第127話 剣術と魔術

 大っぴらに魔術を使っていればいつかこうなるとは思っていたが……まさか騎士団長本人から直々に手合わせしたいという申し入れがあるとは……。


 ただまあ、他の人と違って安心できる点は、この人が自分本位だということだ。

 たとえどんな戦いを見せようと、事を荒立てることはしないだろう。


 ――多分。


「どうやって戦うんですか?」


「一対一の真剣勝負。俺は剣、君は魔術。好きなだけぶっ放してくれ。――ロンドール新人戦優勝、"アビス"との対峙、吸血鬼との戦闘‥‥‥。君の培った経験をこの身で受けてみたいのさ」


 その眼は真剣だ。

 本気で、魔術に剣で張り合おうとしている。


「――後悔しても知らないですよ」


「望むところさ。君も多くを学んで帰ってくれると嬉しいね。大抵の魔術師は俺が相手すると魔術から足を洗ってしまうんだ。……君なら耐えてくれるだろう? ルーキー」


 エレディンは不敵に笑う。

 これで今まで何人もの有望な魔術師を潰してきたのだろうか。


 恐ろしい……ロンドールの皆には注意喚起しておかないといけないな。

 騎士団長には捕まるなと。


 するとクロがこそっと俺に語り掛ける。


「おい、いいのかギル? こいつと戦って。ボコボコにしてプライドへし折ったら何しでかすかわからんぞ」


「そこらへんはちゃんと加減するって……。――と言いたいところだけど……」

 

 恐らく、一筋縄ではいかなそうだ。

 腐っても剣聖ということを忘れてはいけない。


 この時代では剣術と魔術に根本的に大きな違いがある。


 剣術と魔術の違い――それは、剣術は暗黒時代による後退の歴史がないということだ。


 俺たちの時代が築き上げた"魔術"という一つの技術の結晶は、暗黒時代という魔術師排斥の時代に一気に後退した。これはクロから教えてもらった情報に加え、今までいろいろな魔術師と出会ってきて肌で感じた事実でもある。


 もちろん、一概に言い切れるものでもない。突然変異とはいつの時代でも起こるもので、突出した魔術師がいてもおかしくはない。

 

 だが、剣術は違う。


 ただひたすら修練に励み、暗黒時代も一番の戦闘手段として磨き上げられ、その技術は連綿と引き継がれていることだろう。


 それに、何を隠そう剣聖だ。

 ただの剣士とは訳が違う。


 剣聖とは、その時代最高の剣士に与えられる最強の称号。

 実際、俺たちと共に魔神と戦った剣聖ジーク・ブラッドは、俺たちの中でも突出した戦闘力を誇っていた。


 明らかに人智を超越していく魔術の進歩の中で、剣聖ジーク・ブラッドの剣技はそれでもなお色褪せなかった。


 その末裔にして、現剣聖との一対一の戦い。

 技術だけでなく、その身体自体が戦闘に特化しているに違いない。


 舐めてかかれば、首を取られるのはこちらかもしれない。


「……まあギルの言いたことも分かる。あの人間、生命力が異常だ。だからまあ、下手なことはせずにな」


に、ね」


「密談はもういいか?」


 エレディンは少し拗ねたように片方の眉を上げ問いかける。


「……ええ。まあ」


「よし、じゃあ行こう」


 エレディンはニッコリと笑みを浮かべる。


◇ ◇ ◇


 俺とクロはエレディンについて騎士団本部を出る。


 中庭を抜け、騎士訓練学校側の敷地に入ると、いくつかの施設が見えてくる。


 道中すれ違う訓練生と思われる見習い騎士たちがエレディンに挨拶をする。

 それをエレディンははいはいと片手をあげて煩わしそうに返事をする。


 そして、決まってエレディンに挨拶した後、ちらっと俺に視線が移る。

 どう考えても値踏みされてるよなあ……。


 誰だこいつは? とか新しい騎士か? とか思われているのだろうか。

 いや、それともロンドールの制服が目立ってるのか?


 確かに周りに魔術師の姿は見えない。

 そりゃ騎士訓練学校の敷地だから当然なのだが。


 騎士団長と魔術学校生徒、そして美人な大人の女性。

 人目を引くのも当然というものだ。


 そんな視線の中を堂々とエレディンは突き進み、「訓練場」と書かれた看板の掛けられた施設に入る。


 中は何個かに区分けされており、それぞれの部屋に木人や訓練用の木剣などが並んでいる。中は無人でシーンと静まり返っている。


 普段はここで複数人で剣術の訓練を行っているのだろう。


「ここだここ。よし、人払いは済んでるな」


 エレディンは訓練場内に入ると、木剣が並べられたラックの前に向かう。

 何個かを握り、一番しっくり来た端の木剣を持ち上げると、数回軽く素振りをする。


「うん、よし。これでやろう」


「え、真剣じゃないんですか?」


 するとエレディンは不思議そうな顔をする。


「何言ってるんだ、訓練だぞ? 真剣じゃ死ぬだろうが」


「っと、そうですよね、はは……」


 いかんいかん、昔の癖が……。

 どうしても訓練だろうが試合というからにはで真剣に……それが染みついてしまっている。


 命がけの戦いでこそ人は成長するという思考がなかなか抜けない。


 ロンドールではある程度その思考回路にも矯正できていたが、一歩外に出るとまだあの頃の感覚が抜けないな。


「ちなみに私とは戦わなくていいのか、剣聖」


 クロは挑発するように薄ら笑いを浮かべ、腕を組み壁に寄り掛かる。


「あんたとやりたいのはやまやまだが……さすがに訓練でという訳にはいかんだろ、あんたとじゃな。今変に問題を起こしても困るしなあ、吸血鬼が敵になろうとしてるんだ、もしこの部屋で俺が吸血鬼に殺されてみろ、パニックだぞ」


 クロは拍子抜けした様子で俺を見て、エレディンを指さす。


「あいつ単純バカかと思ったら意外とちゃんと実力見極めてるぞ。さすが剣聖と呼ばれるだけあるな」


 その発言はクロにとっては普通の感想ではあったが、いささか挑発が過ぎるというものだ。暗にエレディンが負けを認めたといっているようなものだ。


 エレディンの顔は笑ってはいたが、内心いら立っていそうだ。


 おいおい、とばっちりを受けるのは俺なんだからな……。

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