第129話 剣聖エレディン・ブラッド

 手を抜いたら一気に勝負を持っていかれる……というか殺される!

 何が「真剣だと死ぬだろうが」だよ!! 関係ねえじゃねえか!!


 振り下ろされた木剣を、エレディンはそのまま切り上げる。

 俺は咄嗟に手をかざし、木剣の"破壊"を試みる。


 しかし、その木剣は器用に俺の手の直前で軌道を変える。

 剣が、俺の頬を掠める。


「その魔術はもう見たぜ。破壊はさせない」


「ちぃ……!」


 "光縛"――!!


 地面から飛び出した無数の光る鎖。


 それぞれが意思を持っているかのように別々の軌道を描き、エレディンの身体を襲う。


 エレディンの四肢、そして腰にそれぞれ絡みつき、きつく地面に固定する。


 それでも強引に前へ進もうとするエレディンの身体が、鎖に引っ張られ仰け反った態勢になる。


「ん……ッ! これか……ロア家の魔術に似てるな……!」


 ギチギチと鎖が軋む音が聞こえる。

 なんつうバカ力だ……鎖が軋んでやがる!


 それでも何とか動きは止めた。パワーは吸血鬼程ではない。

 ここで一気に勝負を決める……!! 長引かせると色んな意味でマズイ!


 即死級は使わないと決めていたが、そんなこと言ってられねえ。

 "アイスエイジ"で一気に凍らせて、行動不能にする!

 下半身くらいに留めておけば死にはしねえだろ――多分!


 俺は右手をかざす。

 魔力を収束させ、魔法陣が出現する。


「"アイス――」


 すると、エレディンは力を溜めるようにググっと体をねじる。

 鎖が元の位置に戻ろうとそれを強引に引き戻す。


 刹那、エレディンの身体が一気に回転する。

 エレディンを捉えていたはずの光鎖がバラバラに砕け散る。


 渦を巻くように広がる剣閃。


 なんだ……斬撃……!?

 あの状態から!? つーか木剣だろ!?


 だが一歩遅い……凍らせる!


「――エイジ"!!」


 一瞬にして俺の周りの景色が白く靄が掛かる。

 パキパキと広がる冷気が訓練場の腰より下の高さを一気に凍り付かせる。


 ――――だが。


「それももう見たぜ、ギルフォード!」


 一瞬早く察知したエレディンは、魔術の発動タイミングで既に訓練場の壁を走り出していた。


 凍り付いた壁のギリギリ上のラインを駆け抜ける。


 俺の魔術の射程範囲外!


 エレディンはそのまま壁でグッと足を踏み込むと、一気に跳躍し、俺に向けて剣を振り下ろす。


 くそ、吸血鬼並みの身体能力かよ……!!


 "展開"――は駄目だ、殺しちまう‥‥‥!


「――ッ!」


 俺は手を上向きに伸ばし、咄嗟に光縛を発動させる。


 エレディンの真下から飛び出した光る鎖は、木剣にグルグルと巻き付く。


 そのまま手を下に引きおろし、強引に木剣の軌道を下向きに変える。


「むっ……!」


 鎖に引っ張られるようにエレディンの身体はすぐ真下に引き寄せられる。

 さすがのエレディンの剛腕でも、空中で、しかも不意の攻撃には対応できなかったようだ。


 すると、咄嗟に木剣から手を放し、エレディンは上半身が下に引っ張られた要領でクルッと回転し、俺に向けて踵落としを繰り出す。


 それを咄嗟に両腕でガードをする。


 そのまま回し蹴りに転じ、俺の脇腹を捉えたエレディンの左脚をなんとか右手で受ける。


 直接の攻撃も重い……!


 蹴りの衝撃で俺の身体がフワッと少し浮き、後方に少し流れる。


「おいおい、俺の蹴りも効かないのか……本当にロンドールの魔術師かあ?」


 そう言いながら、手放した木剣を拾い上げ、縛られた鎖を根元から断ち切る。


「いや、それを言うならその動きの方が規格外ですよ……」


「剣聖を舐めるなってことだ」


 そう言いながら、エレディンは木剣を上段で構える。


「ま、君ならこれも止められるだろ?」


 エレディンの存在感が、一気に増すのを感じる。

 プレッシャーが半端じゃない。


 何か――くる!!


「――剣技"明星"」


 ただその場で振り下ろされた木剣は、動作こそ「振り下ろした」と判断できたが、その剣の軌跡は殆ど目視できなかった。


 気付いた時には既に木剣が振り下ろされていた。


 刹那、耳をつんざくような轟音が響き、風圧が一気に押し寄せる。

 光りの亀裂の様なものがエレディンの前に現われたかと思うと、その光が一気に俺に押し寄せる。


 これは……飛ぶ斬撃かッ!


 ちっ……まるでジークじゃねえかこのデタラメな攻撃……!!

 木剣だということを忘れるほどの剣……!


 振る剣すべてが重い!


「"ブリザード"!!」


 一瞬で作り出した氷壁は、俺の眼前を覆いつくす。

 その壁は見事にエレディンの斬撃から俺を守ったが、真っ二つに砕け、音を立てて崩れ去る。


 その隙間から、エレディンが次の行動に移ろうとしているのがチラと見える。


 させねえ‥‥‥!


 氷壁の割れ目から強引に魔術を繰り出す。


 "サンダーボルト"――!


 激しい一筋の稲妻が、氷の間をすり抜けエレディンに襲い掛かる。

 その威力は、相手を気絶させるには十分だ。


 しかし、エレディンはそれを避けず、木剣を前に突き出す。

 腰を低くし、その雷を切っ先に収束させる。


 俺の"サンダーボルト"は、エレディンの剣にと、渦を巻くようにして剣に帯電する。


 それも剣技か……!


 そして次の一振りで、俺の方へと


「ちっ……だるいな……!!」


 もう一発"サンダーボルト"を繰り出し、自身の放った雷を相殺する。


 バチッ!! っと激しい音が鳴り響き、まばゆい光がさく裂する。

 黒い煙が立ち込め、俺たちの攻撃の応酬が止む。


 ゆっくりと煙が晴れていく。


 一定の距離を保ちながらお互いが見つめあい膠着するなかで、エレディンが言葉を発する。


「――いやあさすがだな、ギルフォード。2回は君の首を取ったと思ったんだが」


 そう言いながら、木剣をトントンと首に当てる。


 剣聖とは、剣に愛された者のこと。

 かつて剣聖と呼ばれ俺と共に旅をしたジーク。

 この男の言う剣聖とは、ジークのそれとどうやら同じものを指していたらしい。


 剣に愛されるとは、すなわち、剣を選ばないということ。

 選ぶのではなく、選ばれるのだ。


 素人が作った粗末な剣だろうが、刃がついていない木剣だろうが、極論森で拾った棒切れだろうが、まるで聖剣のように扱える。


 それが剣聖というだ。

 ただ剣術の腕があるだけで到達できるものではない。


 もはや特異魔術と呼べる程の芸当だが、彼らの攻撃に魔力は関係ない。

 剣さえあれば良いのだ。


 特異体質とも呼べる特殊技能。ただ闇雲に剣の道を究めれば良いという訳ではない。剣聖は生まれながらにして剣の加護を受けているのだ。


 しかし、やはり所詮は粗末な武器だ。

 

 次の瞬間、エレディンが握っていた木剣が、ボロボロと砕け始める。

 砂の様にばらばらになった木剣は、エレディンの右手から零れ落ちる。


「あらら、もう壊れたか」


 そう言いながらエレディンは手の中の砂を払うように両手をパンパンと叩く。


 ちょいまち、と言い、エレディンは棚から新しい木剣を探す。


「やっぱ剣聖の名は伊達じゃないな……桁違いだ」


 間違いない、少なくともこの男はこの時代、非魔術師最強の男だ……!

 魔術師相手でも引けを取らない力……!


「君に言われたくないな……。汎用魔術の威力が尋常じゃないし、特異魔術級の魔術を多用するとは……不思議過ぎるぞ。それに、まだ手の内をすべて見せてないだろ。まるで俺の方が実力を測られているみたいだよ」


 そう言いながら新しい木剣を握りしめる。


「いやあ、とは言え久しぶりに楽しませてもらってるよ、いい緊張感だ。やっぱり君に目を付けて正解だったよ、ギルフォード。ここまで出来る魔術師は俺の周りにもそういない……その歳で一体どんな人生を歩んできたのか……」

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