第128話 趣味と実益
「ロンドールは古い学校だからな、本物の剣士相手に魔術での戦いはしたことがないだろ?」
「あーっと……」
一応過去に腐るほど戦ったことはあるんだが……千年前はバリバリ戦っていましたなんて言える訳もなく。
確か、ロンドールのカリキュラムには剣士相手の授業はなかったはずだ。
ここはエレディンの話に乗っておこう。
「特にありませんね、確かに。対魔術師ばかりですね」
「ははは、だと思った。
エレディンは一呼吸置き、続ける。
「レイモンズなんかの戦闘特化の魔術学校では剣士相手の授業もしていると聞く。面白いよなあ、学校によって教育方針がまるで違う。……別にどっちが良いって話じゃなくて、そういう校風だっていうだけの話だ。気を悪くしないでくれよな」
そう言いながらエレディンは木剣で肩をパシパシと叩く。
「別に俺はそこまでロンドールに思い入れはまだないからいいですよ、気にしなくて」
するとエレディンは少し驚いた様子で軽く目を見開き、感嘆の声を上げる。
「‥‥‥へえ、あそこの卒業生は大抵選民意識がある印象だったが‥‥‥。大抵みんな、我こそはロンドールの卒業生なり! ってな具合に調子に乗ってるもんだが、君は変わってるな」
聞く人が聞けば完全な侮辱だなおい……。
こりゃ嫌われてても当然って感じだな。かなり思ったことをズバッと言うタイプのようだ。
アニスさんやアーノルドさんの冷たい視線を思い出す。
「よく言われます」
エレディンはニッと白い歯を見せて笑う。
「うんうん、ますます気に入ったぞ。実際に戦って君の実力を確かめようじゃないか。……俺は相手を知るには戦うことが一番だと常々思っていてな。その戦闘の中での行動の取捨選択はその人本来の本能的な行動だと思っている。それが訓練された動きだろうと、そうでなかろうとね。つまり、人間観察としても有意義だということだ。型通り動く人間なのか、本能に身を任せる人間なのか、それとも思考して動くのか、予め準備を怠らない人間なのか――ま、ようは趣味と実益を兼ねた息抜きという訳だ、俺のな。悪いが付き合ってもらうよ」
彼の言葉は確かに真理だろう。
だが、生か死かという極限の中で戦ってきた俺には、人間観察なんていう余計なことを考えている余裕はなかった。
エレディンの言っていることは、あくまで試合での中のだけでのことだ。
そんな余裕は俺にはなかった。
言っていることはわからなくはないが……価値観の違いを感じる。
それもまた、殺し合いをして生きてきた弊害だろうか。時代もあるのだろう。
それでも、ドロシーにドン引かれた頃の俺に比べればいくらか理解できるレベルまで進化したのではないかと自分を褒めたくなる。
「
ちらとクロを見ると、こっちを見るなという風に肩を竦め、顔をそらす。
「あはは、便利なカードを手にしたみたいで楽しいな」
「趣味悪いっすね……。――それで、俺はどう戦ったら? 俺も剣でやりましょうか?」
「おいおい、君は剣士じゃないだろう?」
「そうですけど、多少の心得はありますよ」
エレディンは呆れたように頭を抱える。
「はあ、君は剣聖を舐めてるのか?」
「そんなつもりは‥‥‥」
「ダメだダメだ、君は好きなだけ君の得意な魔術をぶっ放してもらわないと。最初からそう言ってるだろ? そして俺はそれを真正面からへし折り、君の壁となって見せようじゃないか。今は新人戦も優勝し、吸血鬼も退け波に乗っているかもしれんが、せっかくの優秀な若者をそんなレベルで満足させておくわけにはいかないんでな。大人がしっかりとその背中を見せてやらないとな」
ヘラっとした顔でエレディンが言い切る。
どこまで本気で言ってるのか‥‥‥。
クロの件がある以上、エレディンにある程度は付き合っておかないといけない。
剣術対魔術か……。
さて、どうしたものか。
即死級の魔術……を使う訳にはいかない。生身の人間に使えば死んでしまう。まじで。
たとえ剣聖と言えども肉体の強さに限界はあるだろう。
……いや、ジークの兄ちゃんなら耐えかねないな……。
でも、もしエレディンが耐えられるだけの身体をしていたとしても、万が一のことがある。
こんな誰も知らないところで騎士団長を殺してみろ、クロが吸血鬼だとバレるどころの騒ぎではない。ただの騎士団長殺しだ……!
だとすると、俺が取れる行動は制限されてくる。
新人戦と一緒だ。
精々汎用魔術で牽制していくか、回復魔術が効く範囲で特異魔術を使って動けなくなる程度にエレディンの身体を破壊するか……。
本当にエレディンがジークと同レベルの実力を持っているのだとしたら、俺も即死級の魔術を使っていかなければ勝つことはできないだろう。
だが、それは同時にエレディンに余計な情報を与えることになる。すでに吸血鬼との戦いを見られているとはいえ、律義に手の内を明かしきる必要もない。
まあ今更感はあるが……。
とりあえず、いずれにせよエレディンの力を様子見する必要がある。
戦いを通して俺を観察して値踏みをしようとしているエレディンと完全に立場が逆転しているけどな。
エレディンの実力を見極めて、それに応じて対応する。
うまい具合に負けられれば、エレディンも満足だろう。
キャスパー戦で乱入してきたときの剣術は確かにかなりのレベルだった。
弱っていたとは言え吸血鬼のスピードを上回る剣の速度。
油断は禁物だ。だが、所詮はこの優しい時代の剣聖だ、拍子抜け‥‥‥ってパターンも無くはないか。
「さて、話していてもキリがない。そろそろ始めるとするか」
エレディンは肩に担いでいた木剣を器用にクルクルと回すと、両手でガシっと握り、構える。
その構えは独特だった。
身体の正中線上に添えられた木剣はブレることなく真っすぐに伸びる。
仁王立ちに近く、肩幅に開かれた両足。
まるっきり動き出しに向いていないその姿勢。
強いて言えば、わずかに右足が前に出ている程度だ。
明らかにこれから戦うという構えではない。
――はずなのだが、その表面的な情報から判断出来るものとは裏腹に、エレディンの隙が一切見えない。
明らかな矛盾。
一見して隙だらけなはずのその構えは、一分の隙も見当たらないのだ。
何がどうなって、その矛盾を作り出しているのかはわからないが、俺は無意識にエレディンとジークをだぶらせる。
剣に愛された男。剣聖。
この男に、剣術や型なんてものは関係ないのかもしれない。
魔獣と対面しているような、そんな気迫を感じる。
動き出さない俺に、エレディンが声をかける。
「どうした、こないのか?」
「隙がなかなか見当たらなかったもんで」
俺は正直に告げる。
「はは、やっぱ、俺の目に間違いはなかったようだ。……なら、こっちから行くぞ。気合入れろよ!!」
瞬間、目の前に居たはずのエレディンが消える。
エレディンの足元の地面が砕け、遅れて「ドンッッ!!」っと音が響く。
悪寒が体全体に走り、咄嗟に上半身をのけ反らせる。
直感ではあったが、避けなければならないと俺の身体が反応した。
「ッ――!!」
鼻先スレスレを通り過ぎた木剣は、俺の前を斜めに横切り、そのまま俺の真横の地面へと振り下ろされ、激しい音を立て地面をたたき割る。
飛び散った地面の欠片が舞う。
その衝撃が後方へと波及し、壁に深い傷跡を残す。
嘘だろ……木剣だぞ!?
エレディンの持つ木剣は薄っすらと光を帯びる。
剣が喜んでいる。
不意に目の前に現れたエレディンはニヤっと笑う。
「よく避けたな、殆どは今の一撃でのされてるぞ」
「殺す気ですか……!」
「殺す気でかかってこい!!」
前言撤回! 軌道修正!!
こいつは危険だ!!
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