六章 エレナの墓

第135話 休みの過ごし方

 ロンドールから馬車で数時間のところにある、森の中に佇む巨大な豪邸。


 その景色を見るや否や、レン・アウシュタットこと俺の一番(ロンドールでのだが)の友達で、細目高身長の三つ編みお下げの少年は、感嘆の声を漏らす。


 それにつられ、俺も「おぉ……」と声を漏らす。


「あはは、なんだか恥ずかしいね……」


 ベルことベルベット・ロア……エレナに瓜二つの少女は、綺麗な銀色の髪を耳にかけながら気恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべる。


 それとは対照的にその横に座る赤い髪をしたポニーテルの猫目の少女、ドロシー・ゴートは、自分のことのように胸を張る。


「すごいでしょ! これがベルの家よ!」


「なんでドロシーが誇らしげなんだよ」


「いいでしょ別に。ベルの代わりに誇ってあげてるのよ」


「いや~でも実際すげえぜこれ。うちなんて古びた一軒家だからなあ、格が違いすぎる」


 そのやり取りよりも眼前の景色に目を奪われてるレンは、素直にその感動を口にする。


 まあ確かに思っていたよりも大きいことは間違いない。

 以前学校の図書館と自分の家の図書室を比較していたが、実際にこの屋敷を見ると納得というものだ。


「まあ俺もツリーハウスだからな……比べるまでもねえ……」


「ツリーハウス!? どういうこと!? 木の上に住んでるの!?」


 ドロシーは驚愕した様子で声を張り上げる。


「え、いやまあそうだけど……」


「えぇ……今時ツリーハウスなんて残っているのね……。いやごめんなさい、けなしてるつもりはないのよ。ただなんというか、普通に驚きっていうか」


「そういやあギルは森出身だったな。――そうかツリーハウスかあ、そっちもいつか行って見てえな。豪邸もいいけど、そういう奇抜な家も興味あるぜ」


「ま、機会があればな」


 馬車は舗装された道を進み、門の前に出る。

 入り口には、複数人の人影が。


 恐らく召使いの人達だろうか。


 ――そもそも、なぜ俺達はこんなところに居るのか。

 それは数日前にさかのぼる。


◇ ◇ ◇


 カリストでの吸血鬼との激戦、そして王都での騎士団長エレディン・ブラッドとの模擬試合。


 語りつくせないほどの体験をして、王都からロンドールに戻ってきたのは4日前だった。


 それでもまだ休暇は半月ほど残っており、俺は人のいないロンドールの寮でまたも暇な時間を過ごしていた。


 朝起きて食堂で一人で朝食を取り、適当に校内をブラついて図書館やビニールハウス、中庭で昼寝をしたりして暇をつぶす。


 おなかがすいたら街に出て昼食を買う。

 最近のお気に入りは「ホッグス魔術店」で売っている謎の味をした「魔獣ミート」だ。


 「ホッグス」はロンドールの学園通りに古くからある魔術専門店の一つだが、奇妙なお菓子や食べ物が魔術用具などと一緒に売っていることで有名で、ロンドール生は良くここを利用している。


 魔獣ミートはその名の通り、魔獣の肉を使ったワイルドな食べ物――と見せかけて、ホッグスの店主が魔獣の姿から想像して味付けをしているらしい。


 特にお気に入りはグールとケルベロスだ。

 グールはあっさり塩味で、触感はブヨブヨの皮。

 ケルベロスは少し辛く、硬めで歯ごたえがある。


 種類も豊富なため毎日食べていても飽きない(まずいのに当たるかどうかは別問題だ)。


 どんな調理法で作っているのか、はたまた魔術を使っているのか等全くの謎であるが、今のところ体調を崩したという話は聞いたことがないからきっと大丈夫だろう(味に吐き気を催した人はそこそこいるらしい)。


 そして街をぶらぶらし、夕暮れと同時に寮へと戻る。


 閑散とした寮で時折あまり接したことのない先輩たちと遭遇し、しどろもどろに挨拶をして大きくため息をつきながら談話室の椅子にドカッと腰を下ろす。


 そしてぼ~っとしながら壁に賭けられた肖像画を眺めながら、無為に時間を過ごすのだ。


 時が来れば食堂で今度は日替わりの夕飯を食べ、寮の部屋に戻り、積んである魔術書や小説なんかを適当にパラパラとめくり、日付が変わる頃に疲れが来て自然に眠りにつく。


 学校の敷地内では他クラスの生徒で残っている人も多少なりとも居て、時折会話の相手になってもらっていた。

 

 特にユンフェなんかは不自然なほど毎日遭遇し、毎回十分ほどの会話をした。

 毎日少しずつ距離が近くなっているような気がするのは気のせいだろう。多分。


 ――なんていう他愛のない、つまらない生活を続けいたのだが、残りの休みももうあと一週間と少しと迫ったころ、寮に少しずつ人が戻ってくる。


 一年で最初に戻ってきたのはレンだった。


「よっす! 相変わらずだな相棒!」


 そういって俺の肩に腕を回し、楽し気に帰ってきた男は相変わらず騒がしかったが、俺にとってはそれくらいがちょうどよく、かなり暇つぶしになった。


 次に帰ってきたのは、女子三人組だ。


 セレスから直接帰ってきた三人組は、心底楽しい体験をしてきたわ! といったような満足げな表情で満たされていた。


 ドロシーは開口一番に軽口をかましてくる。


「あらあら、今日も相変わらず卑屈な顔してるわね、ギル。楽しい休暇は過ごせたかしら?」


 俺は知っているのだ、これは友情の裏返しだと。 

 ……多分。


「見りゃわかるだろう。過ごせてねえよバカ」


「バカってなによバカって!」


「まあまあドロシー、落ち着いて……大変だったのよきっと」


 このやり取りを見るのも久しぶりだな……。


 それにしてもカリストでも思ったが、ベルの服は少々過激が過ぎるというものだ。

 けしからん、もっとやれ。


 しかし、その中の一人ベルだけはものすごい心配そうな顔で俺のもとに駆け寄る。


「だ、大丈夫だったのギル君!? 聞いたよ、カリストの事件……」


「あぁ……あれな」


 うるうるとした瞳で俺を見上げるベルに、エレナをだぶらせ、俺はたじたじになってしまう。


 ドロシーも少し心配そうな顔で同調する。


「まあ、大変だったとは思うけど……」


「ねえ、実際大丈夫だったのギル君……?」


 ミサキの不安な顔に、俺は胸を張って精いっぱい元気アピールをしてみる。


「あぁ、この通りピンピンしてるよ。ま、いろいろあったけどな」


 こいつらには言えないな、騎士団長とか吸血鬼とかその辺の話は。

 現に、詳しい話は騎士団長ことエレディンさんに硬く口止めされている。


 そうでなくても、街には以前にまして騎士が配備されるようになり、みんな何となく危機感をいうものを持っていた。ベルが心配してくれるのも分かる。


「なによ色々って! 気になるでしょ!」


「言わねえよ! 察しろ!」


「じゃあ最初から色々とか言わないでよ! あー気になる! ねえミサキ!」


「そうかなあ、ドロシーちゃんがギル君のこと気になってるだけじゃない?」


 ミサキが悪そうな顔で笑う。


「う、うるさいわね……まったくミサキも意地が悪くなちゃって、前はもっと委員長タイプだったでしょ!」


「人は変わるんだよ、ね、ギル君」


「そうだな、まあ変わらないものなんてないわな」


 ミサキも完全に溶け込んでいるようだ。

 その光景に、またうれしさがこみ上げる。


「久しぶりにロキ君以外はみんなそろったのかな? 無事会えてうれしいよ!」


 約一名、そう、ロキがいないが、ほぼ全員そろったようなものだ。

 あいつももう少し素直になればいいのにと思うが、あれが彼の素なのだろう。その気持ちは良くわかる。


 彼女たちの幸せムードに当てられ、なんだか俺まで楽しい気分になってくる。


「さ、せっかくの幸せムードをこんなバカ男子に壊されたくないから部屋戻りましょう」


 そういってドロシー達は鞄をもって部屋へと戻ろうとする。


 俺は彼女たちを止めねばならない。なぜなら――


「あ、おいお土産は!?」


「後で!!!」


 後でって、一応買ってきてくれたのかよ、可愛いところあるじゃん。

 なんだかんだ言ってドロシーは素直な奴なのだ。口は悪いが。

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