第138話 爺さん
出発から数時間、俺たちは約束通りベルの家へとたどり着く。
俺たちは目の前の豪邸に目を眩ませながら、馬車から降りる。
「お待ちしておりました、ベルお嬢様。お帰りなさいませ」
ロア邸に到着するや否や、門の前で並んでいた中で一番高齢と思われる白髪の白髭、タキシードを着た老紳士が胸に手を当て深々とお辞儀する。
腰には
執事か……?
一応戦える装備をしているようだが……それにこの身体の動かし方、戦いに慣れている奴の動きだ。
執事兼護衛と言ったところか。
それに習うように、左右に並んだ五名のメイドたちも、一斉に「お帰りなさいませ」とお辞儀をする。
俺たちはその様子に呆気にとられる。
俺達……というよりは、ドロシーを除いた俺とレンだ。
田舎出身の俺たちにとってはこんな大豪邸な上に、使用人まで居るなんて正直現実味が薄い。
「シャル爺、ただいま。マーガレットさんも、他のメイドさんたちもただいま」
「「ベルベット様!」」
使用人たちはとても嬉しそうに笑顔を浮かべ、ベルベットの帰宅を喜ぶ。
まるで感動の再会のようだ。
数か月離れていただけなのにこの喜びよう。
両親にあったらどれだけオーバーに喜ぶのだろうか、興味があるな。
するとシャル爺と呼ばれた執事はハンカチを取り出し、およおよと泣き出す。
「うおおお、お嬢様……まさかお帰りになられるとは……私は感無量です!!」
滝のように目から流れる水に、ハンカチはみるみる染まっていく。
「シャ、シャル爺……みんなの前だから……」
ベルは俺たちの方を気にしながら恥ずかしそうに執事の爺さんをたしなめる。
爺さんは涙を拭いきると、目を細める。
「――いやあ、すいません、ベルお嬢様。まさかベルお嬢様が帰ってこられるとは思っていなかったもので……それにお友達まで連れて……」
そう言って爺さんは俺たちの方を見る。
ドロシーはミニスカートにお腹を出した寒そうな恰好で、腰に手を当てる。
季節的には少し肌寒いのではと思うのだが……。
ベルがロングスカートなのと比べると、やっぱり寒そうだ。
「お久しぶりです、シャルディールさん」
「おぉ、ドロシー様。相変わらずお綺麗ですね」
「あらやだ……えへ」
ドロシーは社交辞令を真に受けて、照れたように頭を擦る。
こいつ、意外とちょろいのか……?
今度なんかあったら使ってみよ……。
「そしてそちらのお二方は……」
「私と同じクラスになったギルフォード・エウラ君と、レン・アウシュタット君。二人ともいい人よ」
どうも、と俺たちはお辞儀する。
すると、爺さんの眼光が鋭くなる。
「それはそれは……それで、手出しはしてないでしょうな?」
「手出し……?」
どういうことだ……?
手出し……。
そこで俺たちはハッと気づく。
「ととと、とんでもない! あくまで学友ですよ!! な、なあレン!」
「お、おう! もちろん! 爺さん安心してくれ!」
慌てて取り繕うも、爺さんの鋭い眼光は相変わらず俺たちを値踏みするようにねめつける。
「こんな麗しいベルお嬢様を放っておく男がいる訳がないとは思いませぬか? ……怪しい……!」
「根拠が馬鹿らしい……!」
「なんですと!」
すると、ベルが慌てて爺さんの暴走を止める。
「ちょ、ちょっとシャル爺! そんなんじゃないから、もう……シャル爺は色眼鏡が過ぎるよまったく」
まあエレナに似ているんだ、色眼鏡とは言い切れないけど……。
だが断じて違うぞ!
爺さんはベルのその言葉に、すぐに目じりを下げる。
「――それなら安心ですなあ。ベルお嬢様が言うならそうなんでしょう! ……お客様ですからな、是非快適な滞在をして帰ってもらいたいものです」
目が笑ってないよこの爺さん……。
相当ベルに愛情注いでるなこの人……。
そうして一通り終わると、俺達は爺さんの誘導で敷地内へと入っていく。
中庭には噴水があり、その周りの庭園はとても綺麗に手入れされていた。
そんな自然豊かな道を抜け、屋敷へと入る。
「うおぉ……中もすげえな……」
屋敷は二階建てになっており、入ってすぐ目の前に大階段が備え付けられている。
赤い絨毯が敷き詰められ、シャンデリアがぶら下がり、高価そうな壺や絵画が並ぶ。
案内されるがまま二階へと上がり、長い廊下を歩く。
窓から見える外の景色は自然豊かで、とてもロンドールの近くとは思えない。
「こちらで奥様旦那様がお待ちです」
そう言って爺さんはドアノブに手を掛ける。
そして何やらベルと爺さんは一瞬視線を交わらせる。
何かの合図なのか、それとも単に目が合っただけなのか……。
両開きのドアが開くと、中は巨大なテーブルとイス。
その上にはフルーツや燭台が乗っている。
そしてその中央に立つのは立派な出で立ちをした二人の男女だ。
その片方、白髪の男性は両手を広げ声を上げる。
「ああ、よく帰ったねベル」
「お父さん……ただいま帰りました」
そう言い、お父さんはベルを近くに引き寄せるとポンポンと軽く頭を撫でる。
しかし、ベルの表情はそこまで明るくはない。
「お帰りなさい、ベル。もう何度も帰っておいでっていったのに……」
隣に立つ美しいドレスを着た茶髪の女性……恐らくお母さんだろう。
お母さんもうんうんと頷きながら喜びの表情を浮かべる。
「お母さん、ただいま」
二人とも穏やかで優しそうだ。
――だが、シャル爺さん程の喜びっぷりは感じない。
親バカではないってだけだろうか。
グリムのところとは大違いだな。
あそこは門限を破っただけで心配で街中を探しそうだ。
「ははは、それにしても本当に久しぶりだな、ベル。どうだ学校は?」
「ええ、楽しいです」
「そうかそうか。無理に行く必要なんてなかったのに、急に行きたいと言い出しときはどうしたものかと思ったが……」
そう言って二人は笑う。
すると、二人はこちらを見る。
「おお、ドロシーちゃんじゃないか、久しぶりだね」
「お久しぶりです、サイファさん、ユマさん」
「あらあら、ベティは元気?」
ベティ? 誰のことだろうか。
するとドロシーは答える。
「母は元気ですよ。ユマさんに会ったらよろしく言っておいてと言われてきました」
「あらまあそうなの。ふふふ、それは良かったわ。また会いたいものね」
そうだ、思い出した。
確かベルとドロシーのお母さんはロンドールの先輩後輩と言っていたっけ。
今の感じからするとドロシーのお母さんは後輩か。
それにしても――。
ベルのお母さんは茶髪で少しやせ気味で、どうもエレナとは印象が違う。
一方で、お父さんの方は銀髪にあの精悍な顔立ち。
どうやらお父さんの方が直系のエレナの子孫のようだ。
ベルは来る前も言っていた通り、余り両親に会っても嬉しさ爆発という感じではなさそうだ。
「そして、そちらの二人は……?」
俺たちはさっきと同じようにお互いベルの説明で紹介してもらう。
さすがに爺さんとは違い、いたって普通に反応される。
すると、ベルが早速切り出してくれる。
「あの、手紙で知らせた件なんですけど……」
「あぁ、エレナ様のお墓が見たいと言っていた件だな。そんな勉強熱心な若者がいるとは大したものだ。誰かね?」
「あっと、俺です」
俺は一歩前に出る。
「ふむ。えーっと……ギルフォード君……だったかな? 話は聞いているよ。新人戦おめでとう。ベルとも戦ったそうだね」
「え、ええまあ。よく知ってますね」
「ははは、新人戦の話は魔術師界隈ではそりゃ話のタネになるからね。ベルも自分の限界が知れて良かったじゃないか」
「そうよ、まったく。だから無理に行く必要ないって言ったのに」
「…………」
なんだ……何か否定的な親だなさっきから。
しかし他人の家のことだ、俺が口出しする権利はない。
たとえエレナの子孫だとしても。
「そんな暗い顔をするな、ベル。――まあいい、エレナ様の墓だったね。君なら別に何か悪さをすることもないだろう。シャルディール、案内してやりなさい」
「はい、旦那様」
そう言って爺さんは深々とお辞儀をする。
「じゃあ他の皆は先に屋敷の案内といこう。寝室も客室が余っているからね」
「おぉ~楽しみだぜ……です! じゃあ先行ってるぜギル」
「あぁ」
俺は爺さんに連れられて一人エレナの墓へと向かう。
――とうとう、千年越しの俺の念願が叶うときが近づいていた。
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