第123話 アビス

 確かにエレディンを信じるとは言ったが、果たしてエレディンはしっかりと約束を守ってくれるのか。


 俺はとりあえずここに居る騎士達が全員敵に回ってもいいように、身体を臨戦態勢へとゆっくり移行する。


 魔術師3に、剣士2‥‥‥。

 白髪の騎士の腰には2本の剣‥‥‥二刀流か。


 魔術師のうちの1人、黒髪の男は恐らく魔道騎士だろう。

 実質剣士3人か‥‥‥この部屋で3人の剣士に囲まれての接近戦。それに加えて一流の魔術師2人からの援護付きか。


 魔力は完全に回復している。

 何があっても、いつでも行動できる。


 隣のクロも、少しうずうずしたように動きたがっている。

 キャスパー戦が消化不良で暴れ足りないんだな‥‥‥。病み上がりとは言え、人間に後れを取る吸血鬼ではない。


 だが、相手も手練れ揃い。一番の厄介はやはりエレディンか。

 クロが暴れればここを突破するのは容易いかもしれないが‥‥‥。


 だが、クロが大暴れするのだけは避けなくてはならない。

 全員殺して逃走なんていう暴挙だけはさせる訳にはいかない。俺の為にも。


 それに、よりにもよってでの吸血鬼による騎士への攻撃はいろいろとマズイ。


 ――とは言え、こうして最悪の事態を想定してはいるが、そうならないという予感が俺にはあった。


 俺はエレディンを何故だか根拠もなく信頼していた。

 でなければ、そもそもこの部屋に入ることすらなかっただろう。


 そして俺の予感通り、エレディンはあっさり言葉を続ける。


「――ただの彼の保護者さ。未成年だからね」


「そう‥‥‥。まあいいわ」


 アニスは納得した様子で椅子に座り直す。


 俺とクロは顔を見合わせる。

 どうやら約束を守る気はあるみたいだ。


 エレディンはこちらを見ると、軽く口角を上げる。

 俺が心底嫌な顔をすると、エレディンは軽く鼻で笑った。


「理解してもらえたようで何よりだよ、アニス」


 すると今度は黒髪の魔術騎士の騎士長、アーノルドが腕を組みながら声を発する。


「彼らはいいとして‥‥‥。私とロイドさんまで集めた理由はあるんだろうな、エレディン。異形狩りのアニスに王直属騎士ゾディアックのスピカ。彼女たちはわかるが、私達まで呼ばれたことには何か意味があるのか?」


「もちろんだとも。まずはカリストで何があったかを詳しく話すところから始めようか」 


 エレディンはカリストで起こった事件のあらましを大まかに説明する。

 時折スピカさんに話を振り、詳細を補足させる。


 吸血鬼、カリストの魔獣騒動、"アビス"の存在の漏洩‥‥‥。


 集められた3人はその話に、渋い顔をしながら耳を傾ける。

 特に異形狩りとして吸血鬼を追ってきたアニスさんは人一倍真剣だ。


「――ざっとこんなところかな」


 エレディンは情報共有を終え、一息つく。


「ふむ‥‥‥魔神信仰か。随分とまあ時代錯誤なことを。だが、それが広まれば国民の中には、心を傾けてしまう者も少なからずおるだろうな」


 そう言いながらアーノルドは顎を撫でる。


「魔獣騒動を簡単に引き起こせるというのも脅威だ。今の体制じゃそんな街中での騒動に対処できるような状態じゃない。魔術騎士の数はそれほど多くないんだ」


「それで、君たちも呼んだと言う訳さ。これはもう王直属騎士ゾディアックだけの手に負える問題じゃない。数が足りないのさ」


「なるほどな。確かに、それだけ大掛かりなことをやろうとしてるのなら、もう秘密裏にどうこうできる段階ではないということか。ちなみに、現在判明している構成員は?」


「それは彼に聞こう。ギルフォード、君が一番彼らと遭遇している。教えてやってくれ」


「俺ですか‥‥‥?」


 エレディンは「もちろん」と言いながら頷く。


 他の面々の視線が俺に向く。


「えーっと‥‥‥。まず転移魔術を使うエリー・ドルドリスっていう軽口を叩く女。それに死霊魔術を使うメビウスっていう顔色の悪い男と、行方不明になっていたレナ・レイモンド」


 スピカさんの顔が、レナ・レイモンドの名前が挙がったところで若干曇る。

 確かに、彼女が初めから"アビス"の一員だったことは誰も想像していなかった。


「後、俺は直接は見てないけどスピカさんが見たっていう魔獣を先導できる少女、そして鉄の仮面をつけたリーダーと思われる男‥‥‥かな」


 すると俺が言葉を区切ったところでアーノルドさんが声を上げる。


「おいおい、死霊魔術だと? 冗談だろ、今をいつの時代だと思っているんだ? そんなもの資料でしか見た事がない。それも国立図書館にしかないような、暗黒時代以前の埃の被った古文書だ」


 そう言ってアーノルド騎士長は呆れたように鼻息を荒げ、訝し気に俺の顔を見る。


「子供にそういう当たり方しないでくれないかしら、アーノルドさん。私が証人よ。その魔術については以前から私達ゾディアックが把握していたわ」


 また始まったよと言わんばかりに、アーノルドは肩を竦める。


「‥‥‥すまないな、スピカ。なんせ私はそんな魔術を使う魔術師を知らないものでな」


「あら、アカザのリストすら把握していないのかしら? エリーもメビウスも一級の魔術犯罪者よ」


「もちろん彼らの名前は知っているさ。ただ、にわかには信じられないと言っているんだ。君たちと違って一つの事件に集中していられるほど暇じゃないんでね、対処しなきゃいけないことが山積みなんだ。一犯罪者の詳細まで私が見ていられる訳ないだろう」


 棘のある言い方に、スピカさんの顔が強張る。


 どうやら、王直属騎士と魔術騎士はそれほど仲が良い訳ではないらしい。


 一応立場としては対等なのだろうか。


「メビウスはエリーによって魔術師刑務所ネルフェトを脱獄したのよ? あなた達の警備に問題があったという反省はないのかしら?」


「そりゃあ言いがかりだ。君たちだって――」


 と、そこでアニスさんが割って入る。


「ちょっと、今更そんな昔の話で言い争いしてどうするのよ。面倒くさい人達ね」


 その言葉に、アーノルドが顔を痙攣らせる。


「君は‥‥‥私の部下の割に随分な態度だな」


 そうか、そもそも異形狩りは魔術騎士の中の一部隊だ。

 立場で言えばアーノルドの配下か。


「今は関係ないじゃない。それより、話の続きを聞かせてもらいましょうよ。"アビス"についてはわかったわ。私がもっと気になっているのは吸血鬼‥‥‥あなたが戦ったというその化物について話してもらえるかしら」


 まあ確かに無駄な言い争いをしているくらいなら話を進めた方が良いのは間違いない。


「俺たちが戦ったのは、ディアナという吸血鬼を殺したキャスパーという吸血鬼です」


「そこまでは私も報告を受けているわ。同族殺しの吸血鬼」


「それがそこで終わらなくて‥‥‥」


 アニスさんは不思議そうに首をかしげる。


「どういうこと? その吸血鬼を倒したんじゃ‥‥‥」


「確かにその通りなんですけど‥‥‥その後に例の死霊魔術師、メビウスに何らかの魔術を掛けられて‥‥‥。現れたエリーと共に何処かへ逃げられました」


「な‥‥‥!?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る