第136話 じゃあ一緒にお家に来る?

 その日の夕飯は、久しぶりに賑やかだった。


 俺、レン、ミサキ、ドロシー、ベル。

 五人での夕食はかなり久しぶりで、いつも食べているよくわからない豆のスープでさえおいしく感じる。


 一人に慣れていたはずが、この学校で逆に集団生活に楽しさを少しは見出してしまったようだ。クロとの食事ではこういう感じは受けなかったからなあ。


 そんな中、話題はセレスでの旅の話になる。


「セレスはどうだったんだ?」


「とっっても良かったわよ! 輝く太陽、綺麗な砂浜、押しては返す波……」


 ドロシーは夢うつつのような表情で両手を握り明後日の方向を見ながら目を瞑り、その時の情景を思い出している。


「――そして弾けるベルとミサキの笑顔……。二人とも水着が似合ってるのなんのって……」


「ちょ、ちょっとドロシー!!」


 ベルが慌ててドロシーの空想をかき消すため大きな声を出す。

 ベルの水着姿……これは……見たい、見た過ぎる。

 ほかの景色など視界から消し飛んでしまいそうだ。


 俺とレンは顔を見合わせ、強くうなずきあう。


 その様子を見て、さらにベルは恥ずかしさを募らせ顔を赤くする。


「なによ、本当のことじゃない。そんな美しい素晴らしい身体を持ってるくせに謙遜する方がどうかしてるわよ」


「そういう問題じゃ……」


 ベルの視線が俺たちの方に向けられる。

 

 俺は――なんとか視線を逸らすが、隣でデレデレな顔でその話を聞くレンの顔を見て、ベルが顔を覆う。


 それを察したドロシーが大きな声で罵る。


「ちょっと男子! 何変な妄想してんのよ! そういうのじゃないから! ベルのは美しい身体だから!! 戦うだけあって引き締まってて美しいっていう意味であって――」


「も、もういいから……!」


 珍しくベルが少しいつもより大きめの声でそう言い放ち、ドロシーの袖を必死で引っ張る。


 さすがのドロシーも少し調子に乗りすぎたかと眉を八の字にして、ごめんごめんと笑いながらベルを宥める。


「そ、そうか、楽しそうでなによりだ、ははは……」


 これ以上聞いたら余計な展開になりそうで、俺は慌てて話題を切り替える。


「で、レンはどこに?」


「お? 俺か?」

 

 レンは相変わらず勢力的に肉を頬張りながら横目で俺を見る。


 ちょっとまてと俺に手で合図をして、肉を食べきり、水を勢いよく流し込むとゴクンと豪快ないい音が鳴る。


 相変わらずうまそうに食うなあ。


「――俺はよう、ちょっと実家に帰っててな」


「実家?」


「レン君の実家ってどこなの?」


 ミサキが何気なく言葉を投げる。


「俺はイシュリスってところでな。前ギルには話したよな? 試験の時だっけか」


「そうだそうだ、覚えてるわ」


「そうそう。で、まあ何の面白みもねえ帰郷だったよ。あの家を出るってのは初めてだったからそりゃ一人部屋で暮らせるこの学校にワクワクして入学してきたけどよ、何となくあの自然に囲まれた家が少し恋しくてな」


「わかるよ、私もちょっとだけ実家が恋しいかも」


 やっと機嫌が直ったベルが話に入ってくる。


「だよな!? まあこの学校の初めてみるような設備やら魔術もここ数か月で過食気味でよ、ウキウキで帰ったんだが……」


 レンはため息をつきながら肩を竦め首を左右に振る。


「いやあ、失敗だったね。帰るなり母ちゃんは学校はどうだったのとかうるせえのよ。父ちゃんもいつもは寡黙だったくせに俺がロンドールになんか入学しちまうもんだから浮かれてんのかロンドールはどうだとか友達はできたとかうるさくてよ~」


「なによ良いご両親じゃない。気にかけてくれてる証拠よ」


 確かにドロシーの言う通りだ。

 俺にはもう両親と呼べるものはいない。


 それは、千年前からも変わらずだが……。

 一応クロがそういう立ち位置になるのだろうか? なんだか複雑だな……。


「そりゃわかってるけどよ~、やっぱ最初の二日間くらいはちやほやされて楽しかったけどよ、もう地獄よ、毎日同じ質問の繰り返し。さっさとロンドールに帰りたくてしょうがなかったね」


 そういってレンは俺に肩を組む。


「相棒にも会いたかったからな」


「ぐえっ! ……俺が出かけてるっていう想像はしなかったのかよ」


「ギルは俺が出る時も寮でダラダラしてたしどうせいると思ってたぜ?」


 いやまあそうだけど……。


「あら、でもギルはカリストに居たわよ? 私たちが港の雑貨店で会ったんだもの。ねえ?」


「そうそう、ドロシーちゃんが町中探しちゃって本当たいへ――」


 とミサキが言いかけたところでベルが慌ててミサキの口を塞ぐ。


「み、ミサキちゃんそれ以上は……」


「? まあだから出かけてたことには変わりないわよ」


「へえ? そうなのか。俺が帰ってきたときにはもう居たし、何もしないで寮でごろごろしてたのかと思ってたわ。何してたんだじゃあ?」


 レンが純粋な目で俺を見つめる。


 うーん、なんて言ったらいいか……。

 カリストで吸血鬼と戦ってましたとか?

 それとも"アビス"と一戦交えたとかいうか? 騎士団長と会ったとかもあるな……。


 どれも言えねえ……。


「いやあ、クロ――うちの仮保護者がカリストで働いててな。その手伝いに呼ばれてたのよ」


「へえ、クロ―ディアさんってカリストで暮らしてるんだ」


 ドロシーがクロの話題に反応する。

 そういや新人戦の時に会ってるんだったか。


「ああ、俺がいなくなってツリーハウスも寂しくなったんだろ、たぶん」


 するとミサキが少し神妙な顔で俺を見る。


「あの後、カリストで魔獣騒ぎがあったって聞いたけど、大丈夫だったの?」


「あ――……」


「そう、それよ! さっきははぐらかされたけど……結局大丈夫だったの?」


「"アビス"っつったけか? 俺の街でも噂になってたぜ? 魔神がどうって……」


「!?」


 まじかよ……まさかそんな情報が早いとは……。


 人の噂は本当足が速いな。奴らの狙い通り、"アビス"の存在と魔神信仰が広まりつつあるのか……。


 騎士団の連中も危惧していた通り、かなりやべえターニングポイントになったのは間違いないみたいだな。


「私も聞いたわ。魔獣の騒ぎの陰で暗躍する謎の犯罪集団"アビス"……。魔術ジャーナルでも取り上げられてたわよ」


「そんな大ごとになってんのか……。さっきも言った通り、俺は大丈夫だぜ? 心配しなくてもよ」


「まあそりゃ見ればわかるけど……」


「なあんか、ギルってそういうのに首突っ込んでそうな印象があるから……」


 みんなの心配そうな視線が俺に注がれる。


 くそ、なんか空気が悪くなっちまったな……。

 話題を変えないと。


「そ、そういえばドロシーとベルとミサキは実家に帰ったのか?」


「私たち? あーっとミサキと私は帰ったけど……」


 そういってベルの方を見る。


「私は――まだかな。帰ってこいとは言われてるんだけどね……」


「帰りたくないのか?」


「う、うーん何というか……アハハ……」


 微妙に言いよどむあたり、何か言い辛い言えない理由があるようだ。

 そういえば、ベルは姉ちゃんともあまり仲が良くないみたいだし、家でも居心地が悪かったりするんだろうか。


「そっか、じゃあ実家に帰ってないのかベルは」


「何よ気になるの?」


「いや、ちょっとエレナ――……エレナ様の墓に行ってみたかったから……」


 様ってつけるのなんかすげえ違和感だな……。

 だけどつけないと色々言われそうだし、ここは我慢しておこう。


「はあ!? 何よあんた、あわよくば連れてってもらおうって腹なわけ!? 身の程知らず過ぎるでしょ! というかどんだけエレナ様好きなのよ……初めて会った時も言ってたし」


「そうなのか?」

 

 レンが純真無垢な目で俺を見つめる。

 やめろ、そんな目で見るな!


「いや、なんつうか――」


 と、そこでベルが不意に口を開く。


「じゃあ、一緒にお家に来る?」


「おう、行きた――――ってえ、いいの!?」

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