


「さあ、戻りましょう。皆が待っていますよ」

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