第131話 殺す気か

 俺の冷淡な一言に、クロは呆れたようにため息交じりに答える。


「おいおい、ここまでだギル。殺す気か?」


「殺す気かって……」


 その言葉で、俺の熱くなっていた身体がスーッと冷めていく。


 俺の破壊の右手がエレディンの顔面を捉えようとしているこの状況に、急に焦りを覚える。


「あ……や……」


 やっちまったあああああ!!!


 うまく負けるはずが、つい熱くなっちまってた……!

 なんでだ、途中まで冷静だったはずなのに……。


 思った以上にエレディンが俺を追い詰めたからか? 

 それとも剣聖というワードが俺を乱したのか……?


 ――そうだ……剣聖という実力が本物だということが分かって、なんかむざむざ負けるのが気に食わなくなったというか……。


 くそ、そんなので変に熱くなるなんて……ミスった……。


 エレディンも不満気に言葉を漏らす。


「おい、ここで止めるか吸血鬼。こっからが本番だぞ?」


 エレディンを拘束していたはずの光縛はいつの間にか崩壊し、俺の特異魔術にカウンターを合わせようと真剣が握られていた。


 剣技……。

 最後、何かの技を俺の特異魔術に合わせようとしていた。


 まだ万策尽きた状態じゃなかったって訳だ。

 この男、やはり底が知れない。


 ジークの兄ちゃんに似てなくはない……まあ、それよりもっとおっさんで傍若無人な感じではあるが……。


 クロは冷ややかな声で続ける。


「これ以上やったらどっちか死ぬぞ全く。目がギラつきすぎだ二人とも。まずギルが死ぬのは万に一つもないだろうが論外だし、貴様が死ぬのは――まあ構わんが話がもっとややこしくなる。面倒だからここら辺で終わっておけ。私は本来非道な吸血鬼だぞ? その私に仲裁させるとか何考えてるんだまったく」


「…………」


「…………」


 俺たちは顔を見合わせる。

 エレディンは剣から手を離し、俺は身体全体の力を抜く。


 戦闘の意志がないことを理解したのか、クロはゆっくりと俺たちの腕から手を離す。


 エレディンはクロに強く握られていた手首に触れ、グルグルと回す。


「――ま、そうだな。殺す気はなかった、すまん。ちょっと熱くなりすぎたな。ある程度力を見ることが出来たことだし、ここら辺で終わりにしておくか」


「まあ俺としては終わるならそれで構わないですけど。あなたから言い出した戦いですし」


 元から訳も分からず吹っ掛けられた戦いだ。多少棘のある言葉が漏れる。

 若干の不完全燃焼感は残るが……クロの言う通り、これ以上は危険だ。


 エレディンは「ふぅ~」っと深く息を漏らし、胡坐をかいて地面に座る。

 軽くストレッチをしながら、呑気な声で話す。


「いやあ、想像以上だったぞ、ギルフォード。吸血鬼を追い詰めた魔術……すべてをこの闘いで出し切ったとは思わないが、ある程度お前のは見えた。大人の壁を見せるつもりが逆にやられそうになるとはな……。末恐ろしいと言うべきか、既に脅威だよ」


 余裕そうな素振りを見せながら、エレディンは俺を上げて見せる。

 どこまでが本音だか……。


「大袈裟ですよ。俺には木剣で聖剣並みの実力を見せたエレディンさんの方が驚きですけど……何か最後も奥の手を残してたみたいですし」


「俺はいいんだよ、元から最強だから。それに、その謙遜はもう直接戦った俺には通用しないぜ? ――何を心配してるかは知らんが、誰かに吹聴する気はないから安心しろよ」


 そう言ってエレディンはクックックと笑う。


「それに、君の人間性も見えてきた」


 エレディンはビシっと俺を指す。


「ズバリ、自分に枷を付けて戦うタイプ……とみた。理由はわからんがな……察しはするが。だが、プライドは決して低くはない。急に攻撃的になったのが良い例だ。――それに、相手の実力を図ろうとする癖があるのは、言葉とは裏腹に自分の力に自信があるからだろう。ようは、慎重で勤勉‥‥‥だがプライドはそこそこ高く、自信家な一面も多少は併せ持つ……違うか?」


 その言葉がズキンと胸に響く。

 確かに、的外れとは言い難い感じだが……。


 枷……確かに"メナス"や"展開"は使わなかった。

 即死だもんな、たぶん。

 

「……そんなの、誰でもそうじゃないですか。誰でも少なからず持ってますよそんな心くらい。エセ占い師でも目指してるんですか」


「はっは! まあなあ。占星術師たちの星占いみたいなもんだ……。とにかく、俺の所感はこんな感じさ。戦って俺なりの答えを出すのが俺の趣味なんでな、当たっていようが間違っていようが実はさほど関係ない。結局本人以外に自分のことはわからねえんだ」


 エレディンは得意げな表情で俺を見る。


 なんかうざいな……。

 俺は何となく仕返しをしたくなる。


「逆に俺もエレディンさんのことがわかりましたよ」


「ほお? 聞かせてみろ」


「エレディンさんはなんというか、傲慢ですよね。自分が最強だというオーラがビンビン伝わってきましたよ。力さえあれば何でもできると思っているタイプだ」


「おいおい、酷い言い草だな。俺にそんなもの言いをするのはレイラくらいだぞ。――ま、小僧、君も大概人のことは言えんと思うがな」


 そう言いながらエレディンはゆっくりと立ち上がる。

 パンパンと軽く尻の埃を払い、腰にぶら下げた剣の柄に肘を掛ける。


「まあいいさ。とにかく君の強さが見れて良かったよ。次世代が上がってきた感じがするな。ギルフォードにスピカの息子……、ロンドールには他にもいるんだろ? タオ家の娘やロア家の姉妹も居たなそういや」


 意外とロンドールにも詳しいエレディンに、俺は思わず驚いた声を出す。


「へえ、意外と詳しいですね。趣味ですか?」


「ははっ、俺は暇人でな。そこら辺の情報には結構精通しているのさ」


 騎士団長が暇人ってどうなんだそれは……。

 部下の心労が絶えなそうだ。


「アマルフィスにも性格には難ありだが凄い魔術師の卵がいるって話だし、ノースも粒ぞろいだと聞く。お前らの世代がこれから切磋琢磨して上がってくると思うと楽しみでしょうがない」


 楽しみ……純粋に戦力が強化されるって話だけにとどまらないだろうなあ、この人の場合。また俺の様な犠牲者が増えるのか……。


「その卵たちを気に入って壊すような真似はしないでくださいよ、本当に……」


「それはそいつらの素質しだいよ。ま、君の実力はよ~くわかった。君とはまたどこかで戦いたいが……それこそ命を懸けないとこれ以上面白い戦いはできなそうなのが残念だ」


 どうやら俺の力を相当高く見積もったらしい。

 まあ、あそこまで俺も力をある程度開放したらそりゃそうか。


 これでまた更に面倒なことに巻き込まれないといいけど……。

 "アビス"に王直属騎士ゾディアック、新人戦とだいぶ暴れたの上に騎士団長に見いだされるのはいささか心配が尽きない。


 俺はできれば平穏に青春を送りたいのだ。

 もちろん、魔神を復活させようとする"アビス"の動向は気になりはするが。


 エレディンは笑みを浮かべ、ポンポンと俺の肩を叩く。


「そう硬くなるなよ。吸血鬼と戦っていたのを見てた時点でお前の実力はある程度わかってたんだ、それを直接受けてみたかっただけさ。実に興味深いね。その歳にしてその実力……そして吸血鬼との繋がり」


 エレディンはちらっとクロを見る。


 クロは鋭い眼光でエレディンを睨み返す。


「それを知りたかったら、今度は私が相手になることになるぞ、人間。詮索はそれくらいにしておけ」


「それも悪くないな」


 クロの顔が険しくなる。


「怖い怖い。吸血鬼ってやつは人間を何だと思ってるんだ全く……冗談さ、冗談」


「人間は視界に入る虫程度には認識しているさ」


「懇切丁寧な説明をありがとう、吸血鬼クロ―ディア――ま、今は聞かないでおいてやるさ。知ったところで、何が変わる訳でもない。……君が最終的に俺達騎士団の戦力となってくれればいいんだからな」

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