第130話 終わりだ
「随分と楽しそうですね」
人の気も知らないで……。
どういう人生……か。言える訳ねえわな。
エレディンは笑う。
「ははは、もちろん。俺の望んだ以上の戦いが出来てるからな。君が特別なのか、あるいはロンドールの魔術師とはこういうものなのか、判断はしかねるが……」
そう言って新しい木剣を再度握りなおす。
また器用にクルクルと木剣を回す。
そしてまたあの構え。
エレディンの目は、闘志に燃えている。
既に格下の学生を相手にしている、という認識じゃないみたいだ。
トップに居る人間とは思えないほどの精神性だ。そこが人を惹き付けるところでもあるって訳か。
「今は関係ない――さあ、続けようか」
ここまでの戦いでハッキリとわかった。明らかに他の人間とはレベルが違う。
そりゃ騎士団長にもなるだろうという感じだ。
そして、こいつは紛れもなくジークの兄ちゃんの血を継いでいる……"剣聖"を受け継ぐ者!! それだけの力がある。
だが、そろそろこっちから攻撃にでねえとな。
いいようにやられるのだけは御免だ。
――ちょっと、変なスイッチが入っちまった。
様子見は終わりだ。こいつは軽くいなす程度じゃ勝てねえ。
大人しく負けてやるのは辞めだ。手の内はもうとっくにバレてるんだ、遠慮する必要はねえ。
剣聖と言えども、あの時代を知らない剣士だ。
俺が負ける訳にはいかねえ。
「ふぅ……」
俺は深呼吸をし、冷静に、落ち着いてエレディンを見据える。
剣のリーチ……は関係ない。奴の斬撃は伸びる。
運動神経は吸血鬼より少し下って感じか。
魔術は使えないが一発が重い。
ただし、木剣がその攻撃に耐えられるのも限度がある――か。
直接的な破壊が意識され意図的に避けられるのなら、自壊を誘うのが得策か……。
「ほう。逆に集中力を研ぎ澄ますか。……相当場数踏んでるな、小僧」
「お互い様でしょ?」
「くっ……ははは!! 悪くない。――さあ来い、俺をもっと満足させて見せろ」
もう加減するのは終わりだ。
粛々と、ただ冷静に。
魔術を行使して勝負を決める。
手数と威力で一気に決める。
「今度はこっちから行きますよ――――"雷槍"5連」
5本の雷の槍が、バチバチと音を立て俺の周囲に浮遊する。
それが、俺の手の動きに合わせて一斉にエレディンを襲う。
「ふんっ!! 甘いわ!」
エレディンは片手で木剣を持ち、器用にそれらを悉く叩き落す。
さすがに慣れている。
魔術を木剣で物理的に叩き落すなんて常識外れもいいところだが、剣聖なら可能だ。
そこからは俺の汎用魔術と、エレディンの剣の応酬。
お互いギリギリのラインで攻撃を躱し合い、決定打が決まることはない。
剣術以外の体術もエレディンはかなり卓越していて、蹴りに打撃に何でもありだ。
スピードもかなり速く、何とかそれを掻い潜りながら、魔術の発動を試みる。
このスピードの速い展開なら発動できて精々汎用魔術までだ。
しかし、先の"雷槍"や"サンダーボルト"のようにエレディンの木剣で上手くいなされてしまう。
――だが、作戦通りだ。
奴の木剣は有限。
そろそろ限界が来るはず。
俺はエレディンの上段への蹴りを避けざまに、地面を"ブレイク"で破壊する。
「ぬおっ……!」
不意に崩壊する足元に身体をのけ反らせ、少し身を引いたエレディンと俺の間に距離が開く。
ここで決める。
俺は右手を顔の高さで上向きに構え、魔術を発動する。
「――"ファイアボール"」
「はっ! また汎用魔術か! 懲りな…………あぁ!?」
エレディンの素っ頓狂な声が響く。
エレディンの目が、勝負の中で初めて見開かれる。
その顔が照らされ後ろに影が伸びる。
俺の右手から発動したそれは、俺の上半身をすっぽり包み込むほど巨大で、部屋中が光に照らされる。
最大火力の"ファイアボール"。
その威力は、もはや普通の汎用魔術のレベルには収まらない。
「……もうそれ太陽だろ……! "ザ・サン"とかに改名しろよッ」
エレディンの額に汗が滲み出る。
それは俺の"ファイアボール"の熱によるものなのか、それとも。
俺はそれをエレディンに向けて放つ。
「ぐおお……!」
顔を背けたくなるほどの熱気が、訓練場中を包み込む。
熱気で一気に温められた空気がうねりを上げる。
エレディンへと直撃した"ファイアボール"は、轟轟と激しい音を立てる。
「くっ……規格外はどっちだという話だ……!」
しかし、さすが剣聖。
木剣……本来なら一瞬で燃え尽きるはずのその粗末な棒で、俺の火球を完全に受け止める。
ウオオオオオ!! っとエレディンが雄たけびを上げ、一心不乱に木剣を振りぬく。
エレディンの木剣に触れ、球体を保っていた火球が徐々に形を変える。
木剣でせき止めた場所を中心に、左右に炎が津波の様に広がり始める。
次の瞬間、エレディンはそれを見事に両断する。
左右にぱっくりと割れるように、俺の炎が地面を這う。
木剣を振り切ったエレディンがその裂け目から、蜃気楼のようにユラユラと見える。
その眼は、まったく色あせていなかった。
むしろ、俺の魔術を見てより生き生きとしだしていた。
「ははは!! なかなかいいぞ、ギルフォード」
エレディンは強引に炎の隙間を突っ切ると、一瞬にして俺への間合いを詰める。
「だが、甘い! 魔術後の硬直が長すぎるぞ! 隙だらけではないか!」
「ッ!」
斬ッ!!
――っと横なぎに俺の身体を切り付けたエレディンの木剣は、俺の身体を上下真っ二つに分断する。
腰のあたりからぱっくりと砕け、俺の上半身は斜めに倒れていく。
エレディンの顔が初めて青ざめる。
それと同時に、とうとう限界が来た木剣が、ガラスが割れるようにパリンっと音を立て完全に砕け散る。
「阿呆!! 防御しないやつがある――か――」
しかし、落下した俺の上半身が地面に衝突したと同時に、細かい氷の粒となって粉々に砕けたところでエレディンは察する。
「
瞬時に体制を立て直し、エレディンが腰の剣に手を伸ばしてその柄を掴んだその刹那、俺はエレディンの背後から微量の"サンダー"を放つ。
バチバチっと空気を伝い、電気がエレディンの身体へ直撃する。
微量な電流が、一瞬エレディンの身体を硬直させる。
「グッ……!」
続けて"光縛"。
ジャラジャラと音を立て、硬直したエレディンの身体を四方から拘束する。
しかし、これではすぐにさっきのようにちぎり飛ばされる可能性がある。
おまけで――
「"ブリザード"」
足元を這うように伸びた氷の道は、エレディンの足を這い上がり、膝下まで凍らせる。
「ちぃ……厄介極まりない……!!」
「足を凍らせれば、さっきみたいな奇抜な動きはもう出来ねえだろ!」
身体全体を地面に縛り付けられ、足を凍らされたエレディンは、もう動きようがない。これでさっきの様に回転して鎖を断ち切ることも不可能だ。
エレディンは少し焦った様子で顔を歪ませる。
「小僧……やってくれるな! 一杯喰わされたぞ」
「どうも……!」
俺は一気にエレディンに詰め寄る。
あとは簡単だ。
あの顔面目掛けて、俺のこの"破壊の右手"を突き付ければ終わりだ。
破壊し、一気に勝負を持っていく。完璧な流れ。
しかし、エレディンの顔は笑っている。
とても身体の自由を完全に奪われている人間とは思えない。
何かされる前に、ここで終わらせる。
「終わりだ」
「――終わり? 違うな」
エレディンはなおも不敵に笑う。
腰の剣が眩いほど光る。
真剣の方か――!!
「剣技――」
「だが、俺の方が速い!!」
一気に決める!
魔術の反応が、右手から迸る。
魔法陣が現れ、エレディンとの距離が0に近づいていく。
――刹那、俺の突き出した腕が何者かに捕まれる。
俺の前に躍り出る黒い影。
長い黒髪がフワッと視界を遮る。
ただようフルーティな香り。
俺達の眼前に壁の様に飛び出したのは、クロだった。
クロは俺の右手首と、エレディンの剣を握っていた手首を握りしめる。
折れそうなほどの強力な力で。
俺たちはそれ以上一歩も動けない。
「終了だ、人間」
「……何の真似だクロ」
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