第120話 情報共有

 港の方は既に戦いが終わっていた。


 どうやらレナやメビウスたちが俺たちの元に現われ、そしてエリーがキャスパーを連れ去ったときには既に目的は達成していたようだ。


 噴水を中心にした開けた港前の広場。


 そこに数十に及ぶ魔獣の死体が転がっている。


 何人もの騎士達がその傍らに佇んでいる。

 負傷し横になっている者や、それを介抱するもの、そして今なお剣を握りしめ空を見つめているものなど様々だ。


 その様子は、かなり激しい戦いだったことを物語っている。


 その人だかりの中で、ひと際目を引く剣士。

 騎士団長‥‥‥剣聖、エレディン・ブラッド。


 血の付いた剣、返り血が、その活躍ぶりを物語っている。


 その剣聖を囲むように、スピカさんやリザさんが並ぶ。


 俺とクロは彼らの元に駆け寄る。


「スピカさん!」


「ギル君‥‥‥! 無事だったのね!」


 スピカさんは俺の顔を見るや否や、ぎゅっと俺に抱き着いてくる。


「えっ‥‥‥ちょ‥‥‥痛っ」


 硬い甲冑がゴリゴリと押し付けられ、若干痛い。

 ――が、悪い気分ではない。


 スピカさんは眉を八の字にして俺の顔を見る。


「‥‥‥心配したわよ! 子供のくせに無茶したらしいじゃない‥‥‥話はある程度エレディンさんから聞いたわ。いくら魔術の実力があるからって‥‥‥学生なのよ? ‥‥‥それに、そっちに行けなくてごめんなさい」


「スピカさん‥‥‥」


 俺の姿と、グリムの――息子の姿を重ねたのだろうか。


 過保護なスピカさんにとって、子供はみな心配するべき対象で、守るべき存在なのかもしれない。


 初めての心配されると言う経験に、俺はどうしていいか分からず、とりあえず狼狽えるしかない。


「なんというか、たまたまそうなっただけと言うか‥‥‥」


「わかっているけれど‥‥‥!」


 と、クロがスピカさんを優しく引き剥がす。


「おいおい、うちのギルが戸惑ってるだろう? それくらいにしたらどうだ」


「クローディアさん‥‥‥。そ、そうね。ごめんなさい‥‥‥。とにかく安心したわ」


「あ、いや、何か心配させてすいません」


 俺は反射的に謝ってしまう。

 なんだこれ、不思議な感覚だ。


 クロは保護者といいつつ俺に対して意外と放任だからな‥‥‥。


「それで‥‥‥こっちでは何が? 終わったんですか‥‥‥?」


 するとエレディンが代わりに応える。


「ギルフォードか。見ての通りだ。負傷者は多数、巻き添えを食らった一般人もかなりいる。‥‥‥俺がもっと早く駆け付けていればな」


 エレディンは苛立ったような顔で拳を握る。


 その様子だと、俺たちに助太刀してからここへ駆けつけたころには大半が終わっていたようだ。


「エレディンさん‥‥‥。ごめんなさい、私達がもう少し事前に把握できていれば‥‥‥」


「一体何があったんですか?」


 スピカさんは一瞬ためらうが、もう一度俺の顔を見て、言葉を発する。


「‥‥‥魔術の反応があったのはあなたも分かるわよね?」


 俺は頷く。


「"アビス"の構成員たちの転移の反応で駆けつけたのだけれど、彼らはすぐに離脱したわ。代わりに、魔獣が転移ゲートから出現したの。‥‥‥ゴブリン、オーク、キマイラ‥‥‥低級から中級の魔獣が大量にね。私達は騎士を率いて鎮圧を試みたってわけ」


「転移ゲートから‥‥‥魔獣が?」


 スピカさんは頷く。


 学校の時もどうやって魔獣が出現したか疑問だったが、転移ゲートを通ってきたのか。だが、そんな大量の魔獣を一体どうやって‥‥‥。


 すると、スピカさんは怪訝な顔をして何かを考え込む。


「けれど‥‥‥あれは本当に人だったのかしら」


「‥‥‥あれって?」


「魔獣は本来その獰猛性故に手懐けられるような存在じゃないわ。けれど、あれは‥‥‥私たちは目を疑ったわ。――魔獣を先導する少女‥‥‥歳はギル君ほどにも満たない子だったわ」


「魔獣を先導する少女‥‥‥」


 スピカさんは一息置き、続ける。


「転移ゲートから現れて、彼女の合図と同時に魔獣達が枷を外したかのように暴れだしたのよ。――正直、信じられないけれどあの子が魔獣を引き寄せたとしか思えないわ」


「その少女にそんな力があると‥‥‥?」


「そうなるわね。魔獣を先導する少女‥‥‥正直理解は出来ていないけれど、そうとしか考えられない動きだったわ」

 

 どういうことだ。

 魔獣を引き寄せる少女‥‥‥。


 魔獣を操る魔術でもあるっていうのか‥‥‥?


 俺の知っている限り、魔獣を殺すことに長けた魔術師達は沢山いたが、魔獣を操る存在など聞いたこともない。


 そもそも魔術なのかすらわからない。


「真偽はともかく、気になる話ではあるな」


 エレディンの言葉にスピカさんも頷く。


「そして、とうとう見たわ‥‥‥。奴らの‥‥‥"アビス"のリーダーを」


「仮面の男‥‥‥」


「他にもエリー・ドルドリス、メビウス・アルディオラ‥‥‥。"アビス"のメンバー堂々登場ってところかしらね。二人ともアカザのリストに登録された最重要魔術犯罪者よ」


 アカザのリスト。

 以前ドロシーが言っていた、指名手配の魔術師のリストだったか。


「そして今回私たちの前に姿を現した本当の目的――彼らの宣言。魔神の復活、自分たちの存在、そして魔神信仰‥‥‥。本当に短いスピーチだったけれど、人々の脳裏に確実に焼き付いた」


「存在証明‥‥‥か」


 スピカさんは頷く。


「国がひた隠しにしてきた"アビス"の存在が、一夜にして広まってしまった。カリストはこの国にある港町でもかなり大きな港よ。魔獣騒動なんてあっという間に広がる。そして、その事件の噂に乗せて彼らの存在は一気に国全体に広がる。その拡散は私達の力では止められないわ」


 スピカさんは大きくため息を付く。


「これからが大変よ全く。この宣言は間違いなく各地に浸透する。魔神信仰なんてものが広まれば、それこそ一大事よ。‥‥‥忙しくなるわ全く」


「もうその影響は出始めているみたいだね。ここまでくる間に魔神という単語を沢山聞いたよ」


 その聞きなれた声は俺の後ろの方から聞こえてくる。

 リザさんはその声に反応し、目を輝かせて叫ぶ。


「サイラスさん‥‥‥!! 無事だったんですね!!」


 リザさんは急いでサイラスの元に駆け寄る。

 サイラスの周りには捜索に出た騎士なのか、数名の部下が並んでいた。


 無事に見つかったのか。

 さすが、殺しても死なない男って感じだな。


「やあ、遅くなったね」


 サイラスはリザさんの頭を軽くなでる。


 エレディンは腕を組み、サイラスに声を掛ける。


「サイラスか。何処かへ飛ばされていたと聞いていたが、無事だったか」


「エレディンさん。心配かけましたね」


「はっ、お前のことだ、心配などしていなかったよ」


「あはは、手厳しい。――ギルも、心配で夜も眠れなかったかい?」


 そう言ってサイラスはニヤニヤと俺の顔を見る。


「残念ながら完全に忘れてたわ、存在を」


 事実、吸血鬼でそれどころじゃなかったしな‥‥‥。


 しかし、サイラスはいつも通り微笑みながら、まったく気にしていない風に頭に手を当てる。


「うわー酷いなあ、傷つくぞ私でも」


「――で、結局どこに行ってたんだよ?」


「まあそれはおいおいね。――それで、状況は?」


 リザさんは大まかにサイラスに情報を共有する。

 サイラスはウンウンと頷きながらその話を咀嚼する。


 と、エレディンが言葉を発する。


「さて、一通り状況の整理は終了か。‥‥‥そういえばギルフォード、レナ・レイモンドはどうした?」


「!! レナ・レイモンドが居たの!?」


 スピカさんが俺の方を見る。


「あぁ。確かに居たんだけど‥‥‥それが‥‥‥」


 俺はレナ・レイモンドと吸血鬼キャスパーについて掻い摘んで説明する。

 "アビス"のメンバーだと言う事実、キャスパーが死霊魔術にかかった可能性があるという事実を。


 スピカさんは驚きを隠せないようだったが、黙って俺の話を飲み込む。


「そう‥‥‥。誘拐ではなかったって訳ね‥‥‥いつからかしら‥‥‥。しかも吸血鬼を自在に操れるとしたら、"アビス"の戦力は想像以上に‥‥‥。――まあいいわ、結局私達が"アビス"を追うことに変わりはないのだから」


「――だな。体制の見直しも必要だろう。とりあえず、より詳しい話は騎士団本部でしよう。緊急会議だ」


 騎士団も本腰入れて"アビス"と戦っていくって訳か。

 もうゾディアックだけでどうにかする問題でもないということだな。


 広まってしまった以上、野放しにはできない‥‥‥か。


 俺たちに出来るのはここまでだ。

 "アビス"のリーダーのことだ、また俺の前に現われる可能性は十分にある。


 それにキャスパー‥‥‥クロ達が奴らをどうするかも気になる。


「じゃあ俺たちは家に帰るか、クロ」

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