第132話 大人にも良い恰好させてよね

「結局、詳しく聞かないんですか? 意外とあっさりなんですね。まあ俺にとっちゃ願ったりかなったりですけど……」


「あぁ。俺が興味があるのはだけだ。過去じゃない。今そいつが強いかどうか、それにしか興味がないのさ。過去なんていちいち気にしてたら、この世界は渡っていけないぜ? 日々進化するんだからな。――まあ、いずれ機会があるなら是非聞いてみたいもんだけどな」


 そう言ってエレディンは楽しそうに笑う。


「という訳で、ちゃんと卒業したら騎士団に来いよ。お前みたいな奴が変なところでその才能を腐らせるのは勿体ない。理解のある大人がちゃんと導いてやらねえとな。――、ここ重要」


「……か、考えておきます……」

 

 正直、絶対この人の下は嫌だ……!!

 いずれは卒業後のことも考えなきゃいけないんだろうが、この人の下は相当苦労しそうだということだけは、はっきりとわかる。


 現にあの会議を思い出すだけで、ロイドさん以外の三人は振り回されっぱなしな感じだったしな……。


 エレディンはポンっと俺の肩に手を置く。


「期待してるぜ、ルーキー! ちゃんとロンドールで学んでもっと強くなれよ。……ま、この調子なら学生相手じゃ敵なしかもしれんがな」


「…………」


 あえて俺は何も言わずに黙る。

 さすがに敵なしですよ、とは言い辛い。


「沈黙か? ……まあいい。俺は魔術は門外漢だからあーだこーだ言える知識はない。これ以上特に言えることはねえよ。ただ――」


 エレディンは続ける。


「アマルフィスの1年にも化物がいるっていう噂だからな。なんつったかなあ……リヒト……だかそんな感じの奴だ。足元掬われるなよ」


 アマルフィス……確かリザさんの母校で、戦闘に特化した魔術学校だったか。


「アマルフィスのリヒトですか……一応覚えておきますよ」


 ま、俺がそのリヒトとやらと邂逅することはほとんどないだろ。

 あるとしたら三校戦か……まあそもそも何年かもわからないし、俺がそいつと戦う保証もない。


「はは、その分なら余裕そうだな。楽しみにしてるさ、君の今後の動向をな。"アビス"なんていうヤバい奴らは俺たち騎士団に任せておけよ、俺の強さはわかっただろ? 君と何の因縁があるのかは知らないが、学生は学生らしくあるべきだ。今この時期だけだからな。青春ってのは一瞬だぞ。振り返るとそこにあったと気付く……光の中に居ると、そこが光の中だと誰も気づかないもんさ」


「エレディンさん……」


 まさか、それを納得させるという理由もあって俺と戦ったのか?

 自分の強さを見せつける……それも騎士団長としての務めだと思っているのかもしれない。

 

 どこまで考えの行動なのか、まったく読めない人だ、騎士団長――エレディン・ブラッド。


 思ってもいない行動が結果として意味をなす。

 これも天性のものなのかもな。


「子供は大人しく青春してりゃあいいのさ。無茶はやめろよ、お前は騎士団に入ってから無茶するんだから」


「そこだけはぶれないっすね」


 エレディンは胸を張り、口角を上げにやっと笑う。


「なんせ、俺は歴代最強の騎士団長兼剣聖、エレディン・ブラッドだからな。欲しいものは自分の力で手に入れる」


 その自信満々の様子に俺は思わず笑みがこぼれる。


「はは、俺結構嫌いじゃないですよ、エレディンさんみたいな人は」


「結構は余計だ」


◇ ◇ ◇


 ボロボロに崩壊した訓練場に修理中の立て札が立てられたのはそれからしばらく経ってからだった。


 王都の職人たちが俺とエレディンさんとの戦いでボロボロになった壁や床をせっせと直しにかかる。


 エレディンさんの一声で、補佐だと紹介されたレイラさんが急いで業者に連絡し、気付いた時には俺たちは訓練場を追い出されていた。


 既に陽は沈み、明りが灯っている。

 さっきまで元気に声を出していた訓練生たちはみな宿舎に戻ったのか見当たらない。


「ギル君!」


 声を掛けてきたのは、スピカさんだった。


「スピカさん」


 遠くから少し小走りで近づいてくると、俺の顔をまじまじと見つめ、そして今度は体中をくまなく確認し始める。


 パシパシと腕や首、太ももや足首に触れ、うーんっと唸る。

 極めつけには俺の両頬を両手でパチンと挟み、左右にこれでもかとゆする。

 

 逆に痛い……。


「な、なんでふか……」


 俺の言葉にはっと我に返ったのか「あ、ごめんね」と言って頬から手を離す。

 そして、少し驚いた顔でエレディンと俺の顔を交互に見る。


「え、ええっと……無事……みたいね。五体満足……」


「えぇ、まあ……なんとか」


「ほう、エレディンのシゴキに耐え抜くとは、将来有望だな」


 後ろに控えていたアーノルドさんが、むすっとした顔に微かに笑みを浮かべながらそう口にする。

 

 俺は頬を擦りながらアーノルドさんの方を見る。


「アーノルドさんまで」


「シゴキとは相変わらず失礼な奴だ、アーノルド。愛の鞭と呼んでくれ」


 そう言いながら呆れ気味にエレディンは肩を竦める。


「事実だろう? お前が騎士団長になってから何人の魔術師が泣きながら敷地を後にしたと思っているんだ。――だが、そうか……また繰り返すのかと思って様子を見に来て見れば……」


 アーノルドさんは俺をその鋭い双眸で値踏みするように見つめる。


 エレディンさんは自分のことのように誇らしげに答える。


「そいつは逸材だぞ、アーノルド。騎士団の予約は取り付けておいた」


「ちょ、まだ仮じゃないですか!」


「ほう、そうか。我が魔術騎士に実力者が来ることは実に喜ばしい。力さえあれば年齢は関係ないからな」


 すると、ぴくっとエレディンさんの鼻先が引きつる。


「待てアーノルド。小僧は俺の側近に付けるんだ、魔術騎士には配属させる気はないぞ」


「あぁ!? そんなことが許されるはずないだろ! 順当に現場から経験を積むのが騎士団の流儀だ!」


「阿呆が。有望な魔術師を一兵力として一緒にして扱ってどうする。実力には相応の待遇を用意することこそこれから求められる騎士団のありかたよ」


「エレディン……! いいかお前はなあ――」


 二人は今にも取っ組み合いを始めそうな勢いで口論を始める。

 当事者のはずの俺などそっちのけで二人が熱く言葉を交わす。


 仲が良いんだか悪いんだか……。

 仮にも騎士団長相手に一歩も引かない魔術騎士長もさすがだな。


「あの二人、ほぼ同期なのよ。圧倒的力で騎士団長まで上り詰めたエレディンさん、片や堅実に鍛え上げ魔術騎士長まで上り詰めたアーノルドさん。二人とも凄い人なんだけどねえ」


 スピカさんは苦笑いした様子でその二人の口論を眺める。


「二人そろうとああやってすぐ喧嘩っぽくなるのよ。いつものことだから気にしないで」


「通りで……アーノルドさんの当たりが強いと思ってました」


 確かにあの二人はどうも歯に衣着せぬ物言いが多いと言うか、腹を割って話しているなという印象があった。


 言うなれば俺とレンみたいなものか。


「それにしても……」


 スピカさんは改めて俺を見る。


「本当にエレディン団長の試練を乗り越えるなんて……正直今頃ボロボロになっているのではないかしらと思って見に来たのだけれど……」


 どうやらここでもスピカさんの母性が爆発していたようだ。

 そりゃ親ばかにもなるわな。


「あなたの強さ……本当みたいね。私達でさえエレディン団長と一対一でやりあったらどうなることか……」


 俺は慌てて首をブンブンと横に振る。


「いやいやいや! き、きっと学生だから手を抜いてくれたんですよ。あはは……」


「あの人がそういう人に見えるかしら?」


「むっ……」


 そう言われると、言い返しのしようがない。

 彼が手を抜いて戦う様子など、全くイメージができない。


「そういうことよ。――うちの息子を圧倒しての新人戦優勝、吸血鬼との戦闘……正直私には信じられなかったけれど、ここまで来たら認めるしかないわね」


 スピカさんが慈愛の目で俺を見つめる。


「魔術師の強さ……成長に歳は関係ないからね。私もすぐに追い抜かれそうね」


「そんなことは……」


「――でも無茶は駄目よ。あなたが生き急いでるようにも見えるわ。もっと頼ってくれていいのよ? ……大人にも良い恰好させてよね。あなたはまだ学生なのだから、今できることに励みなさい」


「今できること……」


 いろんな人から言われる、青春を謳歌しろと言う言葉。


 俺がこの歳を生きていた千年前は、そんなことを言ってくれる大人なんていなかった。戦え、殺せ、甘えるな……そんな言葉ばかりかけられた。


 ――だが、今はこんなにも居る。


 本当にいい時代になったと思う。

 心の底から、本当に。

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