第119話 一難去ってまた

「キャスパー‥‥‥!」


 倒れたキャスパーは、反応がない。


 何らかの魔術が行使されたのだけはわかる。


「下準備完了ね。‥‥‥まさか、あの吸血鬼を私達の配下に置ける日が来るなんてね」


「まだ完全ではないですが‥‥‥念願叶いましたよ、お陰様でね」


 配下‥‥‥やはり‥‥‥。


「死霊魔術師か‥‥‥。キース先生といい、てめえら‥‥‥!」


 俺の怒りの籠った声を聴き、レナとメビウスは振り返る。


「どうしたの強がって。私達のことただ見ていただけってことは、あなたもう魔力残ってないんでしょ?」


「‥‥‥はっ、それはどうかな」


 俺は強がって見せる。


 だが、残念ながらレナの言う通り、まともに戦えるほど残っている訳ではない。


 どうする、もしここでキャスパーが死霊として蘇れば、ただじゃ済まねえ。

 あの2人だけが相手ならまだしも、吸血鬼と再戦できるほど力は残っていない。


 クロも今すぐ動くのは不可能だ。

 

 一難去ってまた一難‥‥‥ってやつか。


 ――とその時、あの黒い空間からチラッと別の顔が現れる。


 もう飽きるほど見慣れたその顔。

 長い銀髪をした、冷ややかな表情の女。


 その女はチラッと俺たちの方を見ると、何かを納得した様子で頷く。


「あぁー、そういう‥‥‥。そっちに転んだのね。あんたの顔を日に何度も見るのはこりごりなんだけど」


 そう言いながら残りの身体も姿を現す。


「エリー‥‥‥!」


 するとエリーは少し意外そうな顔をし、ヘラっと口角を上げる。


「あらやだ、今度は下の名前? 私ショタ趣味はないんだけど‥‥‥――まあ中身はいい歳いってるから、問題ないかも」


 茶化すようにエリーはくねくねと身体をくねらす。


「ふざけたこと言ってんじゃねえぞ」


 エリーはフフっと笑みを浮かべる。


「あら怖い。まあ、今はあなたの相手してる暇ないのよねえ。――さ、レナ、メビウス、終わった?」


 メビウスは紳士的に手を左胸に当て、軽くお辞儀する。


「エリー嬢。滞りなく、です」


 エリーは少し冷めた眼でメビウスを見る。


「あっそ、滞りなくね。吸血鬼の癖に随分あっさりだったわね‥‥‥英雄さまさまってところかしら」


 エリーは横たわるキャスパーをツンツンと突き反応がないのを見る。


「――さて、さっさと帰るとしましょ。港の方も終わったし、もうここには用はないわ。騎士団長が追ってくる前に帰りましょ」


「おい、俺と戦わねえのか?」


「今あなたに用はなーいの。そもそもリーダーがいるのにあんたに手出しできるわけないし‥‥‥というか私面倒なことは基本嫌いだから。今日はもう疲れた」


 そう言いながら、エリーがパチンと指を鳴らす。


 魔力反応と共に、横たわるキャスパーの下にゲートが現れる。


 キャスパーはその闇にドプリと沈むと、何処かへと消えていく。


 メビウス、レナは、エリーが来たゲートに次々と入っていく。

 そして、エリーもそこに身体の半分を入れる。


「じゃあね、ギルフォード・リーブス。また会いましょう」


「おい‥‥‥! キャスパーをどうするつもりだ!」


「察しがついてるでしょう? それじゃあね、ばいば~い」


 そう言って、エリーはゲートの中へと消えていく。


 次の瞬間、転移ゲートはじわーっとその姿を消す。


 その場には、俺とクロだけが取り残された。


 奴らが下準備と言っていたように、キャスパーの死体は何らかの下処理をされ、奴らの手に渡ってしまった。


 キース先生のように死霊魔術で蘇らせる可能性がある、ということだ。


 死体を操作するようなものだ、あの場ですぐにという訳にはいかないんだろう。

 戦闘にならなかっただけ、助かった‥‥‥と判断するべきだろうか。


 もしあの場でキャスパーが死霊として蘇っていたら、俺たちは終わっていた。


 だが、ただ事を先延ばしにしてしまっただけとも言える‥‥‥。


 今後確実に脅威になる。

 縛りを持って制していたキャスパーが完全に支配下に置かれるとなると、どうなるかわからない。


 それに、レナ・レイモンド‥‥‥あいつもまさか"アビス"のメンバーだったなんて。


 "アビス"に捕らえられ人質として扱われていたからこそ、キャスパーは言う事を聞かざるを得なかったんだ。


 だがそれがまさか‥‥‥元からグルだったなんて。


 正直頭が混乱している。


 転移魔術、死霊魔術、吸血鬼‥‥‥続々とやべえのが集まって来てるな。

 レナの魔術はまだわからないが‥‥‥。


「キャスパーの奴‥‥‥そうか‥‥‥」


「クロ‥‥‥」


 やっと身体が自由になってきたのか、立ち上がってきたクロがポツリと呟き、悔しさを顔に滲ませる。


 全て初めから仕組まれていたということか。


 キャスパーは、まんまと奴らの術中にはまってしまった。

 最強の生物を心ひとつで操って見せた。


 そして今度は、その心すら超越して縛ろうとしている‥‥‥。

 不憫としか言いようがない。


 どこまでが狙いだったのか。

 俺たちにキャスパーを殺させるのが目的だったのか、それともあのままキャスパーが吸血鬼を皆殺しにするのを目的にしていたのか‥‥‥。


 どちらにせよ、奴らにとっては同じことか。


 同胞殺し、そして"アビス"に‥‥‥つまり魔神に手を貸す形となったキャスパーを殺すというのが俺たちの共通の目的だった。


 その目的は果たしたはず――だった。


 残ったのは、何とも言えない後味の悪さと、"アビス"の強化だけだ。


「こりゃあ、私達吸血鬼も傍観している訳にはいかなくなったかもねえ」



 ――こうして、俺たちと吸血鬼キャスパーとの死闘は幕を閉じた。

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