第134話 エピローグ
暗闇の中、上空の黒いゲートから一人の死にかけの男が落下してくる。
その男は地面に激突すると、少しうめき声を上げたのち、静かになる。
普通なら死んでもおかしくない状態ではあるが、
もちろん、それ以前に彼が吸血鬼であるという事実が大きいことは言うまでもない。
色白で頬がコケ、黒髪が無造作に伸びたその男は地面に横たわりじっと動かない。
「本当に上手くいくんでしょうね?」
エリー・ドルドリスは、いつもの不機嫌な様子で両腕を組み、ピシッと言い切る。
この仕事においても、そしてそれ以前の仕事においても、彼女の転移魔術による仕事っぷりは他の追随を許さない程この"アビス"という集団に貢献していた。
それを彼女も分かっているからこその、強気の発言だ。
「恐らく、下準備が完了したので問題ないかと、エリー嬢」
吸血鬼キャスパーよろしく色白で不健康そうな男、メビウスは少し猫背気味に歩きながらボソッとそう呟く。
「あっそ……。あれだけのことをして無駄骨何て辞めてよね。リーダーが居ないんだから、私達である程度は進めておかないと。それにレナもご苦労だったわね」
レナと呼ばれる茶髪の女性は、髪を耳に掛けながら溜息をつく。
「この吸血鬼が間抜けで助かったわ。私が"アビス"だなんて露も疑ってなかったみたいだし」
「そりゃそうよ。恋は盲目っていうでしょ」
エリーはニヤッと口角を上げながらそう言う。
「吸血鬼も盲目になるものね。……で、メビウス、どれくらいかかるの?」
メビウスは横たわるキャスパーの身体を弄りながら背中越しに返答する。
「そう――ですね。結構かかりますね。如何せん吸血鬼は初めてなものですから……。気長に待っていただければ」
「気長なんか言ってられないのよ。リーダーが今と言えば今なのよ」
「頭は今とおっしゃったので?」
メビウスはまたも背中越しに問いかける。
彼の意識は完全にキャスパーに向かっている。
「そりゃ――言ってはいないけど……。まあいいわ、私たちは専門外だし、あんたに任せるわよ」
「仰せのままに、エリー嬢」
「本当、丁寧な言葉遣いしてればいいと思ってるんだからこいつは……だから苦手なのよ」
そう言ってエリーは別室へと消えていく。
「さ、リリィちゃんも戻りましょ。あっちでお菓子食べようね」
「食べる!」
そう言ってこの廃れた暗い場所には不釣り合いな幼い声が響く。
レナはリリィの手を引くと、エリーに続くように奥の部屋へと消えていく。
その場に残されたのは、今にも死にそうな吸血鬼と、これまた今にも死にそうな顔色をした死霊魔術師ただ二人きり。
「あなたは――絶対に私が生かして見せますからね」
メビウスはニヤッと不敵に笑う。
生かして見せる。
果たしてその生きるという言葉は、真に生きていると言える状態なのか。
それを真に理解できるものはいない。
◇ ◇ ◇
「じゃあな、ギル。達者でな」
「おう、またな」
旧知の仲であり、そして今回もまた共に死線を潜った二人。
ギルフォード・リーブスとクローディア・エウラは、特に情熱的な別れの言葉を交わすことなくあっさりと別れた。
それは長年共に生きてきたという絆があるからこその光景だった。
一人ギルフォードはロンドールへと帰り、閑散とした寮の扉を開ける。
帰ってきた――。
そう感じたのは、ギルフォードにとって久しぶりの感覚だった。
談話室の近くの掲示板には大量のチラシが張られている。
『来たる、学校祭!』
その言葉が書かれたチラシが、特に大量に目につく。
どうやら、休み明けには学校祭があるらしい。
準備期間はあるのだろうが、ギルフォードにとって初めての体験であるため、勝手が分からない。――いや、この行事に関してはギルフォード以外の一年生にとっても皆同じかもしれない。
入試、新人戦、
戦い続きのギルフォードにとって久しぶりののんびりと出来る時期が、やっと正当に青春を送ることが出来る時期がやってきたのかもしれなかった。
季節は既に秋も終わりごろ。
涼しさが増した、風情ある季節。
ギルフォードはこれからの学校生活に思いを馳せながら、自分の部屋である101号室の扉を開けた。
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