第124話 下準備

 またアニスさんは勢いよく立ち上がる。

 どうやら感情が真っ先に身体に出るタイプのようだ。


死霊魔術ネクロマンシーのことは詳しく知りませんけど、下準備が完了した、とレナ・レイモンドは言ってました」


「下準備ね‥‥‥」


「これは僕の推測ですけど、恐らく死霊魔術ネクロマンシーの発動に何か特別な条件があるのかなと‥‥‥。ディアナは吸血鬼にも関わらず死霊魔術ネクロマンシーに掛けられずに死体で発見されましたよね? でもキャスパーにはメビウスが現れた‥‥‥」


 アニスさんは口元に手をやり、確かにと小さく呟く。


「恐らくこそ出来た何かがあるのではないかな‥‥‥と」


「‥‥‥悪くない推測ね。死霊魔術ネクロマンシーなんて言う禁忌に近い魔術が簡単に出来るとは思えないわ。出来たとしたら今頃死者の軍団が完成してるわよ」


 俺が知っている死霊魔術ネクロマンシーは二種類ある。

 普通の死霊魔術と、高等死霊魔術。そしてキース先生が高等死霊魔術に掛かっていたことからも、キャスパーも同様に高等死霊魔術に掛けられてると推測できる。


 かつて、死霊魔術ネクロマンシーを使う魔術師を見た事はあるが、詳しい話を聞けたことは無かった。だから、俺にも死霊魔術ネクロマンシーの条件やリスクはさっぱり見当がつかない。


 わかるのは、メビウスが現れたとき、レナに向かって「さすがレナ嬢」と言っていたこと。そして、下準備完了というワード。


 あの場で何かの条件を満たしていたことは間違いない。


「――でもその話はつまり、"アビス"に吸血鬼のメンバーが出来つつあるということよね‥‥‥そりゃ私達異形狩りも黙って見過ごす訳にはいかないわ。ありがとうギルフォード君」


「いえ。役に立てて貰えればありがたいです」


 すると、それまで黙って話を聞いていた白髪の老騎士、ロイドさんが渋い声を上げる。


「ふむ‥‥‥転移魔術師に死霊魔術師ネクロマンサー、魔獣を従える者に加えて吸血鬼と来たか。ワシが長年生きてきた中でもそんな規格外の犯罪者集団は見た事がないのう。‥‥‥通りでワシなんぞが呼ばれる訳じゃ。そんなカリスマ性がありそうな悪が魔神信仰何かを掲げれば、一般人でも惹かれてしまう可能性があるのう」


「その通りだ、ロイド氏。こりゃあもうスピカたち王直属騎士ゾディアックだけに頼る事件じゃなくなったって訳だ。騎士団総出で当たるべき事件と言える」


「お前が重い腰を上げるって時点で相当デカい話だとは思っていたよ」


 アーノルドは大きくため息をつき、腕を組む。


「よくお分かりで。――じゃあこれから今後の具体的な話をしたいんだが‥‥‥」


 エレディンはそう言い、俺たちの方を見る。


「その前に君たち二人には退出してもらおうかな。こっから先は本当に騎士だけで話す機密事項だ」


「そうね、目撃者、当事者とは言えこれ以上は必要ないわ。情報提供ありがとう、あなた達はまたいつもの日常に戻るべきよ」


 スピカさんも、アニスさんの言葉に同意するようにうんうんと頷く。


「まだ子供なんだから、危ないことはしたら駄目よ。まだ若いし、万能感があるのはわかるけれど、無茶は駄目よ」


「は、はい‥‥‥」


 どうしてもスピカさんだと保護者っぽいコメントになるな‥‥‥。

 母性と呼ぶべきか、お節介と呼ぶべきか。


 隣でクロはそれに対してツボに入ったのかグッと口を閉じ、プルプルと震えている。


「クローディアさんもしっかり見ておいてくださいよ」


 クロは笑いにこらえながらも、真剣な顔を必死で作る。


「あ、ああもちろんだとも。私に任せておけば万事解決さ。お気になさらずに」


「――さて、それじゃ2人には退出してもらおう。協力感謝するよ。後で俺はもう一度君たちに用があるから部屋で待っていてくれ」


「用?」


 すると、騎士達のため息が同時に聞こえてくる。


「また始まったわよエレディン団長のが‥‥‥」


「まったく、懲りないな。何度繰り返せば気が済むんだか」


「あはは、まあいいじゃないか」


 俺の頭にはハテナが浮かび上がっていたが、誰一人としてその用とやらについて説明してくれる人はいなかった。


 ただわかったのは、皆俺を哀れみの目で見ているということだった。


「外に部下を呼んである。彼に付いて別室で待機していてくれ」


「は、はあ。わかりました」

 

 こうして俺達は会議室を後にした。


 俺とクロは出るや否や大きなため息を付く。


 あんな堅苦しい話し合いは久しぶりで、座りっぱなしだった俺たちの身体はすっかり凝り固まっていた。


 ググっと身体を伸ばし、解放されたありがたみを全身で感じる。


「用っつってたけど、なんだろうな」


「さあねえ。ま、君に対しての用だろうけどね。他の人間の反応からしていいこととは思えないけどね」


「‥‥‥だよな。めんどくせえなあ。断ると面倒なことありそうだし、とりあえず付き合うか‥‥‥」


「さ、お二人様。こちらです」


 ドアの横に立っていた騎士が俺たちに声を掛ける。


 俺とクロはそれに着いていく。


 同じ建物の中で、応接室のような場所に通される。

 暖炉の前に机があり、それを囲むように椅子が置かれている。


 ロンドールの寮を思い出す造りだ。


 俺とクロはその椅子に並ぶように深く腰を下ろす。


「ふぅ~~‥‥‥」


 俺は目を瞑り天井を向くと大きく息を吐く。

 

 カリストから王都へやってきて、すぐに会議‥‥‥。

 意外にゆっくりと休むことが出来なかった。


 道中も野営が殆どでしっかり休息をとることも出来なかったし。

 おまけに会議室の椅子は結構硬かったし‥‥‥。


 それに引き換えこの部屋は来賓用なのか、ふかふかの椅子で、思わず身体から力が抜ける。


「とりあえず最悪の事態は防げて良かったな」


「そうだねえ。あの剣聖とかいう奴を信頼できなかったが、面倒なことにならなくてよかったよ」


 そう言いながらクロは悪そうな顔で笑う。


「‥‥‥ちょっと残念がってるだろお前‥‥‥」


「そんなことないさ。基本的に流血沙汰禁止はまだ続いているんだ、私も色々面倒に巻き込まれるのはごめんだからねえ。キャスパーの件もあるっていうのに、私が問題を起こしてどうするのさ」


「ちゃんと考えていたようで驚きだよ」


「――まあ、どうしようもなければ最悪の展開もやぶさかではないけどね」


「頼むからやめてくれ‥‥‥」

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